わたしが悪いんだ

 わたしが小学校3~5年生くらいだった頃、父の暴力にやり返したことがあった。いつものようにわたしのお尻を叩こうとする父の腕をひっかいて、ひっかき傷を作ったのだ。もちろんその程度で父が止まるはずはなく、結局いつものように叩かれたのだが。その後しばらくして父の怒りが収まったあと、父はわたしにひっかき傷を見せつけてきた。まるで「お前のせいでこんな傷を負うことになったんだぞ。可哀想だろ。」とでも言うかのように。わたしは父の血管が浮き出た白い腕に赤いひっかき傷ができているのを見て、強い罪悪感を抱いた。自分が他人を傷つけたという事実に対する罪悪感だった。


 今思えば、自分を攻撃する相手に反撃するのは自然なことなのに、なぜそんなに罪悪感を抱いたのか不思議だが、当時の感情は今でも鮮明に覚えている。

 当時のわたしは父が自分に暴力を振るうのは自分が悪いことをしたからだと思っていた。それがどんなに些細なことであったとしても“悪いこと”であることに変わりはなく、悪いことをしたからには暴力を振るわれても仕方ないのだと思っていた。言い訳をする余地もなく問答無用で叩かれるのは嫌だったし、話が通じない父を言葉で解決する能力がない馬鹿だと見下していたが、それでも暴力を振るわれる原因は自分にあるのだと思っていた。だから父が暴力を振るうのは悪いことではないが、それに対して自分が反撃するのは悪いことだと思っていた。


 もちろん今のわたしはそうは思わない。ごくたまに暴力を振るわれていたのならまだしも、あれほど頻繁に、ほんの些細なことをきっかけに暴力を振るわれていたのは、父の方に原因があったのだと今なら分かる。でも、小さな子どもだったわたしにはそんなことは分からなかった。自分を守ってくれるはずの親が間違っているだなんて、思いもしなかった。

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