第三話 スぺスぺ



「ん…………ここは?」


ボクは目を覚ますと辺り一面砂漠の何もない空間だった。

太陽が二つあって、ボクを見守るように照り付けている。


「痛………」


頭が痛くて意識を失った理由が思い出せ―――


「いや、思い出した。ボク、刺されたんだ」


じゃあ、ここは死後の世界?

それにしては神様も出てこないし、実感もない。


「―――ッ!?」


全身から嫌悪感が走る。

何?気持ち悪い!

ボクは胃液が逆流するのを感じて口を押えた。


『ふーん、やっぱり嫌悪感を感じるんだ』


「誰!?」


砂漠の中には誰も………

ボクは思いっきり振り向いた。


「影?でも、形を成していく?」


正直言って、直視するのもしたくない。

でも、どうしても目を逸らしちゃいけない気がしてちゃんと見る。


『よろしくね?「ボク」?』


「―――ッ!?」


ボクは言葉を失った。

それの姿が完全に見えるようなってその正体に気付いたから。

それは―――――


ボクがなボク自身だった。





俺は途中経過を確認するため、瀬場にスペードに連絡を入れるよう言った。


「おやおや。我が主は心配性ですね………」


「心配だから聞いているんじゃない。ただ今どうなっているのか知りたいだけだ」


「それを心配性というんですよ」


「さっさとしろ」


「滞りなく」


瀬場―――俺の忌々しく生意気な執事は『スペスぺ』と書かれた黒のスマホをこちらに向けた。

名前の設定適当すぎるだろ………!


「はい!何でしょうか!こちらスペードです!」


黒のスマホから元気のいい女性の声が聞こえる。


「ちょっといいか?」


俺は何か用事をやっているかもしれないので確認を取る。


「この幼いながらも素晴らしい声は!………はっ!?すいません、取り乱しました!大丈夫です!何でしょうか?」


「まったく、うるさい奴だな」


「えへ、ありがとうございます」


「褒めたつもりはない」


「えー!」


私にとってうるさいはご褒美ですよー、なんて声が聞こえるが無視するか………


「それで、雪はどんな調子だ?」


「むむ……無視ですか………こほん、はい!問題なく!ブスリと刺しておきましたよ!」


「そうか………」


こいつ、まったく躊躇ちゅうちょないな

それがこいつらしいと言えば終わりなんだが。


「ふふふ!電話してくるなんて随分と心配性なんですね!私が――――


プープープー


ふむ?瀬場が切ったのか?


「あの雌豚。あとで教育する必要がありそうですね。我が主になんてことを………!!」


「お前も何ら変わりないからな?」


「おや、バレてしまいましたか?後でスペードを叱るのは確定してますがね。反応が楽しいので」


まったく、こいつらに関わると頭が痛くなるな。





「君は何なの………?」


ボクはボクの形をしたそれに聞く。


『何って君だよ?君の大嫌いなボク。それ以外の何物でもないよ?』


「あ、そ」


どうしても冷たく当たってしまう。

ボクの取柄なんて明るく笑顔でいることぐらいしかないのに。


何も出来ないボクだから。


『ほんっとに………その被害者ぶった思想が憎いよ』


「え?」


もう一人のボクを中心に風が巻き起こりはじめる。


『ボクはそんなに下に見られたくないよ。ボクも生きてるからね』


風はどんどん強くなって渦を巻いていく。


「だってボクは!」


『だってボクは?』


もう一人のボクはそれを鼻で笑う。

風は強くなってボクは目を開けるのも苦しくなった。


『ボクはずっと渇き飢えているんだよ!それすら分からないの!?』


「くっ!」


砂嵐がボクを襲う。


『それなのに君は自分すらも自分を信じられなくて……!』


分かってた。

いや、分かってたつもりだった。


『この本心を無くさなくてもいいから!認めてよ!』


これがボクの醜い本心。

ボクの隠したかった本当の気持ち。


『ボクは寂しいよ………』


ボクは無理矢理、目を見開いた。


『もっとボクを愛してよ…………』


そこに映ったのは涙を流すボクだった。

そうか………


「そうだったんだ………」


ボクは荒れ狂う砂嵐を見渡す。


「君だけじゃなくて、ここ自体がボクの心の中なんだね………」


『……………』


愛に飢え、乾ききった砂漠。

孤独にかき乱された暴風。

そして――――


「ボクを照らす二つの太陽、か………」


そして、ボクはあの黒髪の少年に一度告げられた言葉を再び思い出した。


「『自分がであると思い込め。それだけでいい。結果はおのずとついてくるものだ』、ね。

ボクは信じてみるよ。ボク自身を」


『………!』


「誰も信じないなら、期待しないなら。ボクからね」


二人を守れるように強くなれるって。


「だから、力を貸してくれる?」


ボクはもう一人のボクの前に立って手を伸ばす。


『………次は上手くやってよ?』


「うん」


ボクはもう、掴んだ手を離さない。

自分を愛せない人に他人を愛するなんて出来ないんだから。


いつの間にか、風は凪いていた。


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