幕間4 闘牛士

「きれいだね」


 ナジャは第二コルを縦断する塔の窓に腰かけながら、景色を見ていった。ホログラムの地平線に、夕日が沈む。ニエべスは見飽きているのか特にいう事はないようだ。

 そこに偽物の空の境界から、飛行船が現れた。クラシカルなデザインだが、よく見ると風船ではなく巨大な岩のようなものが付いている。さながら倒れたピレニーの城だ。飛行船はゆっくりと停滞し、そこから小型の飛行機が飛んできた。ナジャたちがいる場所に近づいていき、塔の内部に着陸した。

 中から小柄の人が出てくる。

「お待ちしていました。あなた方を招待します」


 小型飛行機に運ばれて、飛行船の中に入っていくと小規模な街が広がっていた。

 円柱の中心部に近いために、この高度では重力がほとんどない。なのでそれを利用した浮遊城で、中にコミュニティが存在しているのだ。

 やがて中心部の円形の公園に招待される。そこに大きな石柱が立っていた。まるで天に向かって伸びる墓標のような佇まいをしている。

 ナジャたちはそこのベンチに座り、あたりを見回した。当然のことながらこの町にいるのは子供たちばかりだ。

 浮遊しながら、遊んでいる者もいれば、機械を運んだりして、働いていると思える子たちもいる。

 やがて錆びた音をきしませながら、大柄な人影が現れた。二人の子供に付き添われてくる姿は老人を思わせる。

 よく見るとそれは武骨なデザインのロボットだった。

『初めまして、ナジャさん。ニエべスさん。ようこそおいでくださいました』

 耳障りな金属音だった。かなりの旧式で、もう長くはないだろう。

 声には感情がないのか、抑揚がないせいか妙に冷たい印象を与える。

『私の名は、ラピスと言います』

「お会いしてくださり、ありがとうございます」

 ナジャは丁寧に答えた。ニエべスは今回は黙ってもらうように言っていたので、特に口を開くことなく成り行きを見ている。

『……本当はめったにこの町に人は入れないんですが……興味深いうわさを聞きましてね……なんでも第二コルから来たとか』

「ええ」

『どうです? このコルは』

 そうですね、と前置きをする。これは試されているという予感がした。

 ラピスはもともと子守用のロボットとして作られたという情報をナジャは得ていた。つまりは子供を守ることが高じてこういった場所にコミュニティを作っている。行動原理は子供のためという事は。つまり目的は共通しているはずだ。

「酷いですね。子供が子供を出し抜き、殺しあっている。人間工場も自動的に稼働されているので、人口が管理されていない。

 恵まれた環境からの上から目線にはならないように注意をしていましたが、やはり変化が必要です。もちろんいい子……いい人たちもいます。この間立ち寄った村ではとても歓迎してもらいました。しかし資源が少なく、とても過酷な環境で生きていて、苦しんでいました。私たちの目的はただひとつだけです。第一コルに生体兵器を送ります。一や十ではありません。軍として送り、第一コルに問題を共有化させるのです」

 ラピスは項垂れたように体を前に傾けた。表情はないが、その姿からは悲壮感が伺える。

『……それで、現状が改善するんですか? 第一コルの人間たちは全力でこちらに押し返そうとするだけじゃないですか? かつてのように』

「かつてはまだ自由という概念が幼かったのです。今なら事を成し遂げれば、一時的にも人々にこの第二コルが隔離所として使われていることに反対する人間が増えるはずなんです」

『私は』少し興奮したナジャの言葉を遮るように、ラピスは言った。

『もっと穏やかな提案を想定していました。この荒れ地に畑を作ることや、生体兵器から身を守る術。子供たちが争わずに、手を取り合える術を』

「ごめんなさい。私もそれが出来るのならしたかったです。でも出来ないんです。ここに来る前にも、そういった方法を調べようとしました。畑……というか食物工場を作るにはどうすればいいのか……このコルを見た感じでは、炭素自体が少ないんです。使われている物体がほぼ人間と生体兵器のみです。つまりは、食べ物を作るための原子そのものが足りていないんですよ。仮に大量の食物を第二コルから送ってもよくなるのは一時的で、結局炭素のリソースは生体兵器に奪われるんです」

『そうですか……』

 ラピスは落胆を隠さなかった。無理もない、平和的解決の方法はすべて不可能ということなのだから。

「ですから、やはり強引な方法しかないんですよ。そのためにはあなたの協力が必要なんです」

『この老いぼれにできることなんてありませんよ』

「謙遜は結構です。あなた、持ってますよね。かつてこのコルがスウジィの技術にアクセスしたときのデータを」

『……』

「それがあれば生体兵器を導ける『道』を作ることが出来るんです」

 ラピスは指と指をこすり合わせている。

 金属と金属の音が不快に響いた。

『正直に言いましょう。あなたのことを憎みそうになりました。なぜこんな人がここへ来たんだろうと思って』

 ナジャはニエべスの方を見る。ニエベスもまた静かに見返した。

『でも不思議なものです。そんな感情もすぐに消えてなくなるんです』

「消えるとはどういう意味でしょうか?」ナジャは聞く。

『そのままの意味ですよ。今はあなたに対する憎しみを感じていられる時間はないって事なんですよ』

 ラピスがそういう間に、二人の子供のうちの小さい方がもう我慢できないという風に大きく叫んだ。公園にいた人々が何だなんだと振り向く。

「また戦争が始まるんだよ!」そしてその言葉につられて他の子供が集まり始めた。まるで統制された蟻のようだ。子供たちは一様に顔をしかめながら口々に言う。

「なんで私たちが巻き込まれなくちゃいけないんだ!」

「早くこの町から出ていけ! 化け物ども!!」

ナ ジャは目を細める。子供たち感情は理解できる。だからこそここで引き下がってはいけないと思った。そこでニエべスが立ち上がる。。

「みなさん!!聞いてください」よく通る声が響き渡った。ざわついていた町の人々は口をつぐむ。

「闘牛士ニエべスだ……」

「あの厄災運びが」

「あんな話し方だったか?」

 そしてニエベスに視線を集めた。子供たちがニエべスに向ける視線は様々だ。警戒。嫌悪。恐れ。好奇。

「みなさんの言いたいことは良く分かります。もしかしたら皆さんにも危機が及ぶかもしれないのだから」ニエべスの声色はいつものそれとは違っていた。「しかしお願いします! このままではコル1は滅びてしまいます。もう誰も死ななくて良い世界が来るはずなのです。私たちと一緒に、力を貸してください。どうか……」

 そこまでいうと、ニエべスは黙ってしまった。まるで続きが思いつかないかのように、口をぱくつかせて固まっている。

人々はそんな彼女を見て困惑している。伝聞と一致しない違う立ち振る舞いに、探りを寄せている。

 それを見兼ねたようにラピスが続けた。

『私たちの願いをひとつ聞き入れてくれたなら、私はあなたの願いを聞きましょうう』

人々は互いに顔を見合わせる。先ほどよりも大きなどよめきが公園内に起こった。そして、一人がつぶやく。

「でもどうやって生体兵器を送るっていうんだ? あんまり詳しくは知らないけど、かなりの距離もあるんだろ?」

ナジャはそこでようやく口を開いた。

「確かに生体兵器はある程度は待機がなくても生きられますが、宇宙空間では長時間活動でない個体がほとんどです。プロペラや羽で飛ぶ個体が多かったり、そもそも飛べないからですね。だからコルの間に道を作ってやる必要があるんですね」

「道って……どうやって?」

 子供の声にナジャは手を少し捻って、ホログラム映像を空中に映し出した。そこにはコルを貫く巨大な塔が映っていた。

「これ、大きいですよね。でも不思議ですよね。こんな大きい物体、加速の時に崩れてしまいますよね。なのに前回の加速から十数年しか経ってないのに、20km近い高さの塔が立ってる。子供たちが急いで建てた? そんなわけないですね。誰も彼もが生きるのに精いっぱいで、そんなことをしている暇はない」

「あ……そうか……」

 子供たちはその理由自体は知っている。しかし、それを道にする方法は思いつかなかったようだ。思いついてもやり方はわからないだろうが。

「あの塔は自動生成されているんですよ。自己修復プログラムが働いているから欠損しても元に戻る。だから加速のたびにすべて壊れても自動修復される。そして塔の生成位置をずらしてコル同士の間にすることが出来たら?」

「ちょっと待てよ。自動生成って言ったって、コンピューター上の仮想空間上で起こるみたいに修復しているわけじゃないんだよ? あれは小さいロボットが修復しているみたいなもので、多分全壊したら修復には一年程度かかっている」

 少し利発そうな子が言った。ナジャはそれを聞いて頷く。

「20kmで一年なら。1kmなら一カ月はかからない」

 子供たちが息をのんだ。

「もちろん建築とはそんな単純な計算では成り立っていません。しかし私が考えた方法を使えば、10日でコル同士の間に橋を作ることが出来ます」

 それを聞いた子供たちの反応は様々だ。そんなうまくいくはずはないと言う者。否定しながらも、気になってはいる者。縋りつきたいと言う者。ナジャはそれをゆっくりと眺めながら言葉を続けた。

 あの、と一際小さな子供が前に出て行った。

「その作戦が成功すれば、私たちは飢えなくて済むんですか。殺しあわなくて済むんですか?」

「ええ、おそらくこのコルの半分は今よりはいい暮らしができる」

ナジャは答える。

 その子は黙り込んだ。そして、しばらくして口を開く。

「やります」子供とは思えない、はっきりした口調だった。ナジャはその子に微笑みかける。

 子供たちはそれに感化されてか、次々と賛成の意を決した。

 ラピスは頭を振り、仕方がないといった顔をした。

「それで、条件というのは?」

 老いた金属の体を持った人はゆっくりと頷く。

『子供の死者を出さないでください。両方のコルからにね』


 いうなれば茶番だった。コル2の子供たちは過酷な環境で生きてきたために大人びた性格をしているが、それでもやはり経験が足りてないのか幼い面を見せる。村に数件ほど立ち寄った範囲では、ニエべスと協力すればそれなりに簡単に信用を得ることが出来た。

 そこで問題になったのはやはりこの浮遊街の長であるラピスだ。大崩壊前から生きている個体で老獪というイメージをナジャは持っていた。

 しかし調べてみた所、驚きの事実が明らかになる。ラピスは人工知能ではなく人口無能で動いていたのだ。膨大なデータでかなり人間に近い反応をしているから誤解されがちだが、実際は迷路のように複雑ではあるがパターンが存在し、うまく誘導してやれば望通りの回答を得ることが出来た。そのための鍵はニエべスだ。ラピスは子供を守るということを行動原理としているので、交渉ではうまく使う必要があった。そのために吐き出す言葉を丁寧にしたり、感情を乗せたりする言語アプリケーションを使ったりもした。

 子供たちを説得するのは絶対にしなければならないことではなかったが、できたほうが事がスムーズに運ぶので結果的には良かったと言えた。

「これでよかったんだな」

 アプリをはずしたニエべスが横に立ち言う。

「ええ、すべては計画通りに」ナジャは苦笑いをした。

 あたりを見回し、賛否で盛り上がっている子供たちを見る。コル2の人間の半分の命によって、このコルの子供たちの半分を笑顔にするのだ。

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