最終話 空飛ぶ深海
自分が偽物だったとわかっても、死というのは苦しいし怖い。締め付けが強くなるごとに、私の仮説は間違っていて、フランコが嘘を言った可能性がもたげてきて、恐怖に襲われた。首の骨が砕け、大動脈が破裂する音を最後に聞いた気がした。
ずっと暗い闇の中にいた。
永遠を素通りしたような感覚。私はそんな感覚とともに目覚めた。
体の周りを殻が覆っていた。右の下から二番目の脚でノックしてみる。思ったより脆そうだったので、十本ほどの脚で強く押し上げて、殻を壊して外に出た。
出てきたカプセルを見て、私がゼィが以前言っていた姫だったのかと驚く。
その勢いのまま宙に浮かぶ――ではなく泳ぎだした。エコーロケーションにより周りの様子が鮮明に見え、ここが第二コルであることを理解する。そして慣れ親しんだ団地帯の上を私は泳いでいた。
――ウラカー。来てくれたのね。
団地の陰から鯨蛸がゆっくりと現れた。
私はその姿に目を奪われる。しなやかな十六本の脚が海に揺蕩って揺れている。なんて美しいんだろう。
そして私は脳内データにある自分の体を参照してみる。ゼィに比べてなんて醜いんだろうか。足のそれぞれの長さも歪だし、体の斑点もまばらだった。
結局のところ私がゼィ71#の本体のほうが好きだったのは、自分自身が鯨蛸だったからというわけだ。
ゼィが近づいてきて、無邪気に抱きしめてきた。足を絡めてきて巨体がぶつかり合う。これは人間だったころのコミュニケーション方法の名残なのだろうか。お互い冷たいものだと思っていたが、確かに体温と言うものを感じる。心地がいい。揺蕩う海に流されてずっとこのままでいた。でも――
――台無しだよ。
私は彼女を強く突き放していた.
ふわりとゼィが水中で制止する。
ゼィは驚いた顔をしていた。そして私の顔を見て、悲しげな表情を浮かべる。人間の目線ではわからなかったことがこの目ではわかる。
私は自分の顔に手を当てた。そこにはもう私の知っている私の顔はなかった。
――全部。全部。全部。全部台無しになった! 私の悩みも。アイディアンティの悩みも、役に立たなければならないという悩みも、特別でなくてはならないという考えも。家族についての考え方もすべてなくなってしまった!
私が何もないなりに積み立てていたものがすべて消えた気がした。
すべての考えが茶番となり、すべての悩みが道化となった。
『返して! 私の人間性を返して!』
ようやくこの体の情報伝達方法を理解する。そのまま叩きつけるようにゼィに送った。
そもそも私がゼィと同じ存在であるのなら、私を誘拐したのもポールロデスコ家の住民という事になる。何が「私は犯人ではない」だ。
ゼィはしばらく大きな眼でじっとこちらを見て、そのあと話始める。
『ウラカー、確かにあなたは人じゃなかった。でも人間だったことの悩みが無駄になったわけじゃない。そもそもあなたが鯨蛸だと生まれた時から知らせなかったのは、人間と手を取り合うため。人として死なせたくなかったから、私のカーボンアバターを食べてでも生き残ってほしかった』
『物は言いようねですね。人間に利用しやすいようにでしょ』
『そうかもしれない。でも明日からは違う。私たちの世界を作れるんだよ』
『それがあなたの目的だったんですか? あなたの夢?』
『私の仕事。私は人と共に歩み、人のためになるよう作られた。少々回り道をしたり、人の倫理から外れたりしたけど、これが一番私にできることで最善』
『本当に? 何も解決してなくないですか? 第一コルは相変わらず生体兵器がうろついている。そもそも工業地帯を一度破壊するから、第二コルへ隠れて支援している組織も苦労することとなってる』
『それは短期的な目線。長期的に見れば、こちらのほうがいい。千年後を見据えてね』
『そこに私は必要なんですか?』
一旦ゼィは無言になった。
『絶対ではない。来てくれると私が嬉しかった。同じことをしないにしても、共に生きてきたかった。だけど無理強いはできなかった。仕事と恋は別だから。だから』
そう言ってゼィは笑った。まるで子供のように無垢な笑顔だった。
私はこの鯨蛸に何を望んでいたのだろう。私は何を求めていたのだろうか。
『私もゼィが好き』
自然と口に出る。この気持ちに嘘はない。
彼女の顔が明るくなった。
『だから私はあなたを止める』
『なぜ』
『私が勝ったら、コルを分離するのはやめて』
『ポールロデスコ家のため? ……ウラカー。何かやらなければならないという気持ちの元動いているのはわかるけど、御家同士の争いなんてしている組織なんてあなたは協力する必要はないの。例えばあなた自分のことを優柔不断と思ってるよね? 実際にそういう部分はあるかもしれないけど、そのせいで本来時間をかけて悩むべき場所でも優柔不断なことだと自他ともに認識し、あなたが正常な判断ができことがある。結局のところ「面倒くさい性格」という言葉は、価値観の違いを拒絶するための言葉なの』
『やめて』
彼女の言葉は心地が良かった。本当に言ってほしいことを言ってくれている。でもそれじゃあだめなんだ。だから
『私はゼィを否定します。私はこのコルの人間のために戦う』
『第一コルのためだというのなら、出会ったことともないでしょ。情報だけ知って戦うとか言われても説得力ないよ』
『わかります。私は薄っぺらくて空っぽ。だからこそ空っぽな自分が大きなことをしている人の邪魔をする。いいじゃない』
『……じゃあ気のすむまでやればいいよ。ただね』ゼィが構えるように揺れた。『結局私が負けるなんてことはないんだから』
ゼィが高速移動を開始した。
――速い! ゼィの体はしなやかなのに、動きが早い! 海流を完ぺきに乗りこなし、踊るようにに迫りくる。ゼィは水流に逆らうことなく流れに乗っているが、私はそうはいかない。私の能力ではゼィには及ばない。
ゼィが触手を伸ばしてきた。それを私は手で受け止める。ゼィが驚いた顔をする。
私とゼィの攻防が始まった。お互いの攻撃をさばきながら、隙を見つけて攻撃する。しかし
体が一瞬軽くなったような気がした。上下が入れ替わったかと思うと、工業地帯のパイプの群れに叩きつけられた。タンクがひしゃげて結果的に水圧の力で破裂した。中の液体があふれ出た。
そのままゼィが馬乗りになってくる。何が起こった? そこで私はゼィが海流を操っていることを理解する。このコルは常に高速で回転している。だから上部と下部では重力が違ってくるし、海流も歪な動きをしている。惑星の海に近づけるには、それを制御する装置が必要となってくるはず。ゼィは機械にアクセスし、水流を操っているのだ。
彼女は私の頭部を締め上げてくる。そしてそのまま体を持ち上げようとする。私は必死に抵抗するが、このままだと窒息してしまう。
私は彼女の触手に食らいつき、引きちぎった。
ゼィが悲鳴を上げ締め付ける足を緩めた。私はその隙に彼女から離れ、工業地帯の隙間に入っていく。
『……それをやるってことは手加減できないよ』
ゼィは足の付け根から血を流しながら言った。
私はそれに答えず、彼女の脚を食べながら次の手を練る。
そういえば共食いをしてしまった。だというの忌避感はもうない。
蛸は非常時になったら自分の脚を食べるというし、だからこそだろうか。そう思うと私はもう人間ではなくなってしまったという事を実感する。
次の瞬間、頭上が弾けた。立体工場の残骸ががふってくる。目の前で激しい爆発がした。
ゼィの発射した魚雷だった。次にゼィは水流の竜巻を生成した。体が引きちぎられそうになるものの、私はなんとか回避したが、体勢を崩す。そこに彼女が突っ込んできた。
まずい。
またもゼィにつかみかかられた。今度は噛みつく隙を与えられなかった。ゼィは私を離さない。私も離れようと思わなかった。私はゼィの目をじっと見つめる。するとゼィが苦しそうな顔になった。そして大きな口を開け、頭の一部にかみついてきた。
『あああああああああッ!』
痛い!
今まで感じたことのない痛みだった。私は思わず声を上げる。
だが、ここであきらめてはいけない。
私は自分の頭に噛みついている彼女の口の中に、指を差し入れた。口を無理やり開こうとする。しかし力が拮抗していて、上手くいかない。ならばと引き裂くように、力が入りづらい方向に引っ張った。ぶちぶちと彼女の口の筋肉が咲かれていく。しかし、それに比例するように、私の頭を締め上げてきた。お互い譲るつもりはないようだ。
『あぐっ』
私の脳みそが絞り出されそうだった。
そんな緊急事態の私にゼィは直接頭に語り掛けてくる。
『もうやめなよ』
『あなたにはわからないですよ』
『わからないわけがない。こんなこと望んでいない!』
それは嘘だ。
私はあなたのことが嫌いではない。むしろ好きと言ってもいい。あなた私のことをわかってくれている。でも私はあなたのことを理解できていない。だからせめて勝たないと。
『このコルのために戦わないと』
『どうして!?』
『それが私だから』
『私はウラカーが好きだから、ウラカーには幸せになってほしいのに』
『ごめんなさい』
『やめて』
『やめない』
『お願い』
『……』
『ウラカーあなたは空っぽだというけれど、そんなことはない。ただ理不尽な周りに振り回されているだけ。だから「薄っぺらいウラカー・ゲダトが大儀を破壊する」という構図にはならない。あなたが勝っても自分は証明されない』
『また心地のいい言葉を!』
私は叫んだ。叫ばないとのまれそうだった。
わかっている。このままゼィに守られてのどかに生活できたらと思う。それでも私が私でいるためにはこうする以外の方法が思いつかなかった。
ゼィの力が少し弱まった気がした。そこで私は、触手を彼女の傷から差し込み、脳にクラッキングを行った。
彼女の頭の中を覗いている。しかしとんでもない防壁の量だ。セキュリティプログラムがすごい勢いで襲い掛かってきた。
私はそれを一つ一つ解除していく。ゼィが暴れるが、歯を食いしばり耐える。そしてついに、ある場所を見つけた。
そこにあるのは、 ――記憶? 彼女はその瞬間、何かに気づいたような顔をした。
私は答えない。そのかわりにさらに強く、触手を侵入させていった。
ゼィの意識が遠ざかるのを感じる。
私はいつしかゼィと一つになっていた。ゼィとともに自身の記憶をたどっていく。そこは暗闇に満ちていた。星もない宇宙のような。
ゼィは――私は水槽に入っていた。中は広いが、いつも独りぼっちだ。窓の奥から人間というちっぽけな生き物が覗いていた。
私はそれらを守るために作られたのだという。だから人間を好きなになりなさいと人間たちは言った。人間は私によくしてくれたし、私も彼らを好きになろうとした。でも人間は私を好きにはなってくれていないように感じた。彼らは私を通して、どこか違うものを見ていた。それがとても寂しかった。
だから私の寂しさを埋めてくれる友達が欲しいと言った。それがウラカー・ゲダトだった。
「まるでフランケンシュタインの怪物の花嫁だな」
人間の一人がそう言った。それに例えるのなら創造主としての責任は持ってほしいと思った。
自身の過ちを創造主のせいにしてはならない。その文言は創造主の過ちを被造物のせいにしないという祈りの元、成り立っている。
かくして私のパートナーとして、ウラカーは作られた。ただ人間性を取得させるために彼女は、生まれた時からカーボンアバターごしで育てられるのだという。これは私の発案する発想がどれも倫理感に欠けていたので、それを受けての措置だった。例えばネクロダンサー事件と呼ばれる気絶して痛みを除いた人間の防宙服をロボットのように操作して、兵士として戦わせる案が代表例だった。それが何がいけないのか理解するのに時間がかかったが、今ではもうちゃんと人のためになることを理解していた。
カーボンアバターを通すと、人間の価値観に近くなるようになる。人が人の形を美しいと思うのは――例外はあるが――人だからだ。つまり人間の姿をしたウラカーが私を見ると、私は恐怖の対象なのではないだろうか。そのことが付きまとっていた。
しかし実際に会ってみると、彼女は私にやさしく接してくれた。こみあげてくるものがあった。
彼女と別れた後、私は友達ではなく恋人になりたいと思った。プグターにそれを頼み込んだら、交換条件を出されたがクリアして許嫁にしてくれた。私はその時うれしくて仕方がなかった。
しかしよく考えたら知らないうちに許嫁が出来ているのは気持ち悪いのではないだろうか――やった気づいたか! 私(ウラカー)は言った――。だから彼女のほうが先に私のことを好きになるように動いた。
彼女のことを知り、彼女のためになることを言った。彼女の力になり、彼女と共に道を歩めるようにした。
ゼィの意識から私は一旦離れる。
水をおおきく吸い込んだ。
『本当にめっちゃ私のこと好きじゃないですか』
『だから最初から言ってるじゃん……好きだって』
『いや……だって私のこと何でも知ってるような人がいきなり現れたら逆に怖いって』
返事を聞く前に私は再び、ゼィの中に潜り込まれた。
多くの人が集まって巨大な円筒状の船を惑星から眺めている。そして数多くの子型宇宙船がそれを建造していた。
これはゼィの記憶ではない。これは……このコル自体の記憶――スウジィの記憶だった。
ゼィが依然言っていた通りに、この船は別の惑星に向かうために作られていた。作っている人達はどこか空虚な表情をしながらも、希望を持った目をしていた。
船は出港した。数々の希望を乗せて。
それからの記録は血なまぐさいこともあった。戦争もあった。差別もあった。分断もあった。
決定的なものは一度全滅にまで及びかけたテロ行為だ。それの原因は
『愛だよ』
ゼィが言う。
『愛が原因だったんだ。ことを詳しく説明する必要はない。幾億もあった愛が原因の事件を引用すればいいのだから。そしてそれが原因で人は一度愛を必要としなくなった。そして私たちに愛は必要がないことがわかった。この世界には愛は必須ではなかったんだ』
私は愛のなくなった世界を眺める。
惑星時代の文言を見てみると「愛のない世界は無味夢夢感想でつまらなかった」とか「愛のない世界は恐怖だった」とか「愛がないのなら死んでいるのと同じだ」といったテーマの創作が多い。にもかかわらずコル内の世界は思ったよりも美しかった。惑星の運動を見ているかのようだった。
『昔、不老不死が禁忌で、それを求めた人間はろくな結末を迎えない物語が多かった。だが時代が進むにつれ、ハッピーエンドの話も増えていった。それと同じようなものだったのかもしれない。愛がなくても世界は成り立ったんだよ。ユートピアには程遠かったが、デストピアでは決してなかった。それでも、だからこそ』
ゼィは頷く。
人々は昔の感情を再現しようとしてみた。何かきっかけがあったわけではない。義務感にかられたわけでも、必然だったわけでもない。それでも人々は昔の社会を再現していった。いうなれば
『気まぐれだったんだよ。人によっては必然だったと言うだろう。でも私の意見では趣味で思想を再現しているんだ』
『趣味で人が死ぬんですか』
『そういうこともある。だけど人々は愛を必須としなったからこそ、愛を楽しめるようになった。この世界に愛は必須ではない。必須ではないという言い回しは、つまり「別にあってもいい」という話なんだよ』
『そうかもしれませんね』
『だから……結婚しよう』
『わかりました』
『やった』
『そのあと離婚しましょう』
『あの、ウラカー? 私は真面目な話をしてるんだけど?』
『家族主義の勉強のために古代の資料をあさったんですが、「結婚こそが一番の幸福ではないけれども、主人公は結婚出来るだけの社会性はあるということにするために一度離婚した設定をつける」というのがあったので』
『その資料偏ってるよ……あと時間切れだね』
なにが……? と言おうとしたら、世界が崩壊していった。記憶の断片がはがれていくのを感じる。
『あなたは私の記憶の牢獄に誘い込まれたの』
思考が鈍る。現実世界の体が動かなくなり、今度はゼィが締め付けてきた。
ああ、結局私は勝てなかったのか。悔しいな……今度こそ本気になれたと思ったのに。
私が負けたことによりゼィは水槽の分離を行うようだ。思ったより長い時間が経過したのか、希望者の9割がすでに水槽に移動していた。
大きく揺れてコルの一部のリングが分離していく。今日私たちはコルがら分離して新たな海の民として生きていくのだった。
ふと心残りとして、所長の記憶をスウジィを通してして覗いた。
ベンドル・ランは工場の群れが元水槽だった場所に落とされるのを見つめていた。何割かはポールロデスコ家が抱えていた物だった。
それを見て、ベンドルはプグターと始めた会った時のことを思い出す。
「私たちにはどうやら孫がいるらしい」
開口一番彼はそう言った。ビジネスでの席だというのにいきなり何を言い出すのだとベンドルは顔をしかめた。
「あいにく」とベンドルは咳払いをする。「私は別に恋愛主義者じゃないので、その情熱的な誘いは受け入れられないんだが」
「私だってそうだよ。ただこういうつながりは大切にしていきたいたちでね」
理解できなかった。古典家族主義において、この船の出産システム自体を矛盾なく直視するのは不可能なはずだ。ただ彼とのコネクションがあることは重要だったので、黙っていた。
彼と共に仕事をしていると、家族主義でいたほうが得をすることが多かった。だから家族主義に入ることになった。何か変わったようには思えなかった。
女の主義には受け入れがたいものもあった。命を狙われたというのに、自分の遺伝子的なつながりの人間を集めてていることがそうだ。
ただそれでもプグターは大切なビジネスパートナーだった。彼が死んだといった時、やっぱりという気持ちと同時に、喪失感があった。
「建て直さなきゃな」
残骸の山を見てベンドルは呟く。周りの研究員たちが頷いた。
奴らは自分たちより進化するつもりなのだという。ならばその予想を覆すほど技術を発達させる。そう決心した。
そして分離した水槽の方向を眺めた。あまり熱心な家族主義者ではなかったが、この時ぐらいはと自分の孫娘だという設定の生体兵器の行く末を案じた。
私は次にナジャが閉じ込められた檻に視線を移す。音楽にも飽きたのか腕を枕にして、退屈そうにしている。
そこに扉をノックするものが現れた。次の瞬間檻は開かれ、ニエべスが現れる。
「あ、来てくれたんだ」
ナジャは立ち上がりながら肩を鳴らす。
その顔は嬉しそうだが、ニエべスはそれを無視してナジャの方に歩み寄ってくるとじっと見つめてきた。一体何をされるんだ。身構えると意外な言葉をかけられた。
「よかった」
「え……あっ心配してくれたのか……ありがとう」
意外だった。
心配するとかいう感情あったのか。そしてつぎに彼女は微笑んで見せて、ナジャをさらに驚かせた。
だが、すぐに真顔に戻る。さっきの表情は幻だったのだとでもいうように。
「これからどうする?」
ニエべスは外で起こったことを説明して聞いてきた。それは予想外のことが多くてついて行けないこともあった。見ると確かにコルの一部が分離しようとしている。
「まあ両コルの意識は少し変わっただろうし、今回の作戦は成功ってことでいいか」
「いいのか?」
「まあね。でも問題は何も解決していない。次の作戦を練ろう……あっでもニエべスは契約切れか。どうする? 帰る?」
「ナジャ私は」ニエべスは少し言葉を探しながら言っている「ナジャと一緒にいたい」
「お、おう……そう……私もその方がありがたいけど」
ナジャは困惑した後、少し考えて頷いた。
「じゃあいこうか」
様々な人間模様がスウジィを通して伝わってくる。フランコの内面を覗こうとしたが防壁が強くて無理だった。よほどの技術を終結させなければスウジィから覗くのは防げないはずだが、逆にそのことがフランコの人間性を表している気がした。
こうして分離した水槽はコルから離れて旅立っていく。次に出会うのは千年後。
コルの速度が光速の50%まで時間をかけて落とされる。すると星が見えてきた。スウジィと接続している私は、まるで星の海を泳いでいるようだった。
『ねえゼィ、千年も待たずにまた合流することはできます?』
『私がさせないけど。そうだとしてもスウジィが技術を秒単位で発展させているから、もうすぐ接続できなくなる。そうなったら進路は途中で変更することはできないね。また接続出来るぐらい技術革命を起こさないと』
『わかりました。じゃあこれから何度も私と戦ってください』
『うん?』
『そして私が一回でも勝った時はまた合流するように技術を伸ばしてください』
『まあいいけど』
『それからゼィ』
『何?』
『大好きだよ』
私がそう言うとゼィ71#は微笑んだ。
体を重ね、踊るように泳いでいく。この船が進む方向に任せて。
新しく水槽の住民たちはその周りで泳いでいる。
私の愛は誰も救わなかった。この世界は愛によって救われなかった。それでもいいと世界が言っている気がした。
――この世界はすべてを受け入れてくれる。
それは自由なことだ。でもこの世界は自由にとらわれている。
この詰め込みすぎたおもちゃ箱みたいな世界で私たちは踊り続ける。新しい遊び場を見つけるために。いつかその果てにたどり着く日のために。未来に向けて。
(そういえば何かいろいろな話をしたけど一つだけかたくなに避けていた話題があるような……まるで何もない場所の輪郭をなぞり、そこにあるように見せて多様な)
(ああ、それはね。とても重要な理由があって――)
この世界は愛は必須ではない 五三六P・二四三・渡 @doubutugawa
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