第34話 クレープ

 途中フードコートで食事を挟みながら、目的の買い物も終了。

 服のコーディネートという普段使わない頭の部分をフル稼働して疲弊したが、満足度は高かった。


 時計を見れば15時前。まさか5時間も付き合わせていたとは。


愛衣めいさん、そろそろどこでかで休憩を取ろうと思うのだが」

「うわ、もうそんな時間なんだ。楽しいと時間がすぎるの早いねっ」

「えっと……」

「ね!?」


 アーモンド型の双眸からなにかの“圧”を感じる。言い淀む僕を逃す気はないらしい。

 追い詰められた僕は、視線を逸らしてふんと鼻を鳴らした。


「そうだな。アインシュタインが提唱した相対性理論でも認知の観点で痛いっ痛い痛い! おい、無言で頭突きをするな! おっしゃる通り、楽しくて時間が経つのがあっという間だなあ!」

「最初からそう言えばいいのっ!」


 満足げに胸を張る彼女のペースに巻き込まれて話は終わった。せん。


「まあいい。どこかカフェを……」

「さすがにお金きびしいっしょ? 駅前のマックとか〜」


 愛衣さんは周りを見渡して、パッとキラキラした目で僕を見上げる。


「ウチ、クレープがいい!」


 ……子どもか?

 彼女の指差すモールの外には、小さなクレープ屋があった。


 隣のベンチに荷物を置き、荷物を見てもらっている間に二人分を注文。

 二つのクレープをもらって振り返ると、「待て」を言いつけられた犬みたいなヤツが僕の手を狙っていた。


「……はい、いちごバナナカスタードスペシャル」

「わーい! ありがとー!! うぇいうぇいうぇーい!」


 だる絡みをするな、だる絡みを。


 こちらのジト目も気づかずクレープを受け取ると、こぼれ落ちそうないちごを上からぱくりとかぶりつく愛衣めいさん。幸せそうに目を細めている彼女の隣に僕も座って、アーモンドバナナチョコクリームを食べ始める。

 すぐに、横から獲物を狙うような視線を感じて身震いがした。


「そっちも一口ちょうだい♡」

「えぇ……だいたい同じ味だろ」

「そんなのわかんないじゃん。ウチのもあげるから〜。ね?」

「ぼ、僕はいいよ」


 歯型のついたクレープを差し出されたが、女子の食べかけに口をつけるなど申し訳ない。

 だが向こうは一寸の迷いなく、僕のクレープを期待に満ちた瞳で見つめていた。

 ……まったくこいつは、食べ物のことになると幼児化するな。


「ほら」


 渋々クレープを隣に運ぶと、自分で取らずにそのまま食いつきやがった。


「おいちー!」


 ペロリと舌で口のまわりを拭い、楽しそうに見上げてくる。そんな無邪気な姿に、反射的に目を逸らした。

 こんなの、心臓に悪すぎる!


 高校にいちばん近いショッピングモールだ。同年代の人を先ほどからも何人か見かけている。

 いつ、知り合いに見られてもおかしくない。

 誤解されて困るのはお互いで――。


「あっ。ねえ、クリームが指にべったりついてるよ」

「え? あー」


 クレープを差し出したときに落ちたのだろう、クリームが指を汚していた。

 確かポケットティッシュがあるはずだ。カバンへと視線を向けると。


「あむ」

「!?」

「じゅるるっ」


 彼女のぬめっとした唇が指を這っている。

 指先に舌が当たる感覚に、くすぐったくて変な声が出そうになる。


「んー?」


 ちゅぽんっと、僕の指から唇が離れた。


「え、なーに? なんで静かになっちゃってん……」


 愛衣さんのいたずらっぽい笑みは僕の顔を見て、ぼっと火がついたように赤くなる。


「ち、ちがっ! ウチ、普通にクリームついてるなって! それで!」

「あ、ああ、うん。大丈夫。気にしてない」


 そんなわけない。

 僕は前を向いてクレープにかぶりつく。

 濡れた指が外気でひんやりしていて、思考が落ち着かない。


「ごめん、汚かったよね」

「そ、そんなことはない」

「……ほんと?」


 横目で隣を伺えば、肩をすくませた愛衣さんが瞳をうるませている。

 椿さんとは真逆の雰囲気だが、愛衣さんも美少女だ。

 そんな子の隣で、彼女の時間を独り占めしている自分が信じられないような気持ちになってきた。

 それに、ちくちくとした胸の痛みの理由はなんだろうか。


「め、愛衣さんが汚いわけがないよ。ただ、ば、場所はわきまえたほうがいいかな」

「よかった。じゃあ次から場所は・・・わきまえる!」


 にっこにこでクレープを食べる愛衣さん。


 ……ん? 場所は・・・


「はむはむ♪」


 そこに深い意味があるのかないのか、満面の笑みでクレープを食べる彼女からは読み取れず。

 うまく訂正できないまま、自分のクレープを食べ切るのだった。






「ね、このあとどうするー?」


 クレープ屋の隣のベンチで過ごして1時間が経っていた。

 雑談をしていたらベンチを使いたそうな人が来たため、僕たちは腰を上げて歩き出すことに。


「君嶋はもう、やり残したことはない?」


 目的のショッピングは終わったし、いつもの僕なら帰る一択だっただろう。

 だけど今日は、なんだかそうしたくないと思ってしまったんだ。


「じ、時間があるなら……少し、付き合ってほしいところがあるかも」


 僕の言葉に、愛衣さんは心底驚いた顔をしていた。

 自分で聞いたくせになんだその顔は。

 嫌ならいい、と口からこぼれ出る前に、彼女は微笑んだ。


「もっちろん! 行こ行こっ!」


 その言葉に勇気をもらい、僕たちは駅の方へと歩き出す。


 今日は「女友だちと遊びに出かけただけ」なのに、前回の「デートの予行」よりもデートっぽいのは気のせいだろうか。などと思いながら。





 

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