父が怖かった

 子どもの頃、父が怖かった。些細なことで豹変する父が怖かった。


 夕方、仕事から帰ってくると、父はいつもリビングの床をチェックしていた。わたしたち(わたしには二人の弟がいました。以下、長弟, 末弟と記します。)が自分のカバンを片づけているか確認するためだ。そしてリビングの床にカバンが放置されているのを発見すると、「なんですぐに片づけないんだ」と怒鳴った。「あとで片づけようと思っていた」などと答えると、ますます怒り狂い「口答えするな」と怒鳴り散らした。それがさらにエスカレートすると、わたしたちの腕をつかみ、ズボンとパンツをおろしてお尻を叩き始めた。

 父がお尻を叩こうとする素振りを見せると、わたしは早々に逃げるのを諦めて大人しく叩かれていた。まだ10歳にも満たないような子どもだったわたしに、父から逃げる力がないのは明白だったからだ。


 当時のことを思い出すと、「痛かった」よりも「怖かった」の方がはるかに強く思い出される。父が怖かった。機嫌が良い時はユーモアのある面白いお父さんに見えるのに、ちょっとしたきっかけで怒りを爆発させて暴力を振るう父が怖かった。

 大人になった今、その恐怖を父とは全く関係のない人に投影してしまっている気がする。特に目上の男性に対してはその傾向が顕著だ。職場の上司と話しているとき。条件反射的に恐怖が湧き起こってしまう。もう10年以上も前のことなのに。心の奥深くに刻みこまれた記憶は今でもわたしを苦しめる。

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