pump
地面を軽く踏みつけると、くしゃりと枯葉の音がする。掠れた声の山鳥が、不気味な音でぎゃあと鳴いた。
マルジンは、薄暗い森を歩く。何者かが生み出した、幻想の木々の間を縫って。
――いや、彼はすでに、この術の主を知っている。それは同じドルイド僧、彼の仲間の内の一人だ。……表面上は。
「先日の円卓会議、じっくりと聞かせてもらった」
案の定、見知った男が現れた。木陰の裏に身を隠し、客人を待ち構えていたようだ。
「メドラウド……!」
ドルイド僧・メドラウド。不穏な気配を合わせ持つ、油断も隙もない男。
彼が視界に現れた途端、マルジンは硬直した。次の瞬間、「嫌悪」の感情が脳裏を支配する。
彼がこの男を嫌う理由は、いくつかあった。一つ、王に仕え始めてから、何かと突っかかって来ること。一つ、ともに真逆の意見を持ちやすいこと。……挙げ始めたら、きりがなかった。
「我が王とその戦士たちは、いかなる敵をも侵入させまいと、躍起になっていたようだが……。全く、夢物語と言わざるを得ないな」
メドラウドは腰を屈め、地面の黒を拾い上げた。闇のように薄暗い、淡い烏の羽根を。
「そもそも、敵が多いのではない。つくっているのだ、我々が。何でもかんでも『敵』にして、戦を煽るようなことをしている」
羽根を指で転がしながら、ドルイド僧は静かに語る。マルジンは彼を睨んだ。彼の全てを拒むように。
「……何が言いたい」
「言われずとも、教えてやるさ」
灰に染まった目を細め、メドラウドは答える。相も変わらず、嫌な空気を纏っていた。
「手を組むのだ、サクソンと」
――木々が揺れ、葉が落ちた。不気味な森に、緊張が走る。
「私の聞いた話によると、サクソンはサラセンと対立しているそうだが? ならば、これは絶好の機会だ。サクソンのやつらと同盟を結んで、『共通の敵』をつくるのだ」
「……そんなことをしたら、僕たちは『僕たち』じゃなくなる」
「何を、今さら。この地はすでに、ローマ化しているではないか。我々はすでに、『我々』ではないのだよ」
彼らの話し合いは、いつでも平行線だった。交わることのない、冷え切った隔絶。
「でも、僕には分かる。サクソンの侵入だけは、許すわけにはいかない」
マルジンは揺るがなかった。自分の意見を曲げるなど、決してありえないと言いたげに。
「サクソンは必ず、この地を侵略する。同盟なんて、結べるはずがない」
メドラウドは、薄く笑った。まるで、小馬鹿にするように。
「そうならぬように、策を講じるのだよ。何も、こちらが不利になるようなことは――」
「それじゃあ、駄目なんだよ!!」
感情のままに叫んだ瞬間、辺りで風が吹き荒れる。二人のフードが後ろに取れ、互いに素顔が露わになった。
「ほう……。何故、駄目だと分かる?」
マルジンは、敵を見る。視界に入る、彼の顔を。
「以前から、思うところは多々あったが……。やはり、貴様、視ているな」
整った顔立ち、輝く瞳。茶色の髪は風に揺れ、白い肌は滑らかだ。
――そう、彼は。王・エムリスに、そっくりだった。
「今の今まで、釈然としなかったのだよ。何故、貴様のようなひよっこが、私の甥に仕えているのかが。だが――」
メドラウドが、烏の羽根を宙に放る。それには、すでに魔力が籠っていた。
「――未来を予知しているのなら、それは当然のことだったな!!」
次の瞬間、烏の大群が旋回し、マルジン目掛けて襲い掛かる。メドラウドの得意とする、操りの術だった。
「……本当に、よく似ている」
マルジンは、心の中で、毒を吐く。だからこそ、おまえが憎いと。
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