第12話 暗室と計画

 爆発の衝撃と共に、人が落ちてきた。ゆっくりと曲線を描きながら、目の先を通り過ぎていく。

 これで二人目だった。ワイヤーを準備しようとするも間に合わない。もしかしたら下で引っかかって、助かるかもしれない。

 落下角度を計算しなくてはならない。助かるか助からないかを調べる計算を。もし助かる可能性があるのなら、あとで回収する計画を立てなければならない。計算した結果、今回は救出の必要がなかった。あれは先日ダンスを披露してくれた研究員だろうか。宇宙に放り出され、孤独の中死ぬというのはどういう気持ちなのだろうか。私は唇を噛み、また上を目指す。

 あとどれくらい逃げればいいのだろうか。果てしない長い時間を勝ち目の薄い逃走についやすことになる。

 正直に言うと私はあまり集中力が続く方ではない。研究所でもよくミスをしている。だからこれまで致命的な足の滑らせ方をしなかったのが奇跡に思えた。細い足場を踏みしめるたびに、コインを投げて何回も表を出しているような感覚があった。

 次は死ぬ。きっと。

『ウラカー。聞こえる?』

 室長から通信が入ってくる。巻き込まれて同時に落ちるのを危惧して少し距離を離していたのだ。

『はい、聞こえてます』

『そろそろ囮になるね』

『あ、はい。わかりました』

 一瞬だけ彼女がアバターなのを忘れて止そうになったが、何も問題はないのだった。

『他のアバターはフランコに破壊されてしまったので、しばらくこの姿ではあなたとは話せないから、言っておきたいことがあるんだけど……』

 なんだろう。ここに来て説教だろうか。

『確かにあなたは特に血筋以外は優れたところはないよ。勇気がある、と言いたいけど、どうやら気持ちに波があるようで、襲撃事件の時ほどの頑張りはここぞという時しか使えないようね。研究者としては実用性に欠ける』

 やはり説教のようだ。実用性て。

『でも私はそんなあなたのことが好き』

『えっ、何急に……?』

 室長の言葉に戸惑う。

『最初から言ってたよね。結婚したいって』

『いやこのタイミングで言うのはおかしい。何もいいところがないところが好きと言われてもうれしくないし……恐怖さえ覚える』

『嫌いですか? 化け物に欠点を舐めるように好かれるのは』

 化け物。室長が自分のことをそう言ったのは初めてだった。今までほとんど意識させない言動ばかりなので、本当に本体は巨大な蛸みたいな姿をしているということを忘れそうになる。

『そう考えると悪くないかもと思えてくます。大きな生物に駄目な私を愛してほしいという気持ちが』

『じゃあ無事帰ったら結婚してくれます?』

 そこでようやく気が付いた。

 私は室長と結婚したいんじゃない。ゼィ71#の本体と結婚したいんだ。

 子供のころ私を導いてくれた。例え仮にそれが作られた出会いであっても、その時の思い出を捨てきれなかった。彼女が人間の姿になって、いろいろと教えてくれたけど、わかってはいてもアバターと本体がうまく結びつけられなかった。例えるなら、映画で同一人物を二人が演じていたとして――大人と子供役のような――知識上は同一人物だという設定が理解できていても、感覚ではうまく同じであると体感できないかのような……

『えっ、そんな経験ない……。その映画の俳優の演技が下手だったてこと?』

 うまく伝え切れなかったのか、彼女は私の比喩にダメ出ししてきた。

『いや例えの話はいいよ』

『じゃあ結婚してくれる?』

『はい……』

『やった!  絶対だよ!』

 室長の声が弾んでいる。嬉しそうだ。こんなことで喜んでくれるなんて。

『今から行くので待ってて』

 彼女はもうすぐ来る。私が逃げる時間を稼ぐために。

『わかった』

 なんだか危機的状態のはずなのに、幸せな気分になってきた。しかし気を抜くわけにはいかない。施設の方向を見ると、大量の空飛ぶ卵のようなものが飛んできていた。

 あれはおそらく戦闘用のドローンだ。どうやらハッタリがばれて、こちらに全力を注ぐことにしたみたいだった。生体兵器ではないようだが……

『お待たせ』

――室長が追いついた瞬間、人間の一回り大きいくらいの大きさのドローンが物陰から現れ、捕獲用ネットを発射した。

『うわっ』

 ゼィは壁に貼り付けられる形となった。

 が、素早く体中から仕込み刀のようにワイヤーカッターでネットを切断し、難を逃れた。

『このドローンにしがみついて!』

 ゼィは華麗に飛び上がりながら叫んだ。

『え……でも……』

『防宙服の耐久性を信じるんだよ!』

 一瞬迷ったが、私は言われたとおりに飛び上がり、しがみついた。

 すると室長の背中から機械で出来た触手のようなものが何本も現れ、私をドロンーンに巻き付けていく。ドローンの表面は奇麗な曲線をしており掴むのにも一苦労だった。

 そして触手の一本をドローンの隙間に突き刺していった。

『はっ、しょぼい防壁使ってるね!』

 どうやらクラッキングを行っているようだ。ドローンが嫌がるように、あちらこちらに体を揺らす。

『無駄な抵抗しない方がいいと思うけど』

 室長の言葉通り、徐々に動きが鈍くなり、ついに完全に停止した。

 かと思うとすごい勢いで上昇していく。いや空中に飛んでいるのだから、すでにコルの重力からは解放されているので上昇とは違うが。

 他の研究員もドローンに追われているのを見つける。捕獲用ネットを発射し、敵の体勢を崩させた。それを見たドローンが次々に襲い掛かってくるが、紙が舞うように躱していく。

 彼女の操縦技術には私も目を見張った。一対多数だというのに、相手側は決定打に欠けるようだった。機銃や網の弾幕の中を潜り抜けていく。

『電波とかでほかのドローンもクラッキングできないんですか?』

『これはカーボンアームでハード的にもぐちゃぐちゃってして乗っ取ってるので、電波だけでは厳しいね!』

 敵のドローンの一騎が壁にぶつかり、破壊される。しかしいくら敵を壊してもきりがなく、次々と新しい機体が表れて襲い掛かってきた。

 私も反対側からレーダーを飛ばしてモニターし、何とか援護をしていく。

『このままのペースだと、コル表面に存在する研究員たちは無事内部まで避難できそうです! でも数人遅れてます!』

『わかった!』

 私たちは、急いで逃げ遅れている研究員たちのもとへ向かう。しかしどうも変だ。研究員たちはお互いに位置情報を常に同期して移動しているが、先ほどから止まっている研究員がいた。もしや負傷して動けないのだろうか。

 研究員がいるのは少しコル内に空間がめり込んでいる場所だった。まるで直線で出来た洞窟のようだ。

 『あの……大丈夫ですか?』

 データ上は存在するはずだが、視覚的には見えていない。

『ああ、あなたたちも無事だったんですね。すみませんこちらへ来てもらえますか』

 中から通信が届く。

 しかしドローンが入るのには少し難しい程度の大きさの入り口だった。しかたなく、降りてから向かうことにする。負傷しているのなら運ぶ必要があるので二人で、向かうこととなった。

『大丈夫ですかね……』

『ちょっと待ってよ!』

 私は仲間が心配でつい先行しようとしたので、ゼィが警戒しながらついてくる。

 入り口は狭いが中は広く、薄暗いためよく見えない。奥の方に進む確かに見覚えのある研究員が立っていた。

 外見上は外傷はない。しかし目を引くのは、目の前に置かれている大きな機械だった。あれは確か棺砲と呼ばれる兵器だったか。研究室で、檻を発射して人間を数人分ほど捕まえる実験をしているのを見たことがあった。真空であれば空気抵抗もないので、より速いスピードで発射できるはずだ。

 あれで敵を捕まえるということだろうか。そんなことを考えている私は数歩ほど考えが遅かった。

 何かに気が付いた室長は叫ぶ。

『まずい!』

 え……? と思う間もなく棺砲から一面の開いた立方体の箱が発射される。状況を理解しないまま視界が暗くなり、檻に閉じ込められたと気がついた時には、すでに手遅れだった。

 檻ごとコルの表面から弾き飛ばされ、そして落下していくのを感じる。上下がさかさまになったと思ったら、箱の中の壁やゼィにぶつかり体が跳ねる。私は中で激しくシェイクされていた。

 ずっと落下している。これはまずい。このままでは宇宙に放り出されてしまう。

 せめてこれ以上は壁にたたきつけられないように足を踏ん張って耐える。ゼィも同じことをやっているようだ。触手を伸ばして何とかこじ開けようとしている。しかしこの棺砲は彼女も開発に携わってたはずで、自分でも内部から開けられないということにもこだわっていたはずだった。だから、蓋は開かない。

『どうなってるの!?』

 思わず声が出る。

『どうやら、私ごと殺すつもりみたい!』

『え……?!』

『今見つけた研究員はスパイだんだと思う!』

『そんな……』

『身辺調査は入念にしていたんですけどね……!』

つまり私たちは、スパイに騙されて檻に入れられて落下していると。

『室長、落ち着いてる場合じゃないですよ!』

『わかってる』すると、触手を無理やり動かし始める。なぜかこの場で私をつかんだ。『ちょっと乱暴しますよ』

 なにを、という間もなく私の体は箱内の壁に叩きつけられた。痛みはないが結構な衝撃だ。今度はゼィが自分で壁に体当たりをする。

 それを何度も繰り返して、箱の向きを変えているようだ。

 次に回転する中今度は拳銃を取り出し、側面を撃ち始める。角度が変わった気がするが、本当に変化があるのだろうか。かと思ったら箱が何かに落下したような衝撃を受けた。檻事態は跳ねなかったが、その分衝撃が分散されずに、私たちが内部で跳ねることとなった。

 おそらく角を下に落ちたので、二人の体が寄ってしまう。私は離れようとしたが、手をつかまれて止められる。

『今はかなり微妙なバランスで棺が引っかかってる。下手な動きをするとまた箱ごと落ちてしまうので気を付けて。今から動いていい動きのマニュアルをシミュレートしたデータを送るので、それをうまく参照して動いて』

『……わかりました』

 ちょうどいい場所の辛くない位置に体を移動させる。何とか宇宙へ投げ出される危機は一時的にしのげたようだ。しかし、これからどうするのか。

 室長の指示を待つことにした。

『ごめんね、こんなことに巻き込んで。私はアバターなので大丈夫だけど、ウラカーはこのままじゃ……うん、死んでしまう』

『いえ……こちらこそごめんなさい……私がもっと早く罠だと気が付いたら』

『仕方ないよ、まさかここまでやるとは思ってなかったんだから。通信は……駄目だね。まあ私がこう作ったんだけどね』

 となると仲間の研究員が引き返してくることを期待するばかりだが、またこの過酷な鬼ごっこをやれというのは酷である。逆にサインツ派に見つかって落とされるなり、捕虜にされるなりの可能性も高い。そして次に可能性が高いのがこのまま餓死するかだ。

『栄養素は』とゼィは考えながら言った。『あなたに分ける。酸素も』

『ありがとう……ございます』

 考えてみれば情けない話だ。先ほどゼィは巻き込んでごめんなさいとか言ってたが、どう考えても私を殺すために発射された棺砲だった。室長だって巻き込まれただけだ。

アバターだとは言え、タダではないし作るのにも相当な時間がかかる。それなのに彼女は自分だけ助かる方法を考えてくれていた。私はただ、何もできずに、こうして捕まっているだけだった。申し訳なさと不甲斐無さから涙が出てくる。

『泣かないで、私まで悲しくなってくるじゃない』

『でも……』

『ほら笑って。それにまだ終わったわけじゃないから』

 そう言われると、少し元気が出てきた。そうだ、ここで死んでも何にもならない。

 生きて帰らないと。

『ところで、話し相手は必要?』

『どういうことです?』

『食料とかのことを考えると、今すぐにでも私は活動を停止して、ウラカーに分け与えたほうが効率的。でも誰もいないと精神的に辛いんだよね。そのせいで死にたくなったら元も子もないから』

『……大丈夫。話し相手は必要ないですよ。生きて帰る可能性を上げるために、すぐにお願いします』

『わかった。しかし一度接続を切ると私はもう戻れないので、あらかじめいろいろと説明してから消えるね』

『お手数かけます……』

『私も出来るだけ早く指示を出して助けに来させるから。今は耐えて』

『はい』

『それから私の体はいざとなったら非常食にしていいんで』

『はい?』

『倫理的にはギリギリ大丈夫だよ。あくまで私はタンパク質とその他で作ったロボットみたいなものだから。結構忌避感があるでだろうけど、3Dプリンターで原子をシャシャって並べながら作った奴なので、問題ないよ』

『いやいや、問題ありまくりだって!』

『あ、ダメな方か……ごめん。でも、本当に危なくなったら食べてもいいよ。あらかじめみんなに言っておくので、誰もあなたを責めはしないよ』

『しないってば』

『別に誰でも食べてもいいって言ってるわけじゃなんいんだよ。ウラカーだからこそ言ってる』

『大丈夫だって』

『……わかった。では、ぜひ生きて再開しよ』

『うん』

ゼィの表面が七色の光に包まれる、それと同時に彼女の意識が消えたたような気がした。おそらくは活動を停止したのだろう。本当に死んだように見えて、少し鳥肌が立った。これと場合によっては数カ月過ごすのかと考えるとかなりぞっとした。真空なので腐敗はしないだろうが……

 早速話し相手を拒否してしまったことを後悔し始めたのだった。

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