第17話 プロジェクトアクアリウム①

 モニター上でついにゼィが居住区に侵入していった。生体戦車が溺れるようにまごついているところに、ゼィが食らいつく。むさぼり装甲をはがして、戦車を食していった。それからは順調としか言えなかった。生体兵器は水に沈めれば死ぬわけではない。しかし元から水中ですごしているゼィの相手ではなかった。逃げ遅れた民間人が他の生体ドローンに襲われそうになったところを助けた所だけを見ればヒーローにも見える。

 その十六本の腕から銃器のようなものを取り出し、次々と魚雷を発射して生体兵器を破壊していった。あっという間に居住区が制圧される。

 残るは竜型の生体兵器のみだった。あれの噂は聞いたことがある。あれが起きたという記録は百年おきごとほどにあった。そして起きるたびに、第一コルの人口の半分が死んでいったのだという。大崩壊の原因の一つとも言われていた。音はよく聞こえないが、大きな振動が伝わってくる。巨大な尻尾を振り回し、辺りの建物をなぎ払っているようだ。

「まさか、水中移動に適応したのか……?」

 あり得る話だ。自己進化する生体兵器。それほどでもないと伝説とは言わないだろう。

 これは流石にゼィは苦戦すると思われた。

 しかし。

 ゼィが絡みつくように竜につかみかかる。竜は側面の魚雷砲に変化した武器を発射したが、どれも不発だ。そのままゼィは強い力で大型生体兵器を引きちぎっていった。

 そして最後の一本を食い千切り終わった後、ゼィが満足げな顔でこちらを見た気がした。それからしばらくして、その居住区から立ち去った。

これで終わりなのか? あまりにも呆気ない。

「私たちは恐ろしい存在を作り出してしまっていたのかもしれないな……」

 それはわかっていたことだった。だから幼いころから人間型のアバターを使わせ、人間の価値観に近づいてもらおうとした。

 それは失敗だったのだろうか。

 部下がモニターを見て叫ぶ。

「所長! コル全体に通信妨害です。映像データが強引にねじ込まれています!」

「かまわん。そのまま再生しろ」

 職員たちは言われた通りに、映像を再生した。そこには人間のアバターを纏っていたゼィの姿をデフォルメしたようなアニメーションが映っていた。

 映像の中のゼィは重い顔で沈黙した後、おもむろに口を開いた。


「第一コル、第二コルの皆さま、この度はご迷惑をおかけしたことを心より謝罪します」

 謝ると言っている。しかしここで「ほっ」とするわけにはいかない。研究員たちは固唾をのんで成り行きを見守っていた。

「並びに第一コルの革命に便乗して、このようなことをしでかしたことも謝罪します。しかしながら、私は生体兵器です。正直に言うと人間の事情にはそこまで興味はない。人間は好きですが、同種の次にです。興味はそこまで深くないですがこの百年間、私は人間として生活をして、人間とともに研究を行ってきました。それぞれに事情があることもわかりました。

 そこで提案をします。

 その内容は先ほどウラカー・ゲダトが発信した者と同等のものです。コル全体を水で満たし、そこで人類が生活し、私と同種の生物の庇護で生きると言うものです。今現所第二コル内の生体兵器はすべて破壊したつもりですが、卵の破壊までは保障できていません。ですので庇護は必ず必要になってくるでしょう」

 それはわざと残したのではないのかと、ベンドルは考える。やろうと思えばゼィが武力によってコミュニティを収めることもできるだろう。しかしその体制は上手くいかないと考え、間接的に仮想敵である生体兵器の卵を残し、ボディーガードとして存在を意義を認めさせる。

 そうすればうまくいくと思ったのではないか。

「そしてウラカー・ゲダトと通信とは違う部分ですが、まず第二コルの今現在深海化してる部分のみを、このコル自体から分離します」

 黙って聞いていた職員たちだが、そこで驚きの声が上がった。

 当然だろう。今深海化している部分には居住区もあるし、工場もある。こういう日のために、コルすべての機関は潮や圧力、水、薬品に大体は強く作ってあるので、そのまま水をひかせれば7割程度はまた使用可能だった。だがそれごとと根こそぎ持っていくつもりなのだろうか。

「深海ポッドと栄養素が詰まったタンクと人間工場んお半分は丁重に置いていきます。居住区や他工場に関しては海流に乗せてまとめて水槽があった場所に下ろすので、その材料を使って再建してください。データは残ってるはずですし。最悪防宙服があるので、長い間テント泊りや野宿でも問題ないでしょう」

 原始時代に戻れと言っているわけではない。しかしながら今の環境に慣れた人々には辛いはずだ。

「それから分離した水槽での生活ですが、ここから水中に都市を築いていきます。最初の数年は野生動物じみた生活になりますが、そこを超えれば安定した文明を築けるでしょう。少なくとも船の超加速や生体兵器におびえる毎日ではありません。それは必ず保証しましょう。あと、千年後をめどにまたこの船に合流することを予定しています。以前から計画していた『相対性理論上での時間の流れの違いを利用して、より技術の発展を促す』というのを前倒しにするわけです。つまりは次出会った時は私たちのほうが長い時間を経験しているという事ですね。

 さて、今の演説でコル内に私について行くという人間がいるかどうか、投票をとってみました。第二コルの人間が全体の5%、第一コルの人間が全体の15%が私の計画に賛同してくれています。上々ですね」

「馬鹿な」

 ベンドルは叫んだ。

 いきなりこんな突拍子もない提案に賛同するやつが全体の十数%もいるはずがない。ハッタリか? いや、おそらく長い時間をかけて主義者の経典などにこの計画をよしとする思想を植え付けていたのだ。長期的な模倣子の操作ともいえる。

 しかし、その後にゼィが言わんとしてることを理解し、ベンドルは急いで指示を出した。

「おい、この場所を封鎖しろ! 通信もすべて切れ!」

 突然叫びだした所長に、部下たちは戸惑う。

「どういうことです?」

「あいつが次にいう言葉はこうだ。『参加する皆さんは足でこの場所に来てください』。するとどうなる? おそらく投票に答えた以上の人間が勢いで集まってくるだろう。しかし計画そのものを邪魔するやつらも出てくる。つまり、どうしても参加しようとする人間も攻撃を加えられるし、ゼィ本人に攻撃をしようとする奴もいるだろう。そうなるとかなり大規模な争いになるぞ。巻き込まれる前にここを隔離す――いや違うな」

 ベンドルは舌打ちをした。服の上から頭皮を指でかく。「あーあ」とため息のように呟いた。

 自分は何を言おうとしたのだろうか。閉じこもって隠れている?

 そんな間抜けなことはしたくなかった。

 研究所の所長は手を叩く。踵を返して、皆に向き直った。

「我々は……否、私はこの計画の是非自体については問わない。ゼィについて行きたい奴がいるなら勝手にするといい。そして今手伝う意思があるのなら手伝え。不安になってるやつのために情報を届けろ。むやみにゼィにケンカを売るやつを止めさせろ。あれに手を出さなければそうそう死なない。必要以上に対立をあおってるやつを止めろ。重度の怪我をしている奴がいたら救助しろ。生体兵器の生き残りがいて、襲われている奴がいたら助けろ。わかったな!」

「はい!」

 研究員一同が一斉に返事をした。


 私は移動しながらゼィの演説を聞いていた。

 それを聞いて余計にわからなくなる。私は皆に意見を募りたくて情報を流した。そして結果はそれなりに賛同する人がいた。足元で争っている人たちがそうだ。

 今第一コルでは各所で戦いが起きている。生体兵器を誘導する者はまだ表れていないが、つかみ合いにより一時的に怪我をする人は後を絶たなかった。

 つまりはこの争いを切り抜けてゼイの計画に乗ることが、それだけ価値のあることだと思っている人が数多くいるという事だ。

 最初は私は水槽計画は間違っていると思っていた。無断で工場等を壊すこととなるし、各々の問題から逃げ出していることになる。いきなり生活様式を変えろと言われても、気持ちの切り替えができない。

 それだというのに、第一コルだけでなく、第二コルの人間も殺到しているようだった。

 私が計画に乗るかはまだ決めていない。しかしゼィに会う必要はある。

「そうは言ってもどうしようかこれ……」

 コルの出口付近にはエアバイクや、空中トラックなど、数多くの飛行物体が集まっていた。しかし反水槽計画派が作った粘着爆弾によるバリケードで防がれており、隙間はあるが気、軽に出ることはできなくなっていた。撤去しようとしている人もいるが、それを邪魔する人もおり、争いが激化している。

 私が入っていく余裕などなかった。このままでは出遅れる。

『お困りのようですね』

 突然後ろから聞き覚えのある声をかけられる。振り向くと、手で抱えて持てそうなな程度の大きさで球形のドローンが浮遊していた。サインツ派の紋章が描かれている。

「その声は……!」

『覚えていただいて光栄ですよ。さて、敵対していた我々ですが、私もゼィ#71の行動は予想外だったわけですよ。というわけで、場合によっては手を貸すこともやぶさかではないというわけです』

 ボール球が煽るように上下した。その奥にフランコのニタニタ笑いが見えた気がした。

「そんなの……」

 受けるわけがないと言いそうになって止める。ここで突っぱねては本当に手がなくなる。歯を食いしばりながら、フランコに言った。

「一応話だけ聞く」

『これはこれは、物分かりがよい』

「……」

『さて、助けるというのはもちろん第一コルの秘密の出口です。私の部下が、そこから外へ出して第二コルへ宇宙船で連れてってあげましょう』

「条件は?」

『その』

 ボールからARのアイコンが出てきた。映像の手で私の肩を指している。

『カーボンアバター、譲ってください。それだけでいいんです』

「そんなに重要なものなの? これ」

『ええ。一応誠意を見せるために正直に言うと、それを調べるだけで我々の技術は格段に上がります。もしかしたらあなた方の研究所を超えるかも』

 まだ超えていなかったんだ……。

 コル外に基地を先んじて作っていたので、すでに超えているかと思っていた。

 そんなに、重要であるならもう少し渋れるのではないか。

『あまり素人が出しゃばって駆け引きごっことかするもんじゃないですよ』

 見透かされたような声に私は背筋に汗をかいた。私は口ごもりながら答える。

「でも、私たちの仲間を殺した……そんな奴の言うことを聞くなんて……」

『確かに目的のために殺しました。でもそれも大儀のためですよ』

「大儀……?」

『我々もこの第二コルを救いたいのですよ』

「そんなわけが……」

『プグター・ポールロデスコを殺したのもベンドル・ランに代替わりさせるためです。彼のほうが身内意外に視野が広いので第二コル全体の助けになる。まああなたがトップについてくれれば、最終的に乗っ取れるのでその方がいいんですけど』

「だからって殺していいはずが……」

『助けましょうか?』

 フラスコはこともなげに言った。

「どういうこと?」

『さすがに研究所の襲撃で死んだ人たちは無理です。しかし、先日宇宙に投げ出された研究員は我々が使う宇宙船を使えば追いついて回収することも可能です。問題としては光速に近いと星間物質もかなり抵抗となって、少しずつコルから遅れてはいくんです。もう酸素がなくなっていたり、餓死していたりするかの心配もありますね。しかしあえてここでは「大丈夫。間に合う」と言いましょう。我々を信じてください』

 力強い声だった。

 しかしそこで考える。いわばこれは人質なのではないのか? 私かここで助けを乞わなければ、宇宙に飛び出した研究員の死が確定してしまう。

 いや、さらにこうとも考えられる。例えばすでに救出していていて、こういった取引に使うために生かしている可能性はないだろうか。さも頑張って救出しましたと恩を売り、その実間接的ではなく直接的に人質にしていると。

「……わかった。あなたに屈する」

『どうやら誤解を与えているようですね。私は手を差し伸べているだけです。そんな悔しそうな顔が、人にものを頼む態度ですか?』

「……研究員を助けてください。ゼィに会わせてください。カーボンアバターは差し上げます……」

『いいでしょう』ボール球がくるりと一回転した。『少し待っててください。迎えが着ますので』

 いまだに出口周りは喧騒が起こっている。会話をしている間に事態が好転しないか待っていたが、景色は変わっていなかった。

 何やら手玉に取られてしまったが、そもそも自分に交渉で何かできるとは思えなかったので、これでよかったのかもしれない。私にはこのカーボンアバターの価値がわからないので、結果論で言えばプラスになる。  

 しかしそれでも悔しい。何か一泡だけでも吹かせられないだろうか。

 『それではカーボンアバターを受け渡す契約書を書いてください』

 ボール玉が言ってくる。

 渡されたデータは実にシンプルだ。容量もかなり軽い。隅々まで目を通さなければならないような注意書きできが書いてあるのを予想したが、そんなことはなく、ただ簡潔に「私は自らが所有するカーボンアバターを贈与します」云々の文章が、それなりに格式ばった文体で書かれていた。

 ここでやっぱりやめたと言ったらどうなるのだろうか。「研究員の命なんて知らない、ゼィとももう会わなくていい。いっそ第一コルで暮らすのもいいのかもしれない」とでも言った方が助かる命もまたあったりするのだろうか。

 そのことから連想して、ふと小さな仮説を思いつく。そして頭の中で反芻してみると、意外と筋が通ってくるように感じて、体が震えてきた。縋るように否定材料を探すがどれも心伴い。膨らんできた疑念を吐き出すように呼吸が荒くなった。視線をが定まらなくなる。

「ごめんなさい。やっぱりやめる。」

『……何故ですか。一度した約束を取りやめるんですか?』

 初めてフランコの声に焦りが見えた気がした。しかし、やはり私の考えは間違っていないような気もしてきた。

「私はなんにしても注文を6回やり直さなければ気が済まないタイプだから……いやそれは関係ないんだけど」

 と乾いた笑いを吐き出した後、また思考する。

 思えば気づく場面はありすぎたのかもしれない。

 例えば何故コルの外への出張で、私だけがアバターを持っていなかったのか。

 例えば何故腕が同じ数だけないと操れないようなカーボンアバターを操れたか。

 そして、フラスコは一度たりともゼィ71#のアバターをくれとは言っていない。

 簡単なことだった。


「私自身がカーボンアバターだったんですね」


『さすがにあなたの知能を低く見積もりすぎたようですね……』

 フランコが舌打ちをして見せた。

 かなり甘めに見積もったら、一応一泡とはいかないでも何かしてやったという気持ちには一瞬だけなった。

 ただ思い返してみれば、何故その考えに至らなかったが不思議になってきたので、本当に馬鹿だと思われたのだろう。

 それはそうとして、おそらく宇宙へ飛んでいった研究員もまたカーボンアバターだ。コルの中はある程度の安全が保障されている。よっぽどのことがない限り、死ぬことはない。しかし外は別だ。一歩足を踏み外せば、何もない空間へずっと飛んでいくことになる。だから馬鹿正直に生きた人間が行くことなどないはずなのだ。

「これで人質はいない。あとはゼィに会うだけ」

 私は触手を防宙服の内側から入れた。そして自分の首にはわせる。

『あ、そうだ。言い忘れてました』

 ボールが言った。まだ何か条件を引っ掻けるつもりだろうかと身構える。

『ナジャのこと、殺さないでくれてありがとうございます』

「は……?」

『血は繋がっていませんが、あれでも大事な元子供でしたからね。勘当はしたものの、だからこそ情があるというべきでしょうか。ともかく、ありがとうございます。心より感謝を申し上げます』

 その言葉から家族主義的な情を読み取ろうとした。しかしそれにしては今までの状況から矛盾点が多く、もちろんのこと言葉通りにはとらえられない。

 とりあえずは相手は理解されたら負けだとでも思っている、とでも解釈をして平常心を保ったのだった。

 いや、そもそも人の心などすべて理解するというのが無理なのかもしれない。私はナジャのこともわからないし、ゼィのこともあわからない。

 そもそも私のこともわかっていないのかもしれない。

 私は自分の首を絞めて意識が途絶える途中、そんなことを考えていた。

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