第10話 男同士の友情の濃さは、たまに本気で警戒する。

 ※9話の推敲を繰り返していたら、ずいぶん日が空いてしまいました…。

(1月3日以前に読まれた方は読み返していただけると幸いです。)


「ねえ、スケジュール再調整の連絡って、谷口に来た?」

「来てないです。来るなら営業の山下さんに来るでしょ。」

 先日のacheとの会話の後、「謝っといて」と言われた通り、谷口には、『エクレア』のおかげで「もう一回スケジュール調整させるかも」と言われたことを伝えていた。だが、あれから一週間半では、まだ連絡は来ていなかった。

「だよねぇ。そんなに簡単に曲なんてできないか。」

「そうっすよ。今日の撮影で会うんだし、気長に様子を見ましょうよ。もう展示会担当の宮沢さんはついてるらしいっすよ。」


 今日の撮影は美術館だった。

 NY出身の現代アーティストLECが世界三カ国で展開する特別展のテーマソングに4th AVEの曲が起用されていることと、展示会のプロモーションもたまたま紗恵子の会社で担当していたことから、オープン二日前の関係者招待が終わった後に、特別展のプロモーションとドキュメンタリー用の撮影をすることになっていた。


「宮沢さん、テーマソングって、LECご指名なんですね?」

「ええ。LECって日本のアニメが好きなんだけど。特に、デビュー曲でタイアップしたアニメがきっかけで、4th AVEのファンになったらしくて、展示会で流す音楽は彼らの音楽がいい!ってかなり早い段階から直接依頼していたらしいわ。」

「流石ですね…。」

 展示会担当の宮沢由紀は、紗恵子の一つ上で、芸術系のコンテンツやイベントを中心に担当している営業だ。今日の撮影も直前にスケジュールを調整したにもかかわらず、手慣れた様子で段取りを組んでくれたおかげで、関係者招待の片付けを手伝った後、紗恵子たち営業は撮影準備は雑談をしながら様子を見守るだけだった。

 紗恵子と話ながら落ち着いた様子で全体に目を配る姿は、年齢が一つしか違わないとは思えない、と尊敬の気持ちを込めて横顔を見ていると、ふと彼女と目が合った。宮沢は涼しげな顔のままにっこりと笑って口を開いた。

「LECが直接依頼してたおかげで、私はメンバーに会うのは今日が初めてなの。さっきから手汗が止まんないんだけど、どうしたら良い?」

「宮沢さん、クールな顔で手汗とか言わないでください。」


 撮影の準備ができた頃、別の仕事から移動してきた、acheも会場についたようだった。スタッフのいつもよりハリのある「おはようございます。」と言う声が聞こえる中心に、メガネとキャップ姿の男が二人いた。そのうちの一人は、こちらに気づくと、大きく手を振った。

「ぐっちゃん、やましー、やっほー!」

「4th AVEベースのEbbaもついてきましたー。」


 展示会のテーマソングは4th AVEの曲ではあるが、スケジュールの関係で撮影はache一人だと聞いていた。紗恵子たちが首を傾げていると、acheが訳を説明してくれた。

「さっきの仕事で一緒だったんだけど、Ebbaの次の予定がキャンセルになって、折角だから見に行きたいって、ついてきたんだ。」

「なるほど…Ebbaさん、acheさんのソロのプロモーションの担当営業の山下と申します。こちらは、展示会プロモーションの担当営業の宮沢と、両方でクリエイティブを担当させていただいている谷口です。」

 紗恵子と谷口は一度テレビ収録の時に挨拶をしていたが、改めて挨拶をした。宮沢と谷口も揃ってよろしくお願いしますと、軽く頭を下げると、Ebbaは「こちらこそ、お邪魔します!」と元気よく言ってから、まじまじと山下と谷口の顔を覗き込んだ。

「山下さんと谷口君…二人は、この間のテレビの収録の時に一回会ったよね?」

 確かに挨拶はしていたが、一回で名前まで覚えられていたことに紗恵子と谷口が驚いていると、Ebbaの顔がぐっと近づき、紗恵子の顔を覗き込んだ。

「特に山下さんって、なんか見たことあるなぁって印象に残ってたんだよ。」

 前回の挨拶の時に何も言われなかったから、油断していた!

「よくある顔ですから…。」

紗恵子が冷や汗をかきながら誤魔化している横で、涼しい顔でメイクの直しを受けていたacheが口を挟んできた。

「昔のライブで見たんじゃない?デビュー前のライブに行ったことあるって言ってたし。」

「ええ、そうなの!やだなぁ、前会った時に言ってくれたら良かったのに。」

「……『友人』に誘われて、何回か行ってました。」

 余計なことを…と言う思いを込めて元『友人』に非難の目を送ったが、彼は素知らぬ顔で、「挨拶はもう良いでしょ。俺、小腹すいた。」と、Ebbaを連れて、ケータリングのお菓子を見に行ってしまった。

「山下さん、ガチ古参だったんすね。」

「教えてくれたら、展示会の準備の参考に色々聞いたのに。」

「いや、ほんと恥ずかしいんで、会社のみんなには言わないでください…。」


 その後、宮沢と谷口が紗恵子に二人への口止め料として明日のランチの約束を取り付けたところで、acheとEbbaの準備と、撮影チームの方で行っていたEbba参加パターンの段取りの調整も終わり、いよいよ撮影がはじまった。

「では、撮影は、基本的にお二人の自然なやりとりを撮っていきます。たまに監督や我々が声かけると思いますが、あんまり構えないでください。」

 谷口が撮影前に二人に声をかけるが、二人はカメラに慣れているようで、会場に入るとカメラを意識しすぎることなく、会話を始めてくれた。


「あ、俺これ好き!」

「あぁー…なんかEbbaっぽいかも。自由奔放に見せかけて、重要なポイントは、全部繊細な要素で緻密に構築されてる。」

「地に足ついて無いと不安だからなぁ。」

「ミュージシャン向いてないな。」

「本当、職業間違えた。」


「おお、キービジュアルの『L』だ。」

「CDのジャケットにも使うし、サビはこの絵をイメージしてたんだ。」

「アレンジ手伝った時にこれ思い浮かべてた!俺これ好きなんだよなー。」

「そっか…。」


「順調ね。」

「…そうですね。」

 二人の様子を見ながら、紗恵子は、昔、バンドに誘われたと秋に報告されたことを思い出した。


『ねえ紗恵子!バーに来てた子がバンド誘ってくれたんだ!曲も聞いたんだけど、ちょーかっこいい!』

 その日の秋は、帰ってくるなり小学生の学校帰りみたいに、ずっとその話をしていた。お寿司をとって食べている間も、その後もことあるごとに「センスが良い」だの、「ライブが楽しみ」だの、目をキラキラと輝かせて、Ebbaやバンドの魅力を紗恵子に語り続けていた。誰かのことをあんなにも嬉しそうに話す秋を初めて見たから、ライブの演奏を見るまでは、ちょっと嫉妬していたことも合わせて思い出したところで、紗恵子は思わず頭を抱えそうになった。

 そうだ、多分その時の前半の方は、かなり目つきが悪かったに違いない、だから、印象に残っているのだろう。過去の自分が痛すぎる!


 そんな、過去の痛い自分にのたうちまたっている紗恵子が、頬の内側を噛んで奇行を抑えてる間に、一通り見て回った二人は監督から質問を受けていた。


「作品をご覧になって、いかがでしたか?」

「展示予定の作品は教えてもらってたんで、見に行けるものは実物も見にいきましたけど、自分の曲と一緒の空間に存在してるって、なんか嬉しいですね。」

 acheがはにかんだように笑うと、自然と周りの空気が少し柔らかくなった気がした。そのままEbbaも後に続いてにこにこと感想を語る。

「なんで俺たちの曲を選んでくれたのか、作品と合わせて見るとわかったような気がしました。」


「では、次に、お二人のお気に入りの絵はどれですか?」

 この監督からの問いには、Ebbaの方から答えていた。

「俺は、メインの『L』と、さっきの『Girl』が生で見れて嬉しかったなぁ。acheは?」

 acheは困ったように笑って頭をかきながら、ちらりと紗恵子の方を見た後、Ebbaにクイズを出した。

「どれも素敵だったから、選ぶのむずかしーなぁ…あ、なんだと思う?」

「でた、acheの好み当てクイズ…。一番思入れもあるし『L』じゃねえの?」

 Ebbaの答えに、acheはずいぶん焦らしてから、笑顔で「大正解!」と答えていた。

「なんだよもう、焦らすなって!」

「ごめんって!」


 その微笑ましいやりとりを見ながらも、あることが気になった紗恵子は宮沢と谷口に耳打ちした。宮沢がその言葉にOKサインを出してくれたのを見て、谷口は「了解」というように一度頷いてくれた。


 そして、台本の流れが一通り終わった後に、谷口から二人に声をかけてくれた。

「お二人ともすみません…うちの古参ファンが言うには『橋』と『Sky』の前の二人が絵になるってことだったので、プロモーション用に、その画をもう一回もらっても良いですか?」


 元々、Ebbaの参加により、段取りの調整と撮れ高が増えて時間を使ってしまい、すでに予定していた拘束時間は少し超えてしまっていた。だが、acheはスタッフの後ろで彼らを見ている紗恵子を目で探し、彼女の目をしっかりと見たまま答えた。

「分かりました。お願いします。」

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