天まで届け!

Nekome

天まで届け!

「ねぇ、この木、電柱に届くまで育つと良いね」


そう言って、彼女は静かに杉の苗を埋めた。

彼女は如月沙羅、僕の奥さんで、今日は入居一日目、二人で沢山話し合い、建てた家を思う存分満喫する日。


「電柱?天までじゃなくて?」


沢山相談して、庭には杉の木を植えることにした。年を取るにつれて、木も成長していくだなんて、とてもすてきだと思ったのだ。


「天まで届くわけないんだから、電柱まで!ちゃんと謙遜しないとね!」


「ちょっとぐらい夢を持ったって良いと思うんだけど……」


「ダメだよ!私の辞書には夢を持っちゃいけないって書いてるんだから」


「不思議な辞書だね……?」


変にまじめで面白い、沙羅は僕にとってとても素敵な人だ。


毎日起きたら、杉の木に水をやる。これが僕らの習慣になった。

朝起きて、僕は会社に行くためにスーツを着て、沙羅は朝ご飯を作って、一緒に縁側で食べる、食べ終わったら、杉の木に水をやる。水を掛けると杉の木はとても輝いていて、まるで水を与えられることを喜んでいるみたいだった。


「ねぇ、私、妊娠したんだ」


そんな嬉しい報告や、


「赤ちゃん、いなくなっちゃった」


そんな悲しい報告。沙羅と過ごす日々には、色々なことが起きる。


一度、子供が持てないことが分かった時、離婚を切り出されたこともあった。僕は沙羅と一緒に入れればそれで良かったから、断ったけど。


「ねぇ、だいぶ育ったね、この木」


ある日、急に沙羅がそんなことを言った。


「そうだね!もう屋根を超えてる」


「電柱に届いた木、生きてるうちに見れるのかな?」


「僕たちは少なくても後二十年は生きるんだから、見れるよ」


「急にバタッって今日にでも死んじゃうかもしれないよ?」


「大丈夫だって!そんな簡単に死なないよ、仕事行ってくるね」


「うん!行ってらっしゃい!」


それが沙羅とした最後の会話だった。


淡々とした、お経が聞こえる。現実で起こっていることのはずなのに、まるで夢みたいだ。

昨日まで僕に笑いかけていたはずなのに、一つのトラックが、その笑顔を奪い去ってしまった。


お経が唱え終わって、火葬をしている間、誰かが必死に謝っていたようだけど、僕の耳には聞こえていなかった。そんなこと、どうでも良かった。


家に帰って、もう沙羅がいないことを自覚すると、涙があふれて来た。どうやったら、もう一度沙羅に会えるのか、そんなことを思いながら、一晩中泣き続けた。


朝になる頃には比較的気持ちが落ち着いた。

いつも通り、僕は杉の木に水をやる。

何故だか僕は、この杉の木が沙羅に思えて仕方がなかった。


「沙羅は、僕が死んだら怒る?」


返事が返ってくることがないのはわかっているけれど、ただなんとなく、この杉の木に話しかけたくなっただけ。


「沙羅は生きるのが好きだから、きっと僕の事なんか待たずに次の人生を歩んでいるよね」


「沙羅がいなくなって、僕が今どんな気持ちなのか、どれだけ僕が沙羅を愛しているか、届けられたらいいな」


「もし、ここに沙羅がいたら、届くわけないって言うよね」


でも、僕は願うよ、天まで届けって。

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天まで届け! Nekome @Nekome202113

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