第14話 変身

 ナジャはプログラムを手に入れると早速コル間に橋渡しを行うことにした。すでに前準備は済ませてある。通常であれば骨組みを先に渡す必要があるが、途中妨害される可能性があるのですでに数十メートルごとに塔を完成させることにする。ある程度の太さを作りながら伸ばすことで多少の破壊活動には耐えられるようにした。いわば塔の上に塔を作るって延ばす設計だ。人間がやったらより時間がかかるが自動生成のため、そこまで差は出なかった。

 しかしながら恐れていた妨害工策はなかった。第二コルの表面に作られていたサインツ派の基地も中心から離れて、「どうぞ好きにしてください」と言わんばかりの態度だった。罠の可能性もあったが、警戒しながらも作戦を実行した。

 その間にもニエべスには生体兵器の誘導を行ってもらう。彼女だけでなく、他の『厄災運び』と呼ばれる生体兵器の誘導にたけた第一コルの住民にも協力してもらっている。

「こちらナジャです。現在第二一ルの外道を建設中。作業用アバターに手伝ってもらいつつ進めています。そちらの様子は?」

『順調だ。あと3日あれば生体兵器の移動ルートが完成する』

「了解しました。では予定通り、最終防衛ラインまで生体兵器を誘導するようお願い」

『わかった。そっちは任せた』

 ナジャは第一コル外壁の基地に向かう。このコルで引き入れた仲間たちが塔の建造を見守っていた。コルの両側から細長い出っ張りが伸びて行ってるように見える。さながらそれはバベルの塔のようだ。あと4日もあれば、お互い交わって道が出来る。その光景を見て、一人の仲間がつぶやく。

「まるで神への挑戦だな」

「そうかもしれないね」

 皆が感傷的になっている。第一コル出身のナジャは皆ほど思い入れが深くはない。それでも感傷を排除しても人は助けられるという証明をしたかった。愛がなくても人は救える。家族じゃなくても手を差し伸べられる。それを示さなければならない。

「ところでナジャさん。気になることが」

 仲間の一人が、簡易基地の窓から指をさして言った。

「先日調査に行った者からの報告なんですか。第二コルの表面に大きな箱が引っかかってるようです」

「箱?」

「ええ、もしかしたらナジャさんが言っていた棺砲って奴じゃないかって」

 向こうからの抗争で飛んできたのだろうか。ナジャは考えるより先に行動していた。不安の芽はすべて摘んでおきたかった。

「私が行く」

「えっ、危険ですよ!」

「私がいなくても計画は実行されるから大丈夫」

「でも……」

「大丈夫だって!  私を信じて!」

 ナジャは基地を出てジェットバイクに乗って走り出す。疑似重力の大きさを確認しながら壁を下っていく。そして数時間後、問題の場所についた。確かに大きなコンテナが引っ掛かっている。

 見覚えのある棺だった。サインツ派の連中が研究していたのに立ち会った記憶がある。そしてその時に外から開ける方法も教えてもらっていた。

 ただこのまま考えなしに開けるわけにはいかない。捕獲用ネットの罠を仕掛け、銃を構えながら慎重に開く。時間があるならば安全な場所まで引き上げて開けるべきだが、そんな余裕はない。また子供たちに見せるには都合の悪い存在が入っている可能性もある。その時は内密に宇宙に放り投げる必要があった。

 いきなり中にいた人が襲ってくる心配はなさそうだった。

 中をセンサーで確認する。入っているのは二人。いや生きた人間が一人と死体が一つ。死体を抱え込むようにうずくまっているのが確認できた。心拍数からいきなり開けても襲い掛かる気力はなさそうだ。豪快に開けて、顔を確認する。

「生きてる?」

 反応はない。ただ抱えている人物の心臓は動いている。

 ナジャはその人物を引っ張り出した。顔を確認する。

 見たことがある。というかつい数か月前に出会ったばかりだ。

「あっ、誰かと思ったら先輩じゃん」ナジャは思わず声を上げた。「何やってんすかこんなとこで」

「……」

 ウラカーの目の焦点があっていない。おそらくかなり長い間閉じ込められていたのだろう。顔もやつれており、栄養が行き届いていないのがわかる。

 さてどうするか。死体のほうを確認する。どうやらカーボンアバターのようだ。下半身がほぼなくなっている。おそらくあれを食べてしのいだのだろう。

 大崩壊前の兵士は非常時に同じようなことをしていたと聞いた。ただしかなりの確率で精神に異常きたすので、すぐに禁止されたと聞いたが。

 ゼィ71#のカーボンアバターとなればかなり貴重だ。おそらく上半身だけでもかなりの技術が詰め込まれているだろう。幸運なことに所有権が外してある。今後のために回収しておいて損はない。

 ナジャはウラカーからアバターを引き離そうとする。しかし彼女が抱き着くように包み込んでいて離せない。強く引いてみても、どこに力があるのか、駄々っ子のように離さなかった。

「ほんと、何やってんですか……」

 面倒だなと思う。


――ならいっそここで殺すか。


 ナジャの雰囲気が変わったことに、ピクリとウラカーが震えた。

「先輩、大丈夫ですよ。取って食ったりはしません。先輩と違ってね。なんちゃって」ナジャは優しく語り掛ける。しかしそれでも彼女は離れない。むしろさらにきつく抱きしめてくる。イヤイヤと子供のように頭を振った。

「はぁ、しょうがないな」

 ナジャはウラカーを抱きしめて、頭を撫でた。ウラカーの体はまだ固い。警戒してか抱き返してきたりはしない。それでも頭が上手く回ってないのか縋りつきたくなる気持ちを絶えているようだった。

「もう大丈夫ですから。ほら、いい子だから」ナジャは子供をあやす様に言う。するとようやく落ち着いたのか、力が抜けていった。

 立たせようとするがうまく足に力が入らないようだ。

「栄養が足りてませんね。私のを分けてあげてもいいんですけど……ただそれだと服を解除しなきゃになりますね」

ウラカーの体がまた少し硬くなる。それを見てナジャは慌てて手を振った。

「ああ大丈夫ですって。服を解くことがどういうことかぐらいわかりますよ。いったん基地に戻りましょう。そこに食料があります。しかしね、大変ですね先輩も。わかりますよ。家族主義とかいろいろありますけど、一番面倒くさいのはどういう立場でいるかですよね。あんまり気にしすぎると逆に意識しすぎってなるし。いや、そもそも殺しにかかってくるって怖いですよね、私もまあ命令されてやってたんですが、正直嫌でしたね。でも仕方なかったっていうかね、そういう風に割り切るしかないというかさ。とにかく、これからは私が守ってあげるので安心してください! 」

「あ、あの……」

 ウラカーがかすれた声を出す。つぶれた風船から無理やり空気をひりだしたみたいな声だ。

「何ですか? ゆっくりでいいですよ」

「その……おなか……がすいて……正直もう……限界で……」

「はい、では服を一部解除しますか? 私は害を与えるつもりはないですけど、それを信じるかは先輩次第ですよ。別に強要はしません。急なトラブルのためにエアテントを張って、空気を確保しますか」

「おね……がい……」

 ナジャは微笑んだ。仕方ないですね、私のことそんなに信じてくれてるんですか? いや―照れちゃいますねー

 そんなことを言いながら、エアテントの中を空気で見たし、中に入りナジャは装甲を一部解除したウラカーの顔面に向かって拳を入れた。その勢いで馬乗りになり再度顔面を拳で殴る。何度も殴りつける。フードを再度被る余裕がなくなる程度に殴った。めり込んだ顔面が再生していく。ずぐずぐと泡が吹き血がはねた。手にウラカーの歯がくっついていたので払って、また殴った。

 ウラカーは何か言おうとしているが、言葉にならないようだ。口の端から血液と唾液が流れ出ている。

 ナジャはもう一度顔を狙って振り上げた。

 しかし、ナジャは腕を止める。ウラカーの目には涙があった。

 そして、彼女の口から悲鳴のような叫びが上がった。

「うるさい」

 ナジャはウラカーの胸ぐらを掴む。ウラカーの目が恐怖に染まっている。

ナジャはその目を覗き込むように言った。

「先輩ってあれですよね。結局のところ批判文法で批判対象の利点を存分に味わうの好きですよね。『低俗なポルノ小説を批判する体で最終的に否定に至るけど、途中その低俗なポルノ小説でしか得られないエモーションを存分に出す』みたいな。だから家族を嫌いという建前で家族の良さを存分に味わい尽くしつつ、最後は否定するという。それ有効かもしれませんが本当に批判したい人から言えば迷惑なんですよね」

ナジャはウラカーの頬を叩いた。

「自分の悪いところは百個わかってるみたいな顔してますけど、その百倍は悪いところに無自覚ですね。いやそれはみんなそうかもしれませんけど、先輩の歯なんか鼻につきます。先輩のそういうところが大嫌いなんだよ」

 ナジャはウラカーを蹴り飛ばした。

 ウラカーの体が転がっていく。血だまりを床に描きながら、エアテントの隅に引っかかった。

 ナジャは肩で息をしながら、その様子を見ていた。

「ああ、疲れた。こんなことするもんじゃないですねぇ……」

彼女はため息をつく。ウラカーは逃げるようにエアテントの隅に張っている。呼吸がしずらいのか、くぐもった咳をしていた。

 それを見て流石にやりすぎたなとナジャは自省した。

 目的のために殺すのは構わない。そういうことはあるだろう。

 気に入らないから殴るのもいい。そういう事だってある。

 だからって殴り殺すのはよくない。自分の性格がまともではないことは自覚していた。しかしだからこそ、目的に対しては冷静であるべきだ。子供たちを救うために、人を殺すことはあっても、それを楽しんだりしてはいけない。ましてや、気に食わないという理由で殺してはならない。主義ではない。

 だからここで殺すのはやめようとナジャは決める。あくまで気に入らないから殴っただけだ。カーボンアバターもすでにウラカー手放しているので、当初の目的は遂げている。めり込んだ顔ももう少ししたら再生して、元の奇麗な顔が復活するだろう。

 そこで気が付く。カーボンアバターはどこへ行った? 

 エアテントの中を見回してみるが、どこにもない。あの大きさの物体が隠れるような場所はない。まさか外に落としたのか? そう思い、空気圧を調整して、外に出てセンサーで探してみたが、どこにもない。いつも通り空間の向こう側には巨大な第二コルが存在しているだけだった。

 またエアテントを見る。

 正直もう嫌だったがウラカーを痛めつけてはかせる必要がある。もうそこまでアバターにこだわる必要もなくなってきたが、不明な事態は潰しておきたかった。

 またも空気圧を調整しながら、中に入る。その時はしっかりとセンサーでウラカーのことはとらえ続けていた。だから見失う可能性はない。ないはずだったのだ。

 それだというのにエアテントの中にウラカーがいない。

 少し焦りを感じる。

 一体どういうことだ? センサーのログを確認してみたが、いきなり消えているとしか言いようがない。

 確かにそこには誰もいなかった。血だまりが残っているだけだ。

 ナジャは慌ててもう一度外に出る。

 そしてもう一度確認するが、やはりそこには誰もいない。

 背筋に冷たいものを感じた。振り返ってみるが、何もない。

 確かな恐怖を感じている。その事実を認めるのはナジャにとって難しかった。しかし、認めざるを得ないほど、その感覚は本物だった。

 ナジャは深呼吸をした。落ち着け。何が起こったかはわからないが、何かが起こっているのは確かだ。まずはそれを確かめなければならない。

 ナジャは改めて周囲を確認した。そして気づく。

 背筋に確かな気配を感じた。しかし、センサーは反応していない。ならばと、背面のカメラをもう一度見直したが、そこには何も映っていない。だが確かにに人間としての勘が背後に誰かいると示している。

 体を少し沈めた。そして奇襲より早く振り向こうとする。


 しかし攻撃はそれより速かった。後方から何か紐状のものにつかまれ、背後に向かって投げられる。エアテントに向かって突っ込んだことにより内部の空気が爆発し、さらに別方向に吹き飛ばされる。運よく足場に着地できたが、わずかながら内部にダメージを受けた。

「がっ」

 体制を整えながら状況を整理しようとする。今のは確かゼィ71#のカーボン触手だ。という事は彼女が助けに来たのか? それともカーボンアバターがあの状態から復活した?

 考えている間にも敵が目の前に降り立った。

 奴はすでに姿を現していた。防宙服を被ってはいたが、顔面の再生が間に合っていないのか、泡立っていて表情が見えない。そして目立つのは肩にかけてだろう。人間の顔と思しきものがへばりつくようについており、その下から数本の触手が生えておりうねっていた。服の表面がアバター肌の色から黒にグラデーションをかけるように溶け込んでいる。胸から腹にかけて、黒い血管のような線が張っており、脈打っていた。

「なにそれ。気持ちわる……」

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