第15話 それぞれの戦い①
「なにそれ。気持ちわる……」
軽口を言いながらもその姿に身震いをする。どうすればそうなるのだ。
考えている間もなく早く、また触手が掴みにかかる。
速い。反応できない。反射的なセンサーを無理やり使い、何とか回避しようとしたが、首根っこをつかまれて、奇麗な遠心力をかけ建造物の角に叩きつけられる。肺の中の酸素がすべて出てしまったような気がした。意識が一瞬飛びそうになるが、それを気合いでつなぎとめる。しかしダメージは大きく、体を動かすことができない。首の骨が脱臼したことに気が付く。これは再生に時間がかかりそうだ。
「なんですか……あんた……」
かろうじてそれだけ言うことができた。
「……」
相手は何も言わない。ただこちらを見つめているだけだ。しかしナジャはそこに明確な殺意があるのを感じていた。
この化け物は自分を殺せると確信している。そしてナジャはそれが間違いではないことも理解していた。
息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出す。そして痛みを無視しながら、体の調子を確かめる。防宙服を直接脳で動かせるようにした。これにより自分自身を操り人形とし、らなんとか戦えるようにする。
ナジャは立ち上がろうとするが、体が思うように動かないのか、少しふらついた。 しかしすぐに体勢を整える。
本当に最悪の気分だった。こんなことならさっき殺しておけばよかった。
そんなことを考えてしまうくらいには絶望的状況だ。目の前にいるのはウラカーだ。それは間違いない。
そして彼女はゼィ71#のカーボンアバターを防宙服に取り込んだという事が分析によって分かった。そしてアバター内の格闘アプリケーションによって体を動かしている。
格闘アプリケーションはナジャも入れていたが、あちらの方が上等だろう。あの触手もまた厄介だ。リーチの差が出ている。
ウラカーが突進してきた。ナジャ六本の触手に同時に殴られたことにより体が吹き飛ぶ。だが、装甲を破るほどではない。
『防宙服の自動防御のみを解除します』
「なっ!?」
いきなり装甲をプログラムはがされた。呼吸機能は生きているので窒息はしないが、このままでは……。クラッキングされた?
腹部を殴られ、内臓がつぶれた感覚があった。さらに触手が顔面を狙ってくる。まずい、と直感的に思ったが、避けられない。
顔面に衝撃が走り、視界がブラックアウトする。
意識が遠のく中、ナジャは何とか目を見開き、考える。
どうすればいい。この場を切り抜けるには。いや、もう駄目だ。
彼女には勝てない。性能が違いすぎる。そもそも服をクラッキングされたらどうしようもない。今生きているのが、ウラカーの戯れでしかない。
自分が死んでも計画が続行できるようにしておいてよかったと思う。ただやはり事の終わりを見届けられないのが心残りだった。
「ごめんなさい、みんな」とか言い残してみようか。それだとまともな人間みたいだ。気に入らない先輩の顔を潰したら、反撃されて死んだ人にはとても思えない。
案外子供たちから見ればまともに見えてたのかもしれない。このうまくいけば銅像とか建てられたりして、と空虚な妄想をしてみた。
右足の骨と、左腕の骨が折られる。
目をつむって死を待つ。
しかし一秒経っても、十秒たっても何も起こらない。しまいには体が再生し、元通りになってしまった。
恐る恐る目を開けると、ウラカーが胡坐をかいて座っていた。顔はすでに再生したのか、ちゃんと目と口と鼻があるべき場所にある。どこか悲しそうな顔をしていた。
「なんで殺さないの……?」
ナジャは不思議そうに聞いた。ウラカーは少し考えてから答える。
「私たちは争う必要はない」
「いや、先輩はポールロデスコ派で、私は第一コルから第二コルに攻め込もうとしてるんだよ。めちゃくちゃ対立してるじゃん」
「ほにゃらら派とか関係なく私個人とあなたが戦う必要はないよ。確かに私は頭に血が上って、あなたを殺しかけたけど、よく考えてみれば意味のないこと。きっとあれだよ。私たちは思想競争という名のアリゴリズムによってグロテスクな戦いを強いられたんだよ」
「うちの元ボスにそそのかされた? 先輩サインツ派の才能あるよ」
ナジャは冗談めかす。だがウラカーの顔はさらに暗くなっていた。
「やっぱり、私がやったことは間違っていたんだね。本当はこんなことしたくないのに、いつの間にか目的を忘れて……」
「んー、ちょっと待って。まあウチの元ボスのことを信じるのはいいんだけど、結局それも信仰の一形態に過ぎないの。この世界があり方がどうかというのは、結局のところ、祈り方の違い。家族主義とかといっしょでね」
ウラカーはじっとナジャを見つめる。
「やっぱり話せてよかったと思う。殺さなくてよかった」
「大袈裟な……」ナジャは苦笑したが、ウラカーは真剣に言った。
「私も自分のしていることが正しいとは思ってなかった。でもこうやって話し合えば、違う道が見えてくるかもしれない。だから、ありがとう」
「あそう」
「その、通信で現状を把握したけど、ほかに方法はないのかな……? 第一コルを救う方法?」
「例えば?」
「こう、どうにかして第一コルの人間工場を止めるとか……?」
「はあ……」ナジャはため息をつく。これだから温室育ちは、と呟く。「古典的な主義者用に例えるけど……『先進国Aと発展途上国Bがありました。発展途上国Bは絶えず戦争が起こり、貧しくて満足に食べ物もありません。先進国Aはそこで生まれてくる子を哀れに思い、B国にこれ以上子供を産ませないようにしました』これ通ると思う?」
ウラカーはその意味を悟り、顔を青くした。
「ごめんなさい。でも……」
「でも?」
「その例えだったらナジャのやってる方がひどくない?」
「私はいいの。 ろくでもないとわかってやってるから。止めたいならここで殺しなよ」ウラカーはしばらく黙っていたが、やがて首を振った。
「殺さないって決めたから」
「ああ、そう」ナジャは再びため息をついた。
そ れから立ち上がる。
「じゃあもういいよね。お別れだ。お互いもう会うことはないでしょうね」
「そうだね。もう会わない方がいいと思う。私たちの思想は相容れない。あと、しれっと逃げようとしてもだめだから、あのコンテナに入ってて。場所も移動して見つからない所に置いておくから」
「それ実質死ねって言ってるようなものじゃない?」
「ちゃんと時間がたったら解除されるようにしてあるから。私のお気に入りの音楽リストでも聞いといて」
「それ冗談のつもり?」
ナジャは呆れたように言って、ぐいぐいと押されながらコンテナに入っていく。
「じゃあ、私はできることをやってみるから」のウラカーは蓋を閉めながら言う。
「先輩変わったね。いやあんまり変わってないんだけど」
「どっち?」
「人間は変わらないよ。表に出なかった部分が見えるようになっただけ」
「そう」
こうして、蓋は絞められた。
暗闇に包まれたが、サインツ家でこういうのは鍛えられているので、ある程度の時間は大丈夫だろうという自信はあった。
しかしまさか自分がウラカーに負けるとは思っていなかった。カーボンアバターの力ではあるのだろうが、かつての彼女の精神なら使いこなすことなどできなかっただろう。そして彼女は勝った。
ナジャは目をつむり、音楽を聞くことにした。
センスの悪い音楽を聞いているうちに眠気が襲ってきたので、そのまま寝ることにした。次に起きた時は、計画が成功しているといいなと思った。
計画の実行日となったが、第一コルの作戦本部にナジャは帰ってこなかった。慌ただしく人々が動いているが、その顔にはどこか不安げな表情ばかりだった。
「ニエべス、お話ししたいことが」
代理のリーダーが話しかけてきた。計画の具体的なことについては理解していないので、自分に聞いてもらっても困ると言っていたのだが、相談せずにはいられなかったようだ。
「何だ?」
「ナジャさんは仮に自分がいなくなっても計画を続行しろと言ってましたが、やはり延期するべきなのでは? 不確定な要素が多すぎます」
そうかもしれない。とニエべスは思う。
「だが、ここまで来て引き返すことはできない」
「ですが……」
「ナジャは強い。だからきっと生きて帰ってくると思う。戻ってきた時に怒られないように、計画を進めるべきだ」
まだ納得できてないようだが、リーダ代理は弱く頷いてまた仕事に戻っていった。
ナジャと一緒にいるうちに思ってもいないことを言うことが、それなりに上手くなったなと、今言った言葉を反芻した。
契約者との約束は裏切られない限り守る。その信条に乗っ取って行動してきたが、ずいぶんなところまで来てしまった。
自分はこの行動を本当に正しいと思っているのだろうか。ナジャは死んでしまったのかもしれないし、もしかするともう二度と戻ってこないかもしれない。
そう考えると心臓のあたりが痛くなる。
自分のことを感情がないとは思っていない。ただ淡々とこなしたほうが気が楽というだけなのがわかっていた。
作戦本部のテントから出る。そこには十人ほどの人間が並んでいた。皆思い思いにくつろいでいる。ゲームをやっている奴も言れば、ストレッチで体をほぐしている者もいた。
しかしひとたび作戦の開始を告げれば、着実に事をこなしてくれるだろう。皆が「闘牛士」や「厄災運び」と呼ばれる生体兵器の誘導にたけた者だった。
集まりの向こうを見ると巨大な壁がある。コルの端に当たる部分で直径20㎞の巨大な円の壁だった。このはるか上空の出口まで、生体兵器を誘導する必要があるのだ。
「みんな」
ニエべスは闘牛士たちに向かって話す。皆はこちらを向いた。
「よく集まってくれた。発案者が行方不明だが、作戦は予定通り行う」
皆は頷く。不安に思っている者はいなかった。感情を表に出していない。そこにニエべスは親近感を抱く。
「何度も説明したが、生体兵器をあのの上に誘い込み、第二コルに誘導する必要がある。私たちは今まで単独で行動してきて、連帯はあまりうまく取れていない。だからそれぞれが邪魔にならないように、思い思いに動いてほしい。それから」
とニエべスは咳払いをする。
「生きて帰ってほしい」
「……え?」
誰かが聞き返した。
「この作戦の協力者であるラピスの願いでもあるが、そもそもの話、本来皆が生体兵器の脅威を半分に減らすための作戦だ。化け物におびえ、眠れない夜を終わらすための戦いだ。その皆というのは私たちのことも含んでいる。だから生きて帰ってほしい。ナジャもきっとそう願ってるはずだ」
「そんなこと当たり前ですよ」
一人が言うと、他の者も口々に同意し始める。
「そうか。そうだな」
ニエべスはほっとしたような顔をして、そして少し微笑んだ。
「では行こう。時間はない」
こうして、長い一日が始まった。
思い思いに行動するといっても、好き勝手動かれては困る。なのであらかじめ複数のルートをシミュレーションし、誘導が被らないようなプログラムをナジャが作っていた。臨機応変にルートを個々で選び、そして問題がある場合はプログラムが警告してくる。
小回りの利くジェットバイクに乗り、生体兵器を誘導していく。生体戦車に関しては壁を上ることのできる個体を辛抱強く導いた。
第一コルの出口まではトラブルもなくスムーズに決行できた。と言うと簡単だが、何時間もかけておこなったことなので、それだけでもかなりの体力が削られた。生体兵器は途中で何度か立ち止まったり方向転換したりしたが、そのたびにプログラム通りに動くことで、無事にここまで来ることができたのだ。
次はコル間を繋ぐ橋だ。底面の直径が500メートルほどの塔を横にしたような橋なので、中はかなり広い。それでも生体兵器同士の同士討ちが危ぶまれていた。そのため、生体兵器は二体ずつ、別々のタイミングで渡りきるように設定してある。
もう間もなく生体兵器は橋を渡りきり、第二コルに到達するだろう。
「あともう少し」
ニエべスは走りながら、無線で呼びかける。
生体兵器が一台、また一台と橋の上を渡っていく。その映像は第一コルでも流され、事が進展するたびにに歓声が上がていた。
これに関しては悪趣味だなとニエべスは思う。第二コルの民間人の避難は完了しているだろうが、血なまぐさいことも起こるだろう。だが見世物にするのはナジャがそうするように指示をしていたので、そのまま続行していた。
生体兵器が最後の一体となった。つまりはニエべスが担当する個体だ。その生体兵器は竜と呼ばれていた。
その名の通りうねるような長い巨体をしており、体長は数十メートルにも及ぶ。側面に大量のレーザー砲台が付けられており、あらゆる敵を吹き飛ばす。
普段は洞窟の奥でて寝ていて、積極的にかかわらなければ、特に害のない存在だが、ひとたび起こせばあらゆる村を滅ぼすこととなる。厄災運びの間でも、これを利用するのは暗黙の了解として禁止されていた。だが今回は特別だ
生体兵器が塔の中で動き出す。壁に体当たりして地面が大きく揺れた。しかし無重力での移動は慣れていないようで、うまく動けずにいる。何とかジェットバイクで誘導し、動いてもらいながらも、自分自身はよける。途中一斉砲撃をされて肝が冷えたが、懐に潜り込むことで何とかなった。
最大の問題は第二コルに入ってからの十数kmある分厚い壁だ。本来長い日数をかけて抜ける道なので、そんな長距離を誘導してはいられない。壁を壊せるような兵器もない。
しかしながら塔の生成と壁の生成は同じプログラムによって作成されていたことが分かった。だからラピスのデータを使えば、十数キロの壁も移動させることが出来るのだった。かつてあこがれていた場所が、もうすぐそばにあった。
「さあ、行こう」
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