三話②
「お嬢さまはいません」
図書館を出て、そのまま市女先輩を訪ねて行った。尾形家の門をくぐり、市女先輩に会おうとするも、けんもほろろの対応を受ける。
けれども、それは想定内のことだった。一度家に戻り、深夜になってから再び、尾形家の屋敷に向かう。
屋敷の周りにほとんど住居はなく、畑や田んぼが広がっていて、俺の姿も濃い闇のなかにすっかり紛れてしまう。それでも、人目のないことを確認してから、木にのぼり、塀の屋根にあがる。
それなりの高さのある塀、万一にもましろを傷つけないよう注意しながら飛び降りる。
「っと……」
少しばかり音を立ててしまったものの、着地はうまくいった。そのまま身を低くして、尾形家の屋敷へと近づいてく。
忍び込んでみたはいいものの、この広い屋敷のどこに市女先輩がいるかもわからない。それになにより、市女先輩に会ったところで、はっきりと何かが変わるという確信もなかった。途方に暮れたような気持ちで辺りを見まわしていると、
「……!」
小さな明かりが目に留まった。導かれるように進んでいくと、光は屋敷の母屋や洋風の離れではなく、あの雅卵堂からもれでているとわかった。
――ここに先輩がいる。
雅卵堂の小窓の下に立ったとき、そう直感した。屋敷の部屋ではなく、この雅卵堂にいるのは、閉じ込められでもしているのか。だとするならば、先輩は尾形家でも、手に負えない存在と化してしまっているのかもしれない。
不安が体のなかからこみあげてくるけれど、ここまで来たのは、単なる興味でも酔狂でもなかった。
「先輩……」
雅卵堂の白壁を叩きながら、呼び声をかけると、
「開くん?」
想像していたとおり、返事の声が聞こえた。その正体がわかっていても、先輩の声に、ほっとする気持ちを覚えてしまう。
「どうして、ここに?」
「先輩こそ、どうしてこんなところにいるんですか?」
「それは……」
先輩は言い淀み、答えの言葉は止まってしまった。やっぱり、先輩は自分の意志でここにいるわけではないのだろうか。
見あげる小窓は、飛びあがろうとしても手の届かない高さにある。正面の入口にまわってみても、そこは重い鉄扉に閉ざされていた。いや、それだけではない。扉には大きな錠前がかかり、読むことのできない文字がつらつらと書かれたお札が貼られている。
これは市女先輩を閉じ込めるための封印なのだろうか。ならば、どうしたらいいのかと、いっそうの迷いを感じてしまい、その場から動けないでいると、
「誰だ?」
声ともに、懐中電灯の鋭い光が向けられた。そこにいたのはたまむかえの祭りの日に見た尾形秀治だった。まずいと思った瞬間には扉の前から背を向け、駆けていた。
「待てっ!」
声をかけられても、足を止めることなく雅卵堂から離れていく。見つかったことはしょうがない。けれども、これだけ広い屋敷に庭だ。このまま夜の闇に紛れ隠れていれば、逃げ出すチャンスはやってくるはずだ。
そんな魂胆を巡らせながら、庭石や木々の間に身を隠そうとしたとき、
「うわ!」
背中に鋭い痛みが走った。何か小さく、硬いものが連続して背中に当たった。その衝撃につんのめり、地面に転んでしまう。
「くそ……」
痛みに耐えながらも、立ちあがろうとしたとき、誰かに首すじをぐっと押さえつけられた。
「動かないで」
「…………」
「ごめんね。でも、無茶だよ、浅宮……」
振り向かずとも、声の主が誰かはわかった。
「玉森……」
いったいどうして玉森がこんな場所にいるのか。そのことを問う前に、尾形秀治がやってきて、玉森に小さく耳打ちをした。
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