第33話 イメチェン
土曜日。
僕たちはまた、ショッピングモールの時計台の下で待ち合わせをした。
今回はデートの練習ではないから2時間前にスタンバイすることもなく、少し早めの20分前に到着した。
はずなのだが?
「おっそーい!」
「め、
腕時計を見れば9時40分。時計台の下で拳を振り上げて怒る愛衣さんを見つけた僕は、慌てて小走りで駆け寄った。
「す、すまない、10時集合だとばかり……」
「10時集合だよ?」
「???」
「ウチ30分に来てたから、ちょー暇だったんだよ!」
「なんだ、僕は遅刻してなかったのか」
「そだよ? でも遅いっ!」
……理不尽だ。
ひとまず走ってきた息を整え、背筋を伸ばして改めて愛衣さんと向き合う。
今日は衿ぐりが大きく開いた白ニットを着ていた。長いニットの裾からはヒョウ柄のミニスカートがのぞき、黒のロングブーツをはいている。
耳には大きな星型フレームのイヤリングがぶら下がり、前回とは真逆の快活な印象がした。
「似合うな、その格好」
「は?」
僕が思わずこぼすと、愛衣さんは目を見開いてパッと顔を赤く染めた。
「ななな、なに急に!? 今日はデートじゃないから、無理に褒めなくていいってば!」
「無理とかじゃないよ。前の私服もかわいいと思ったが、今日の方が愛衣さんっぽいと思っただけだ」
「あっ、あのときはわざとお姉ちゃんっぽい服を選んでたの。今日は自分の好きな服ってだけっ!」
恥ずかしそうに視線を逸らし、ニットのそでをいじくる愛衣さんがなんだか新鮮だ。
「で、君嶋は今日もママコーデ? あれ、ちゃんと無地系持ってんじゃん」
だが言われっぱなしは嫌なのか、キリッと僕を見てコーデチェックが始まった。
たしかに、じっくり見られるのはむずがゆいもんだな。
「い、一応、自分でネットを見て買ってみた」
「ええっ、そうなんだー!? ちゃんと言った通り無地パーカ選んでるのえらいよ! ウチ、君嶋は絶対スカルとか買うと思ってた! もしくは読めない系の文字入ってるのとか!」
「ん? スカルもクロスも
「あーっとごめん、好きなのは全然いいんだけど、デート向きじゃないかな? 個性が強いと人を選ぶでしょ。今日は無難だけど、ちゃんとカッコよくも見えるよ。センスいいじゃーん☆」
「あ、ありがとう」
慣れないファッション誌を見て上から下まで同じものを買った甲斐があったな。
柄入りと無地とで値段が変わらないことには少々不服だったが、彼女の「個性は出すな、雑誌と同じものを買え。個性を出していいのは上級者のみだ」というアドバイスを信じてよかった。
センスのいい愛衣さんに褒められ、緩みそうになる頬を抑えるのに必死になる。
「じゃ、まずは髪の毛を切るよーん! メンズって髪で雰囲気イケメンくらいにはなれるから!」
やっとのことでファッション問題をクリアしたと思えば、また無謀なことを提案する恐ろしい女である。
緩みかけた頬もキュッと引き締まる。僕は前髪を押さえて後ずさりした。
なにせ髪を切るなど、聞いていない。
「待て? ぼ、僕は前髪がないと落ち着かないんだ。顔を出したくないっ」
「誰もスポーツ刈りにするとか言ってないし。つか今までカットどうしてたの?」
「自分で切るか、目に余ったら母が散髪をしていた。それで別に困ってない」
「今までがセルフなら絶対に変わるから、騙されたって思って挑戦してみ? ウチ、君嶋って素材はいいと思ってるんだ。肌ツヤツヤで輪郭もきれいだし、鼻筋も通ってるし。座ってるだけでいいから。ねっ?」
「ねっ?」で腕をガッチリ組まれたかと思えば、無理やり引きずられていく。
そしてそのままショッピングセンター内の美容室に押し込まれた。
受付から出てきたのは、僕たちと年も近そうな細身の男だ。
年上のイケメンにも物怖じせず、愛衣さんはスマホを見せながらグイグイと美容師に話しかけていた。
美容師は僕とスマホを何度か見比べて、うんうんと頷いている。話は聞き取れても理解できないことが恐ろしく、身体がガクガク震えた。
「オッケーっす。だいたい40分あれば会計まで終わるんで」
「り! じゃー君嶋、ウチ自分の服見てくるね〜!」
「彼氏さんカッコよく仕上げとくんで、楽しみにしててください!」
「かっ!? 彼氏じゃないですっ!!」
店内にいるお客さんが振り向くくらい大声で叫ぶと、僕を残して愛衣さんは店を出て行った。
美容師はグッと親指を立ててウインクをする。
「彼女、絶対お客さんに脈アリっすよ!」
……この空気にひとりで耐えろ、と?
◆
初美容室で緊張しながらも、散髪を終えた。
ずっと美容師は「どういう関係なんすかー」「青春っすねー」などとはしゃぐし、隣の席の知らんご婦人まで根掘り葉掘り聞いてきた。
それで5500円だ。
ついでに眉カットをサービスしてくれたが、もう一生美容室には行きたくないと思えるぐらいには疲れてしまった。
辟易して外のベンチに座っていると、両手に紙袋を下げた愛衣さんがこちらに小走りで駆け寄ってきた。
「ごっめーん、お待たせーーー!! え、めっちゃいーじゃん! あとこれかけてみて!」
小さな袋から出したのは黒縁の丸いメガネだ。
「君嶋はスクエアよりウェリントンのが似合うと思うんだよね。ダテメだけど大丈夫そ?」
「あー、僕のメガネは“武装”だ。かけなくても見えるから問題はないけど」
「んじゃ今日からこれかけて! え、ガチでかわいいじゃん!!」
なんか勝手に盛り上がって勝手に写真をパシャパシャと撮っている。
自分の顔がどうなっているのかまったく見えない僕は、恥ずかしくて顔をそらした。
そういえばこのメガネ、ぽんと渡されたけど代金はこいつが払ったはずだ。
「そうだ、お金を」
「いいよいいよ、高いものじゃないし。しっぽチャームのお返しで!」
「いやでも……。だったら、あとでなんかごちそうするよ」
「それよりも、さっきの照れた顔もう一回見たいな!」
「無理」
慣れないことをさせられて疲弊した僕は、顔をさらにそむけた。
「んで、髪切った感想はー?」
「つかれた……」
話しながらもスマホで連写していた彼女だったが、「ん?」と視線をこちらに向けて首を傾げた。
「えなんで? 座ってるだけでよかったっしょ?」
「喋るなんて聞いてない」
「美容師さんと喋るのは当たり前じゃん?」
小首を傾げて、本気で驚いている。
くそ、だから陽キャは!
「僕とおまえの世界には、いろいろと
「むう〜。ねえそうやって線引くの、いいかげんやめなー? 感じ悪いよ? ってか、“カンジ”で思い出したけど、ソゴとかよくわかんない言葉使うのも禁止!」
「齟齬くらい日常で使うだろ、無茶苦茶言うなよ」
「ウチらの周りでは使わないもん!」
「線引くのやめろって、自分で言ったばかりだぞ」
「あーそうだそうだ、揚げ足取るマンだったよ君嶋はっ! もういいや、服買いに行くよっ!」
相変わらずテンション高めな彼女に、腕を引かれて無理やり立たされる。
今月の出費にめまいがしそうだったけれど、後で自分で揃えるとなると自信がない。ここでは素直にプロの言うことを聞くのが正解だろう。
もうすぐクリスマスだ。備えておくに越したことはない。
僕は大人しく彼女に着いていくことにしたのだった。
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