第11話 円の表面の逃走
見えているのなら背を向けると襲われる可能性があるので、誘いに乗って私たちはサインツ派の調査チームに接触することとなった。
コルの表面に張り付くように建造物が作られており、外周に向かって細長く伸びているため、奥の方に行くと少し疑似重力を経られるという形になっていた。どう考えても昨日今日で作れるものではなく、かなり長期的な計画を実行中のようだった。
簡易的なエレベーターまで存在し、我々は下の階へと招待される。そこではフランコが先回りしており、テーブルに飲料が並べられていて、本気で表向きは歓迎するようだった。
「どうやら我々はものすごく周回遅れのようだね……」
室長は開口一番自虐した。周りの研究員は私含め、怯えながら周りを見回している。
「そんなことはありません。確かにこの分野において我々は一歩先んじているようですが、あなた方がここへ来ることは予想できませんでした」
フランコは飲料を口に運び、くつろいでいる。
「予想出来ていたら皆殺しにできていた、ということ?」
「何か誤解しているようですね。そんなことはしませんし、しても意味はありません。特に」
とフランコは私に向かって微笑んだ。
「対立している組織の後継者候補が無能だと残しておきたいですからね」
私はそれを聞いて
逆に安心してしまった。
なんとなく漠然と感じていたが、やはり私は血筋が原因で後継者候補だったようだ。人間の寿命は長いので、今から勉強すれば70歳ぐらいには跡を継ぐことが出来る程度には知識と経験もつくかもしれない。それでもよりふさわしい人がいることには変わりない。
ポールロデスコ派の研究員は大抵家族主義者であり、血筋を信じている。だからまとめ上げるという点で信仰を利用するというのはもっともだ。だから理由が曖昧で優遇されるより、理由がはっきりした状態で優遇される方が安心した。そして無能だから命は狙われない。もっともな理由だ。そのことに安心してしまったのだ。
その安心が顔に出てしまってたのだろう。
ゼィは私のの脇腹を肘で打つ――もちろん服で遮られて痛くはないのだが。
室長がこちらを見て睨んでくる。私は目をそらし、うつ向いてしまった。
「さて、こんな機会です。ゼィ室長。私はあなたと公共の場ではなく、プライベートで話をしてみたかった」
「情報を全部はした金で売ってくれるという会話なら考るよ」
「はは、どうやら人間のユーモアはまだまだ勉強中のようだ」
「……それで、要件は?」
「本当に話したいだけですよ。例えば」とフランコは宙に浮いた言葉を探すように目を揺らした「この宇宙船の在り方とか」
「あり方が嫌なら変えるというのが容易な世界なんじゃない? きっとあなたも変えようと必死になって精いっぱいやっているのでしょう。伝わってなかったらごめんなさいですが、これは皮肉です」
「私は話し合って意見をすり合わせたいだけですよ。この世界の人間はわかりやすい性格をした者が多いとは思いませんか?意見もデフォルメされ、対立構造も単純化されている。もしかしたら内面では複雑な思考を持っているのかもしれないが、出てくる言葉は道化じみた事ばかり。まるで寓話的な世界の人形劇だ」
「同意しかねるね。人間関係が偏ってるからそう感じるだけじゃない? まあ……しいて言うのなら箱庭的な場所だからそう感じるのかな?」
「箱庭的な世界ならもっと村社会めいた社会構造ができるじゃないでしょうか。この船はまるでそのまま惑星での構造を縮小したかのような……」
「そうだとするとなにかしらに偏りが見えるような気がするけど」
「それはあなたの人間関係が偏っているからそう感じるだけですよ……例えばそこの彼女」
応酬が続いていると思ったら急に私に話がふられた。
「ウラカー・ゲダト、あなたの公開している情報を拝見させていただきました。あなたの周りは家族主義者や性別主義者が多いですね」
「は、はい」
「いえ、否定しているわけではありません。家族主義に否定的な立場をとりながら、周りが家族主義ばかりのほうが居心地をよく感じているという怠惰は理解できる思考です。私がどうこう言っても仕方がないので何も言いませんが。このようにこの船は90パーセントが非家族主義者ですが、人間関係を偏らせていると視野が狭くなりがちです」
「ちょっとちょっと」とゼィが割って入ってくる。「誰に断ってうちの研究員に勝手に圧をかけてるの。そもそもマイノリティ同士で手を取り合って何がいけないの?」
「手を取り合ってねえ……まあいいです。誤解で不快感を与えたのなら申し訳ありません。少し話がずれましたね……私が言いたかったのは、この船は寓話的な主義が満遍なく存在する社会を作ることで進歩を促すという構造になっているんですよ」
「その説は」と室長が考え込む「初めて聞く説だね」
「あくまで仮説ですがね。人口を制限するようになって進歩が遅れることを危惧した先人は模倣子の流動をうまくアルゴリズムの元、主義主張を単純化したのです。そして自由主義を頂点としながらもその下では緩やかな思想の争いが起こっている。それはまあ別にいいんですよ。私もまた参加しています」
「暴力で?」
「暴力を使うことはありますが、暴力を肯定しているわけではありません。軍国主義の政府が国を統一した後、時間がたって平和を唱えだして成功するという事もあるということです」
「単純化した意見だね」
「私もこの船で生きていますからね。主義によって技術を進歩させスウジィを超える。本当にそうなるかはまだまだ議論が必要ですが、最終的に採用されるのが結果論というのは少し気に入らない所ですね」
「……それで、いったい何が言いたいの? もしかしたらそういうこともあるかもね。しかし私にそれを話してどうしろと?」
「協力してほしいんですよ」
そこまで来て私はようやく前置きが終わって本題に入ったという事に気が付いた。正直に言うと、話している内容は理解できても、それによって自分がどう思うかはよくわからなかった。
それはそうとして、プグターが死んでまだ室長の実権が強い今だからこそ、話を持っていきたかったのだろうか。
「お断りします」
ゼィ71#はきっぱりと否定した。
「まあまあ、話は最後まで聞いてください。早い話が、ヘッドハンティングでして」
「お断りします」
取り付く島もないゼィに、フランコはため息をついた。
「どうやらまた誤解させてしまったようですね。今のはお願いではなく、脅迫です」
部屋の中に緊張が走った。研究員たちが騒ぎ出す。
『大丈夫ですから。何の準備もせずにここへ来たわけではありません』
室長が通信で、皆を安心させようとする。
「もちろんここであなたたちをどうこうするつもりはありません。一方的に死人が出るなら問題はありませんが、お互い死ぬとなりますとね」
考えを読んだようにフランコがつぶやく。
「まわりくどい。湾曲に湾曲を重ねた脅迫はイライラする。脅したいならちゃんとはっきり脅しなよ。本当に恐ろしければ怖がってあげるから」
フランコはそれを聞く微笑み、手を叩いた。
テーブルの上にラッピングされた箱が置かれる、話の流れから首が一つ入りそうな大きさだと思った。こういうマフィア映画のワンシーンを見たことがあった。
私は目をそらして、これから現れるショッキングな光景に耐えようとする。もしかしたら私の思い違いではないかと考えたが、漏れ出ている赤い血が私の願いを裏切っていた。
誰の首だろうか。先に最悪な予想をして、気を紛らそうとする。まず初めに考えられるのは研究員の家族だろう。
他にはベンドルとか? 出会って間もないのでそこまで思い入れがないが、いなくなったら困る人物であった。
箱の上部が開かれて、髪の毛が見えていた。
「え……髪の毛……?」
髪の生えた人は私が知っている中では一人しかいない。私は室長に目を向けた。彼女は目を細めて事の成り行きを黙ってみていた。
箱の中から首が取り出される。
――それはまさしくゼィ71#の首だった。荒く切り取ったようで顔がゆがんでいる。
「どういうことです……?」
研究員たちがどよめく。別のカーボンアバーターを盗み出して壊したという脅しだろうか。
戸惑っている間もなく次々と、箱がテーブルに乗せられる。まずはと二つほどまた開けられて、同じように室長の首が取り出された。
「これであなたのカーボンアバターはすべてですよね」
やはり私が思った通りの意図があったようだ。だとしたらほかの箱は……?
次に別の箱が一つ開けられる。今度は髪の毛が生えていない。
研究員の一人が悲鳴を上げた。皆が一斉にそちらを見る。そして、目を向けられた人はおびえながらも室長に耳打ちをした。
「あれは私が保管していたカーボンアバターです……」
「えっ……?」
思わず私にも聞こえてしまったので声を上げる。。
つまりは他の箱には別の研究員のアバターの首が入っているという事だろう。お前たちの住処など、簡単に侵入出来るという事を示したかったのだ。回りくどいが、このコルで人を脅すというのは難しいことなので、仕方がないということだった。先ほどフランコ自身が言った道化じみた行動というのが少し理解できた気がした。笑いごとではないのは確かだが。
それはそうとして、このすべてがアバターだとしたら、私だけが専用のアバターを持ってないことになる。下っ端なので当たり前だと言われたらその通りだったが、どこか引っかかることがあった。つまりはアバターを持っている人がほとんどここに来ていているということだ。本拠地から遠く離れるので、地上で活動できるようにそのメンバーを選んだのだとしたら何もおかしいことはないが、そうなると私がここにいる理由がわからない。血族優遇とはまた別の理由がある気がした。
そうこうしている間に次々と生首がテーブルに現れる。赤い血がテーブルからはみ出し、床を汚していた。
「どうやら一人だけ状況を把握していない人がいるようですね」
フランコの言葉に険しい顔をしていないのが自分だけだという事に気が付く。
「恐怖とは人間に必要な機能です。その感情をうまく発せられないのは心が強いのではありません。鈍いのですよ」
「……」
また私のダメ出しをされている。平凡な無能に意識を割きすぎだと思う。
「それ以上話さないで」室長が言った。「驚異の度合いは理解した。しかしあなたの脅しには屈することはないよ」
「おやおや、あなたはもう少し合理的に物事を考えられる方だと思っていましたよ。人間を学び柔くなりましたか?」
「どうとでも言って。この状況からあなたの目論見に打ち勝って、あなたの顔を潰すのが楽しみだよ。あ、物理的な意味だから」
「強がりもここまでしつこいと不快になってきましたね」フランコの顔が苛立ちからか少し崩れた。本当に煩わしそうだ。「この状況であなた方にできることなんてありません。私の気持ちが穏やかなうちに、おとなしくしておいてください」
確かに私たちにできることなんてない。武器だって持ってはいるが、あくまで捕獲用だ。一方で向こうは仮に生体兵器を持ってなかったとしても、この場所での戦いは入念にシミュレーションしているはずだ。コル内とは違って、うまく吹き飛ばされたら、遠心力によって宇宙に放り出されてしまう。
だがしかし、室長は勝算があるようだ。ハッタリだろうか。
いやに自信満々な室長を警戒してか、フランコはまだ手を出してこない。
室内に緊張した空気が流れる。テーブルから流れ出た血が真空により蒸発している。
――次の瞬間爆発の衝撃が響いた。
大気がないので音は聞こえない。しかし部屋一つ吹き飛んだような確かな振動が伝わる。フランコは通信に耳を傾けていた。
それによって出来た一瞬のスキをついて室長が通信を飛ばす。
『プランCだよ!』
研究員の一人がさりげなく壁に体当たりをする。そして次の瞬間自爆を行った。とはいっても防宙服を破壊できるほどではないので当人は無傷だ。代わりに壁に穴が開いている。そして私たちは訓練等であらかじめ決められた陣形をとりながら穴に向かう。後人が捕獲ネットを撃って牽制をする。思ったよりもスムーズに脱出することが出来た。
「うわっと」
外は奈落だった。正確には外周の方向に疑似重力が向いている。だから、急ぎながらも慎重に進まなければならないし、命綱をつけてる暇はない。
こうして逃げていると、コルの表面は人間が上るのに適した壁の形をしてはいるなと思った。明らかな手すりのようなものや、梯子、足場が付いており巨大な建造物であることを実感できる。重力は地上に比べると申し訳程度なので、すいすいと上ることが出来た。
発砲の衝撃を感知しその方向を見ると、着弾によりバランスを崩して落下していく研究員が見えた。
『危ない!』
下部にいた研究員が捕獲用ネットを飛ばして、これ以上落ちるのを防いだ。落ちた研究員を背負う形となったが、ネットを解いている時間はないようだ。しかし思ったより追っての数は少ない。
しばらく上った所で、その理由を察することが出来た。建造物の一部が壊れており、残骸があたりに散らばっていた。
『あれはゼィの作戦のうちなの?』
私は室長に通信をつないだ。
『そうです! ざまあみろ! うまく決まりましたね!』
ゼィはあらゆる場所に聞こえる通信を送った後、次に仲間内だけに通信を繋いだ。
『というのは嘘で、まったくの偶然。なんで爆発したのかわからないし、あれが何なのか全然わからない。別のプランはあったんだけど、この機を逃すわけにはいかない!』
何という運だろうか。しかし今は逃げることに集中しなければならない。
爆発した場所のほうに向かっている敵兵のほうが多いようだ。それでも私たちを逃すわけにはいかないようで、コリオリの力によって曲がった弾道を描く銃撃や捕獲用ネットが飛んできていた。
しかし入り口まではかなりの距離があるようだ。エレベーターで数分かかった距離だったが、数キロはあるようだった。
前方からも爆弾のようなものが落ちてきた。目を閉じて視覚ではなく、レーダー情報により周りの様子を確認した。真空用のスタングレネードが前方で爆発したという情報が流れてきて、ジャミング機能もあるらしくレーダーが乱された。それでも爆発前の視覚情報をフェイスシールドに映し出し、何とか惑わされずに梯子から梯子へ飛び跳ねていった。
『あれ……?』
いつの間にか天地がさかさまになっている。落下は免れたようだが、自分が足場に叩きつけられたという事に気が付いた。突然目の前に、敵が現れた。
いや、違う。視界が正常化したため、現在の視覚情報に同期した結果、突然現れたように感じたのだ。
急いで体勢を立て直し、敵の次の攻撃に耐える。
すでに敵は銃を構えているので、よけることは不可能と判断した。なので衝撃により落下だけはしないように、体制をうまく正す。着弾とともに体が吹き飛ばされたので、それによってあらかじめ確認していた逃走経路に沿って転がって逃げた。
『助太刀するよ!』
ゼィが背後から現れた。何やら長い槍のような棒を持っている。この距離なら銃より槍のほうが速いと言わんばかりに、彼女は高速で突きを行った。
先端部が爆発し、相手が吹き飛ばされて手すりに倒れ掛かる。そのままゼィは飛び蹴りを敵の頭に食らわせ、突き落とした。
『この槍は当たると爆発したり、三節棍として使えたり……いや説明は後です! 先を急ぐよ!』
私は頷いて彼女の後を追った。
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