第五話 トリガーハッピー




「あ、明るい中歩いてても日に焼ける感覚がない!」


「喜んでいらっしゃる中悪いですが、注意点としてその状態は魔力を常に消費していますので気を付けてください」


ボクは生まれて初めて日焼けを気にせず昼間に外に出ていた。

ずっと家と夜の街(悪い意味じゃないよ?)しか行動範囲がなかったので感動していた。


「うっ………」


「きゅ、急に泣かないでください!わ、私、そんなに酷いこと言いましたか!?」


「ち、違くて………明るい日差しの中の中、外に出れたのが嬉しくて………」


「ふぅ………ビックリしましたよ。てっきり私が原因であなたのことを傷物にしてしまったのかと思いましたよ…………」


ボクはジトッとした目線でスペードさんを見てしまう。


あ………


「はうっ!最高です!可愛い男の娘のジト目!私、やっぱり今日死ぬんですかね!?幸せ過ぎて心臓が!」


やっぱりこの人苦手かも……………

なんだかボクの周り、見た目は良いのに残念系の女の人が多い気がする。

幼馴染の来未くるみねぇもそうだし


「それで、ボクたちはどこに向かってるの?」


「はい、今回は練習ということでゴブリンとレッサーデーモンの多く出現する区画『ゴブリンの里』と『デーモンの森』と呼ばれる区画でチョコとクッキーの店もある場所に行きます」


「へ、へぇ………」


「安心してください!どちらも我々からすれば案山子かかしも同然です!ゴジ●と案山子ですよ!」


「さっきから情報量が多いよ!?あとどこなのそこ!?」


後で色々んな人に謝らないといけないよ!?


やめて!?


「冗談です。もう着きました」



「急にテンション変わった………」


「気を引き締めてください。ここからは戦場ですからね」


「あの、ちょっとこの変わりようは怖いよ?」


辺りを見渡すと大きなビルとビルの間の少し狭い空間だった。

なんだか雰囲気がジメジメしていて陰鬱な気がする。


「気がするのではなく実際に陰鬱です。エネミーが近くにいるのでしょう」


「エネミー………」


エネミー、突如この世界に現れた異次元からの侵略者。

十数年前の『大厄災の日』から世間に完全に認知された元々都市伝説として語られていたモンスターたちの存在。

既存の兵器は効かないことはないがコストが酷く、またあんまり効果的でもなかった。

でも、神は人類を見捨てていなかった。

魔法少女の存在だ。


「ご存じないかもしれませんが魔法少女は大昔から存在しました。ただ、エネミーの増加に伴い魔法少女の公表に『魔女会』が踏み切ったのです」


「えっ、そうなの?」


「あなた様のお母様も魔法少女でしたが『厄災の日』よりも前から活動していたと記録があります」


「調べたの!?」


そうだったんだ………

知らなかった。


「当然ですよ。パートナーとなる人間のことを調べるのは。今となってはお義母様の情報を手に入れられたことが有難いですね。話のタネを考えることもできますし」


「言葉に含まれている意味が違うような気がするよ!?」


「気のせいですよ。前を見てください」


「誰のせいで―――むぐっ!」


ボクは突然スペードさんに口を塞がれ、物陰に移動した。


「あれを」


伸ばした指の先には醜い形をした異形の子どもたちだった。

頭には小さな角があり、腹はぷっくりと膨れている。

顔は醜く歪み、腰に巻いた布切れが薄汚く汚れている。


これらの弱いエネミーは一般人が確認することは基本的になく、そのエネミーがある一定の実力が無ければ視認できないらしい。

ボクら魔力のある人間には視認できるようになるらしい。


「あれがゴブリン、Ⅾクラスのエネミーです。私がお手本をお見せしますので次は一人で頑張ってください」


「は、はい」


「あと…………これはお願いなのですが………」


しおらしく言うスペードさんに見惚れてしまう。

いつもこんな感じだったらいいのに………


「なに?」


「私の戦う姿を見て引かないでくださいね?」


「え?どういう意味………?」


そう言うとスペードさんはそのままゴブリンたちの元に歩いて行く。

いつの間にか手には拳銃が握られ、スペードさんはそれを眺めて少しうっとりしたかと思うと突然叫んだ。


「汚物は消毒だぁ!」


『ギョエッ!?』


次の瞬間、十体いたゴブリンの内の二体の眉間を弾丸が貫き、絶命させる。

スペードさんはボクが驚いている間に電柱を蹴って飛び上がり回転しながらその他の七体を打ち抜き、絶命させた。


「醜悪な奴なんていらねぇんだよ。大人しく死にな」


腰の抜けた残り一体にそう言って、頭に拳銃を当て引き金を引いた。


「雪さん!しっかりと見ていただけましたか!」


「あ、うん…………」


この人、怖い。

さっきから怖いよ………!

一瞬とはいえ見惚れたボクを殴りたい………


「あ!安心してください!醜いのは低ランクのエネミーだけなので!ものによりますが大丈夫ですよ!」


笑顔で言うスペードさんに少し恐怖を覚える。


「たぶんそこじゃないと思う」


「そうですか………分かりました!死体の処理ですね!勝手に消えて魔石だけが残りますのでご安心を!」


「うん、もういいよ………」


「え、はい。分かりました。分からないことがあったら聞いてくださいね。お教えしますので。別にそれ以外のことでもあなた様が望むのであれば………」


突っ込むのはやめよう。

トリガーハッピーってやつなのかな?

銃を持つと性格が変わる的な。


「あの、スペードさん―――


pruuuuuuu!Hey!This is Seba!


わぁ、独特の着信音………


「少し待ってくださいね。………はい、スペードです………はい………はい。なっ!?本当ですか!?分かりました」


電話を切るとボクに向き合って言った。


「この辺りにAクラスのエネミーが出現しました。私一人であれば対処可能ですがあなた様の護衛をしながらとなると少し厳しいので逃げましょう」


「でもボクも戦えるよ?」


せっかく魔力を得たのに!


「Aクラス以上は実力が跳ね上がります。楽観視していると足元を掬われ―――ッ!」


「うわっ!」


ボクはスペードさんに抱えられ少し離れたところで降ろされる。


『ガァァァァ!』


さっきまでボクのいた場所に赤い肌に黒い文様の刻まれた巨体の化け物がいた。

吐息は白く、そのエネミーの生命体としての熱さを表しているようだ。


「特異体のオーガですか………困りましたね」


「特異体?」


「はい、通常の個体よりも強化された者のことを指します。出来れば逃げたいですね」


「でも今のボクなら!」


『ガルッ!』


「雪さん!」


ボクに向かって高速で跳んできたオーガをスペードさんが受け止めて吹き飛ぶ。


「あ、え、あ………」


『グルル………』


至近距離で見るオーガはとても大きくて、いや、大きいことは分かってたけど想像よりもずっと大きくて。


その怪物がこちらを見る目を見て腰が竦んでしまう。

獲物を定め、こちらを食べようとする獣の目をしていたから。


『ガルッ!』


「ひゃっ!」


軽く威嚇されただけでボクは腰が抜けて尻もちをついた。

オーガはその反応を見て満足そうにすると拳を振り下ろす。

でも、ボクとオーガとの間に入る影があった。


「私のパートナーに手ぇ出してんじゃねぇよ!」


「スペードさん!」


「私が守んだよ………!そのための私だろ………!」


そしてニッと笑った。


初めてスペードさんをかっこいいと思った。

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