三話①
「もしもし……」
「浅宮?」
「そうだけど、今、電話で話いいか?」
「いいけど、どうしたの?」
俺の声を聞いた玉森の返事には、少しの戸惑いがあった。
「方丈と、市女先輩のことを聞きたくて……」
いぶかしみの様子を見せながらも、俺の言葉に玉森はなぜを問わなかった。
「まず方丈のことだけど、浅宮は方丈の昔のこと知ってる?」
「金光しんらん教のことか?」
「そう。……金光しんらん教があんなことになってから、その、大人たちだけじゃなくて、同じ年の子たちも、方丈のこと悪く言ってね」
「…………」
「どうしてそうなったとか、ことの意味とかはわかっていなかったと思うけれど、みんなが方丈の悪口言って、助けてくれる人もいなくて、ひどくいじめられたみたい……」
「それで、方丈も不登校になったわけか」
うん、と返事をしたあと、玉森は言葉をつづける。
「学校にも来ないで、家でずっとゲームしてたみたい。頭巾を被るようになったのも、そのころだって」
「…………」
「そんな状態になっても、方丈のおばあちゃんは昔のことを忘れられなかったみたいで、子どもだった方丈にね、いろいろ教えてたって聞いたことある。自分たちは特別な存在だとか、神さまは本当にいるとかさ……」
つづけて聞くと、方丈の祖母はあいつに奇妙な英才教育を施したようだった。方丈家と金光しんらん教の歴史、自分たちの持つ血筋の特別さ、そして世界に伝わる様々な蛇神の伝説を幼い方丈へと伝えたらしい。
「玉森、方丈のことずいぶん詳しいな」
「それは……、クラスは違っても同じ学校だったし、そんなに大きい町でもなかったから噂もすぐに広まったし」
「それで、先輩も同じ学校だったのか?」
「うん、そうだよ」
「……先輩は? 先輩はどういう人だった?」
「市女先輩は……、かわった人だった」
「どういうふうに?」
「今みたいに、人のなかでわーわーやったり、あんなふうにおちゃらけたりする人じゃなかった」
「…………」
「なんて言えばいいんだろう、いつも心あらずっていうか、ぼんやりした人だった。みんなのなかにいても、ほとんど何もしゃべらなかったり、学校にいても、少し目を離した間に、抜け出してどこかに行ったり……」
「そもそも市女先輩って、養子かなんかだよな。祭りのときに見た人が、実の父親ってわけじゃないんだっけ?」
「そう、だね……」
「親戚の子とかで、どこかから引き取られたのか?」
「それは……、なんて言えばいいんだろう……」
「突然、あの尾形家にいたわけでもないよな」
方丈のこととは異なり、市女先輩について語る玉森の言葉は途切れがちになった。何を聞いても、返事ははっきりとせず、歯切れの悪いものとなる。
「方丈とはかかわりがあったか?」
「……どうなんだろう」
玉森との電話をおえると、携帯を投げ出し、そのまま畳の上に体を横たえた。
「ましろ……」
部屋のなかに差し込む光に、卵になったましろをかざし見る。玉森に電話をする間も、ずっと卵になったましろを手にしていた。
あの夜から、俺の世界は変わってしまった。
何をしていても、ひどく現実感がなく、見るもの聞くものすべてが頼りない。
姿を変えはしたけれど、ましろは死んでしまったわけではなかった。卵はわずかに熱を持ち、その殻のなかに、ましろがこもっているということを俺に確信させた。
「行こうか、ましろ……」
首下げの巾着袋のなかに卵を入れると、俺は家を出て、町の図書館へと向かった。
しんらんさま――上半身は人間、下半身は蛇の異形――の正体は市女先輩だった。
先輩が人間ではないなんてこと、本当にありうるのか。先輩はどうして、ましろや方丈たちを卵に変えたのか。
その真実を探るため、向かった場所は、図書館の隅にある郷土誌のコーナーだった。
調べたいことは、市女先輩の生家である尾形家のこと。
あの屋敷にあった卵のモチーフ、そしてたまむかえといった独自の信仰が何に由来するのかをはっきり知っておきたかった。
そこに市女先輩の正体を探る鍵もあるはずだ。そう思い、ほこりを被り、色もあせた市発行の郷土史を開いていくと、少ないながら、尾形家に関する記述が見つかった。
それを読むと、尾形家がずいぶんと昔、江戸時代の中期ころから地主・豪農として、そうして今も実業一家として、この地で長く繁栄をつづけてきたことがわかった。
ただ、それは知りたいことの一端でしかなかった。
ほかに何か手がかりがないかと、考えあぐねていると、夏休みに入る前、市女先輩と交わした会話を思い出した。
先輩は尾形家の信仰の大元は蛇神へのそれだと言っていた。ならば、そのことを調べてみようと、郷土誌の置かれた棚を離れる。
蛇の生態そのものというより、蛇を人がどのように捉えていたのか。その信仰のありようが書かれた本を開くと、俺の知りたいことが間接的にわかった。
例えば、蛇は外で出会うと大抵の人がその姿を恐れ、忌み嫌われた存在であったのに対し、家に入ってくると一転して福をもたらす存在だとされたということ。
江戸時代に書かれた『耳袋』という本には、そのことを信じ、家で蛇を飼ったはいいものの手に負えなくなり、他人に譲ったところ、その妻が蛇の子を産んだという話がのっているという。
ほかにもあの屋敷で見た尾形家の家紋である藤の花が蛇と深いかかわりを持つこと、さらには、たまむかえの日に聞いたトウビョウという言葉が蛇神、その憑きもの筋の家を指すことが記されている本もあった。
「先輩の家はやっぱり……」
蛇に深いかかわりのある一族だったのだ。
先輩からの帰り道で聞いたあの話に出てきたのも、蛇の怪異で、尾形家に関係のある話だったのだろう。
図書館を出たとき、今まで点であったことがつながり、線となって見えるようになった。
それでも、まだはっきりわからないことがいくつもある。それらを確かめるために、やることは一つしかいない。直接、先輩と話をすることが必要だった。
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