第16話 それぞれの戦い②
天が割れるのを、ベンドルは眺めていた。巨大な地響きを立てて模擬天井がパズルのように二つに分かれていく。子供のころからずっとそこにあると思っていた物の形が変わっていく。迷路のような断面が見え、その間から建造物の欠片が枯葉のように数個ほど落ちてきていた。
「やはり……か……」
パイプの迷路の中で迎えつく作戦も立ててはいた。しかしながら、それだとこちらの勝算が高すぎた。だから馬鹿正直にやってはこないだろうと考え、他の方法があるかと入念に相談した結果、もしかしたらこの天井は割れるのではないかという結論に至った。だとしたら最悪だったが、案の定奴らは天を割ってきた。
当然ながら天井裏の迷路に配置した兵もいる。
だからここにあるのはコル内に存在するすべての対生体兵器ライフルではない。それでもある分だけでやっていくしかなかった。
「撃て」
割れた部分を観測し、急いでこの場所へ来た。そして兵たちにライフルを天に構えさせ、数キロ先にいる降ってきた生体兵器をめがけて撃つ。
閃光が弾ける。そして銃声が轟く。
数分後数発ほど命中したのを確認したが、それでも生体兵器の数は多い。何体かが落下してきた。
「ちっ!」
生体兵器ライフルは一発撃つごとに、人を撃たないという面倒くさい認証を行わなければならない。そして射線上に人間が入ると、認証はまたやり直しとなる。
代一班が撃ち終えたら、第二班に後退させてまた撃たせる。これじゃまるで火縄銃だ。
しかし何としてもここで食い止めなければならない。コルの市民を生かすも殺すも、自分の双肩にかかっていた。
また一発銃弾をはずし、コルの壁を破壊した。破片が落ちてきてこちらにも被害がかかるので場所を少し移動する。
「誘導ドローン発射!」
文字通りの生体兵器を誘導するためのドローンだ。装甲を破壊するほどの力はないが、生体兵器の破片を回収してうまくデコイとする。
しかし、誘導に関しては向こうの闘牛士のほうがたけているようで、うまくいかない。そうこうしているうちに、生体兵器が地面に到達した。
「くそ! まだ来んのか!?」
次々と生体兵器が落ちてくる。避難に遅れた兵の一人がハチの巣となったが、そのまま距離をとるしかなかった。
遠くから何か光ったかと思うと、目の前にいた生体戦車が爆破した。どうやら別部隊に狙撃されたようだ。
『所長! 今棺から脱出しました! できることを教えてください!』
通信が入る。どうやらウラカーからだった。
「嘘をつけ。数時間前に脱出してるのは把握してる!」
『いや、動けるようになったのが今なんですよ。数カ月ほど閉じ込められていたので辛かったので……』
「まあいい、お前にできることなんて……いや待てなんだその姿は……気持ち悪……」
通信により流れてきたデータにより、ウラカー・ゲダトの今の姿を知った。
『その、いろいろありまして……』
「ゼィのカーボンアバターを纏っているのか? そしてそこは第一コルの表面か。じゃあ出来ることはあるな……」
『教えてください! なんでもします! 今ならできる気がします。逆に今以外できない精神状態です!』
気分が乗っているようだ。危険だが他に方法はなかった。
「いいか、第一コルと第二コルの間の塔だが、あれは両コルの回転数が一致しているからこそ壊れていないんだ。片方の回転速度をほんの少しだけでも遅くしてやれば、塔はねじれて崩壊する」
『でもどうやって?』
「おそらく塔を生成したプログラムを動かしているハードが第一コルに存在するはずだ。それをカーボンアバターの力で突き止めてハッキングしてやればいい。あとおそらく天井も閉められるはずだから頼む」
『わかりました!』
通信を切ると同時に巨大な音がとどろいた。見ると竜のような生体兵器が、池に向かって落ちたようで、こちらを向いていた。
長い戦いになりそうだった。
「見つけた」
プログラムの場所は拍子抜けするほどあっさり見つけることが出来た。
流石ゼィのカーボンアバターという事だろうか。
第一コルの空中にある浮遊街にあるようだ。飛んでそちらへ向かったが、困ったことに入り口がない。
しかし一番薄い場所に向かって集中砲撃したら穴をあけることが出来た。
中に入った所、数人の子供たちに銃を突きつけられる。
「あの、私は別に敵対しようってわけじゃなくて」
言いながら触手で薙ぎ払い、先に進んだ。本当はもっと話し合いたかったが、時間がなかった。町の中心部に進むと巨大な金庫が置いてある。私が閉じ込められていた棺と同程度の大きさだった。これは流石に破壊もハッキングも難しそうだ。後ろから子供たちが折ってきたので、バリケードを築いて時間を稼いだ。
中にいるプログラムと話せるようだったので、声をかける。
「すいません。あの塔を壊したいのですが」
返事はないようだ。
「確かに第一コルと第二コルの格差は酷いものです。でもこのやり方は間違っています。他に方法があるはずだと思うんですよ」
『例えば?』
中から老いたような声が聞こえてきた。私は驚きつつも答える。
「これはカーボンアバターにあったデータの受け売りなんですが……」
ゼィもまたコルの格差については考えていたようだ。様々なデータが脳みその部分に残っていた。
私は恐る恐る話してみたが、中にいるプログラムはため息をついた。
『論外だ。非人道的すぎる』
「そうですね。一応話してみましたが、私もこれには反対です」
しかし困った。そもそもの話、私が説得なんてできるはずがないのだ。ここで誰も思いつかないようなアイデアを出したり、感動的なスピーチをできたらよかったのだがそんな能力はなかった。何かないかと時間稼ぎのようにアバター内の情報をあさってみる。が、めぼしいものはなかった。
いや待った、これは……
『君にはわからないだろうね。子供たちがどれだけの苦痛に耐えながら生きているのか。そして耐えることに疲れて自殺する者もいる。それでも我々は生きていかなければならない。生きるために他者を殺すことだってある。それが現実だ。君の言っていることは理想に過ぎないんだよ』
私が考えていることをよそに、プログラムは話し出す。
「わかりますよ……いえ、そのこと自体ではなくて、よそからやってきた人がいきなり助けるとか言ってきても胡散臭いことこの上ない。ナジャも同じでしたでしょう」
『……わかってるなら帰ってほしい』
「はい、私は助けることはできません。昔からそうです。私は人を助けるのが苦手でした。ただ現状を話すことはできますす」
『なにを……』
「『プロジェクトアクアリウム』その実態は危険です。それを止めるために協力してほしいんです。おそらくこれを機に実行されるでしょう。ゼィ71#のアバターを探ってみたら、そう書いてありました」
『第二コルの住民がやるのなら勝手にしてくれという感じだ。確かに危険だが、私に止めることはもうできない』
「私にもできません。だから協力を仰ぎます」
『どういうことだ。今私は断っただろう』
「あなたにではありません。コル全体に説明して問いかけるんです。私はあまり頭がよくないので、今起こってることの是非がよくわかっていません。だから皆に判断してもらう」
『馬鹿な……危機につけこんで危険な思想を子供たちにまき散らすのはやめてくれ! そのせいで賛同するものが多く出たらどうする!』
「止めたいなら外に出てください」
『脅迫か? 屈しないぞ』
「違います。外に出ても発信は止めません」
『やめろ!』
息を強く吸う。
私はコル全体に通信を設定した。
「みなさんこんにちは。私は第二コルのウラカー・ゲダトといいます。今回はポールロデスコ家がひそかに進めていたプロジェクトアクアリウムについてお話します。第一コルは現在多数の生体兵器がうごめいており、非常に危険な地域となっています。生体兵器自体は人間には敵意を持っていませんが、人間側がそれを利用して争う、という事態が起こっているのです。これに関して第二コルは社会自体に問題があるとして、幾度人を送って変えようとしてきましたがうまくいきませんでした。第一コルに渡った多くの第二コル人が環境に適応できず死んでいます。
第二コルに第一コルの人間を移すというのも昔から行われてきたことです。法律上は禁止されていますが、各組織がひそかに自分の基準で第一コルから誘拐及び勧誘をしていると言うものです。
この事の善悪については今は論点ではないので置いておきましょう。
さて本題のプロジェクトアクアリウムというのは、第二コルの一部を深海化することです。第二コルの居住区の底には深海を模した水槽が存在しています。その水を居住区域に持ってこれば簡易的な装置で船全体の加速や減速の衝撃に耐えることが出来ます。これだけだと加速時だけ深海化すればいいと思いますが、常時深海化するのにも理由があって――」
「何考えているんだあいつ!」
砲弾の雨をよけながら、ベンドルはどなる。通信をウラカーに繋ごうとしたが拒否されていた。
プロジェクトアクアリウムは数百年も前から受け継がれてきた研究だ。コル内に水を貯めるというのは容易なことではなく、そもそも分子が足りていなかった。昔天井裏に大量のウランの保管場所があるという噂があり、それを採掘して核分裂炉を作って水素原子を増やす計画があったが、テロ等の危険性を鑑みて却下された。なので船自体の循環ラインからちまちま水を集めてようやくあの量の水をためたのだった。
計画の目指すところは人によって違う。
ただ機を見て正式に段階的に実行すべき案件であり、こうやっていきなりコル全体に全容を話されては困ることだった。
まず第一に、今回ベンドルが行おうとしていたのは計画の一部のみだ。
第一コルを水浸しにして、己に有利な戦場を作るというもの。深海化した場所でゼィ#71に生体兵器を屠ってもらおうというものだった。
そう、ゼィ#71は生体兵器だ。
陸上動物が水生動物に水中でかなうわけはないので、一方的に勝つことができるというのがベンドルの考えだ。ことが終わったら、水を引かせる予定であった。
しかし通信内容を聞いてあることに気が付く。ゼィは最終段階まで計画を進めるつもりのようだった。すなわち人類そのものを水生に変えてしまうというところまで。
「しかしウラカーはなぜ私を通さないで、全体に話しているんだ」
口に出してみて気が付く。ウラカーはベンドルがゼィと同じ段階まで計画を進めようとしていると勘違いしているのではないかと。
そこまで考えたとき、隠れていた建造物が爆破した。何とか兵と走って逃げて距離を開ける。見ると竜がうねりながらあらゆる場所に砲撃をしているのが見えた。
このままでは一方的にやられるだけだ。いろいろと問題はあるが、計画を実行せざるを得ない状況だった。
「水を貯めろ! 天井が閉まっていないことは後で考える! とにかく計画は進めろ!」
◇ ◇ ◇
私は黙ってしまったプログラムに語りかける。
「わかりましたか? プロジェクトアクアリウムは危険です。だからそれを中断するために橋を壊す必要があるのです。これ以上の生体兵器の流入を阻止し、危機を脱してしまえば、最後の手段ともいえる計画を強行する必要はなくなります。だから扉を開けてほしいです」
『私は……どうすればいい……?』
「ですから……」
『私は今思えば利用されてばかりだ……今回のことだって軽率に決めたわけじゃない。考えて、子供たちのためだと思って決定した。だが他の奴がそれを辞めろという。そしてそれを正しいと思ってしまう……これじゃあちらこちらに飛び交う蝙蝠だ』
「わかりますよ。私も似たようなものです。でも別にいいじゃないかって思うんです。正しいと思うのなら意見をころころ変えても。その点では私は何が正しいかわかっていないのであなたのことは尊敬できます。だから……開けてほしいです」
『……』
しばらくすると扉が開いた。
中には人型の年老いたロボットが座っていた。動く気配はない。死んでしまったのだろうか。
いやプログラム自体は生きているようだ。ただ誰とも話したくないだけのようだ。それでもその猫背の体に哀愁のようなものを私は感じた。
私はロボットの頭に侵入し、目当てのデータを起動する
先に天井を閉める作業に入る。間に人がいないのを入念に確認し実行する。こちらは順調に出来た。
次に塔の破壊だ。片方のコルの側面にエンジンを大量に建造して、回転速度を時速一キロだけ加速した。
「あれ……?」
何故かうまくいかない。このままでは作戦を実行できない。
どういうことだろうか。
助けを求めるように通信を確認してみると、拒否していた所長からすごい数の連絡要請が来ていた。
怒られるのが怖いので答えたくなかったが、少しだけ話を聞こう。
『おい! どういうことだ!』
「あの……こちらウラカーです。どうやら通信機器の調子が悪いようで……」
『そうじゃない! 水を出すための制御が誰かに奪われている! 何か知らないか!?』
そこで通信が切れてしまった。まるで私が怒られるのが嫌で切ったみたいだが、そんなことはなく勝手に切れた。
え……?
いったいどういう事だろうか。まさかサインツ派の仕業?
あたりを見回して、これからどうすればいいかを考える。なにか、なにかやれることは……。
ふと自分の肩についているゼィと目が合った。その目は「見つかった」というような顔をした後、瞬きをするようにまた閉じたのだった。
それからはまた反応がない。
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