第10話 円を上る

 プグター・ポールロデスコは私の遺伝子的な父の父であったが、彼の後継者もまた私の生物学的な父の父のようだった。それでいて別に後継者は恋愛主義者ではないのだという。

 後継者であるベンドル・ランはかなりの脂肪を皮膚の下と内臓に蓄えている体系をしていた。

「プグターが死んだと聞いてやってきたんだが」

 彼は研究所の扉を叩き、大きな荷物をドローンに持たせながら踏み込んできた。

 私は今は研修員の身分だったが、彼が案内をされている時に目が合うと、こちらに手招きをしてきた。

「あ、初めまして。おじ……おじいさま……?」

「そういうのはいいから好きなように呼べ」

 プグターが使っていた部屋の椅子に座り、あたりを見回している。

「相変わらず趣味が悪いな……かといってすべて捨てるのは研究員の心象に悪いか……」

「あのすみません。いろいろなことを後回しにされて、私自身現状を理解していないのですが……」

 私がそう言うと、イライラと机を指でたたき始めた。

「そうか、悪いな。もう少し後回しにさせてくれ」


 あれから様々なことが目まぐるしく過ぎ去っていった。

 今回の襲撃で死んだのはプグターを含め四人。

 治療が終わり、前職を辞めて研修員になる手続きはゴタゴタしているときにやったので時間がかかるかと思ったが、逆にどさくさに紛れ込む形のなったのが功をなしたのか以外にもスムーズに事が済んだのだった。

「ところで許嫁って何?」

 私は研修員ではあるが、コネとかで室長の実験補佐を任されている。そろそろなんとなく自分の主義の中でこれはアリかナシしかを考えるのが面倒になってきて、だからと言って流れるままに事に運ばれるのはよくはないという気持ちもあったのだが、得な方を選び利用できるものは利用したいという気持ちで揺れていて、結果甘んじて現状を受け入れていたのだった。

 ゼィ71#室長はタブレットをはじきながら答える。

「ええっと。『幼少時に本人たちの意志にかかわらず双方の親または親代わりの者が合意で結婚の約束をすること。また、その約束を結んだ婚約者をさす言葉。単に婚約者のことを指す場合もある』だね。です」

「いやそれはわかってるけど」

「いや、でもウラカーが家族になりたいって言ってたし……」

 そういう意味で言ったのではなかった。

 それに加えてこの十数年で家族の見方に付いて、かなり変わってしまった。

 もうかつての気持ちで家族になりたいとは言えなかった。

「あれだよね。現在この船では結婚というこ制度についての法律はないだけど、一部の家族主義者は復活させてるの。とはいっても理論上は合意の上でないと行えないんだよね。でもこの船の状況では中々その関係は難しい。そこでもっと古典的な手段として許嫁という関係を作り、お互いを意識させるようにするという話。もちろん断ることもできるけど」

「じゃあ……お断りします」

「うん、まあまあ、そう、なるよね」

 そもそもの話、結婚という制度がピンとこないので、どれくらいのことか把握できない。経典と照らし合わせ、過去の文献を検索し、そのころ私が生きていたらどう思うかを考え、結果断ることに決めたのだった。しかし気になることがある。

「これ断ったら辞めさせられるとかあるんですか?」

「プグターが生きてたらあったかもしれないねね。でも後継者はそこまで家族主義への思い入れが強くないんで」

 何やら複雑な気持ちだ……。

 考え事をしていたところにゼィがこちらを見てくる。

「ウラカーは私と結婚するの嫌?」

「いやそれは……」

 ふと考えてみたら、そこまで嫌ではないということに気が付いた。

 これはいきなり恋愛主義に目覚めたというわけではなく、人類が宇宙に進出する少し前から別に愛し合ってなくても便利であれば結婚という契約をするのが一般的になっていたことを吟味しての意見だった。

 そのことを伝えると

「ええ! ……こう、はっきり告白されると照れますね……」

「伝わって無い……」

「いえいえ、ちゃんとウラカーの気持ちは伝わったよ」

 ゼイ71#の本体はまだ主義以外でも生まれつき肉体的な性別を持ち合わせていたようだった。私の性自認と一緒のようだ。

「そっちがそういう気持ちなら結婚は嫌かな……」

「えー!?一分で行われた婚約破棄!?」

「いやだって、お互いに認識が違うんじゃうまくいくわけないでしょ……」

 何やらほのぼのとしたやり取りに還元されているが、実際問題笑いごとではなかった。なかったが、特に本気で話すのも馬鹿らしく、いい加減な気持ちで答えることしかできなかった。こうして子供のころの約束は、あいまいなまま宙づりになってしまった。本当にこれでいいのか……? 

 かつてゼィが言っていた言葉の意味が思い起こされる。


『……もう一度出会った時、それでも家族になりたいのなら……家族と言うものをまだ信じられているのならいいよ』


 私は家族と言うものを信じ切れていない。

 彼女はそのことを持ち出してはこなかったが、きっと私が信じ切れていないことを察しているのだろう。

 婚約意外にもっと重要な問題がある。この研究所は襲撃を受けたので、「どういう了見だ」というニュアンスの事を伝えることとなった。最重要容疑者は当然ナジャが所属するサインツ派の当主であるフランコ・サインツだ。マフィアのファミリーを参考にした家族主義者であることから悪い噂も数多くあり、開き直ってくるのかと思われたが

「いやいや滅相もない。最近まで私の家に所属していたナジャがこんなことをするとは思ってもいませんでした。私もナジャの捜索にはできる限りのことをお手伝いさせていただきます。これは少ないですがお詫びのしるしとしてお納めください」

 と、本当に少ない額を提示してきて、しらばっくれたのだった。

 私もまたホログラム会談に参加したが、どうも相手方は「胡散臭さをわざわざ身にまとっている」という雰囲気の奇妙な当主だった。

「あれ信じるの?」

 新しい私の祖父に当たる人物(?)にゼィは会談が終わった後訪ねた。

「信じるわけないだろ。だが抗争となるとより死者が出る」

「でもまた襲撃される可能性があるんだよね」

「抗争時に出る死者は襲撃を数回された時の死者より少ない」

「つまり怖気づいてるってことですか?」

 それを聞いてベンドルは舌打ちをする。

「プグターはどういう教育をしてるんだ」

 煩わしくなったのか、ベンドルは私たちに身振りで部屋から退出するよう手で促して来たので、私たちは黙って従った。

  コルの外へのルートはわからない。

 そう言っていたゼィだったが、プグターの自室を調べたところすぐにルートが見つかったようだった。

 なんでもこのコルは天井より上に巨大な空間が存在し、そこから外へつながる道があるんだとか。模擬天井の一部に扉が存在し、そこの位置を記したメモがプグターの金庫から見つかった。

 これで第一コロへの観測や宇宙への観測がより容易になったのだった。

 ビルの上にある扉を超えると、そこは見覚えのあるパイプのジャングルが延々と広がっていた。どうやら仕事として卵の撤去作業を行っていたのはこの場所だったようだ。あの仕事は何だったのかと考えたが、サインツ派がついうっかり逃がしてしまった生体兵器の自主回収作業だったのではないかというのが、ゼィの説だった。

 仕事ではそこまで上の方は上らなかったが、今回の目的地は十数キロメートル先にあるために、何日もかけて行うこととなる。横に十数キロなら一日で到達できるが、重力がある状況で縦に移動するというのはなかなか大変な作業だ。それに景色も変わり映えしない。

 偶に少し開けた場所に出ることもあった。パイプが橋のようになっていて、前方に塔のような建物があった。見上げると、パイプから蒸気が漏れ出ていて、蜘蛛のようになっている。そこまでの高さが地上の模擬天井ほどの高さだったので、少し懐かしささえ感じた。

 塔の中は特に何もなく、螺旋階段が続いているだけだったが、上に上る分には便利だった。

「これは平時なら興味深いことだけど、専門が違うね……」

 塔の天井を抜けるとまた同じようなパイプの群れが広がっていた。その場でゼィが一旦立ちどまり、そんなことを言う。

「どういうことです?」

 聞いてほしそうだったので私は尋ねた。

「気づいてる? これまでにもパイプに囲まれた廃墟のようなものを見つけたけど、上に行くほど作られたと思しき年代が古くなってるんだよ」

「おお、地層の逆ですね」

「そうそう! これはだんだんと上天井を低くしていったことを意味するんだよ」

「え……そうかな」

「そう。資料で確認したから間違いないよ」

「ああ、つまり」

 つまりこれは私たちへの教育のようだった。ゼィはすでに知っていたことだが、これを機に教えてくれていると。

「昔、今より第一コルに人間がもっとあふれかえっていたころ、より多くの人間が住むために高い場所まで建物が続いていたんだよ。しかし上と下で貧富の差が激しくなり、それに加えて重力が違うので行き来が困難になり価値観が統一されず争いが起こるようになった。それを見かねて、上の人たちは生れる人間の数を制限することにしたんだよ。こうしてゆっくりと人口を減らしていき、無駄に高い位置があると落下死の可能性が高まるので上から埋めていき、今の形となったの」

「成程……」

 所々に見えた残骸などは、それの名残というわけだった。場合によっては何百年も前の建物もあるみたいで、そう考えると感慨深かったが、観光ではなくあくまで通過点なので、横目で見て上るしかなかったが。

 地層みたいだとい考えの連想で、もしかしたら化石でも出てきたりしてと思ったら本当に出てきた。巨大な竜のような生き物の骨がパイプに絡まっている。これは昔にバイオテクノロジーによって生み出された生物の骨のようだった。さすがに化石になるような時間はたってないので、骨が長時間残ることまで含めての技術のようだ。

「室長と似たようなものなんですか?」

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるね」

 起きてから十数時間ほど登ってちょうどいい床を見つけると、テントの設営作業に入る。灯りをともし、警戒ドローンをを飛ばして、就寝に入る。数時間経ったら片付けて食事をして、また上る。それを何日も繰り返した。代り映えのない風景が続くので、中々気の滅入る毎日だった。「10000メートルのロッククライミングよりは楽だけど、同じ高さの登山よりは時間がかかると言うと大変さがわかるよね」と室長が言っていたが、どちらも経験がなかったのでピンとこなかった。ゼィはVRでやったことがあるようだった。


 数日ほど登ると失踪する研究員も出てくる。ナビゲーションをつけているので迷うはずはないが、落下等で一時的に動けなくなることはあるだろう。最悪は下に向かえま帰れるので、そのまま上を目指すこととなった。

 雨が降ったこともある。原因を調べるためにわざわざ水が降り注ぐ中進行して、かなりのロスとなった。原因は水の循環パイプがこの位置まで伸びていたというだけであった。しかしその周りに植物や虫がたかっており、奇妙な生態系が出来ていた。目的が違うのでとどまることはできないが、改めてここへ来て調べたいという研究員も少なくはなかった。

 上に行くほど疑似重力体が弱くなっていく。それによってちゃんと進んでいるという実感を得ることが出来た。


 またも開けた場所に出る。今度は町という規模の建物がパイプに埋まっていた。まだ生きている人口太陽が点滅しており、藻があたりを埋め尽くしていた。水の流れる音が所々に聞こえる。建物の中を覗くと白骨が散らばった場所があり、数百年単位での時間経過ではないことがうかがえる。

「上から埋め立てていったんだよね? でもそこまで時間がたってないこの感じは……」

 私が疑問に思うと、ゼィが頷いた。

「百年前程度までは暮らしていたようね。循環システムも修理すれば生き返りそう。おそらく下で暮らすことが嫌になったなりで隠れてここで暮らしていたのかも。この置物とかは下にはない発想で作られていて興味深い……きっと独自の主義で生活していたんだろうね」

 今日はこの場所で一夜を明かすこととなった。灯りを囲み、一部の研究員たちがダンスを披露してくれた。私は手を叩いてそれを盛り上げた。室長がここにいた人たちの生活様式の見解を述べ、皆がそれぞれ意見を照らし合わせたりした。

 次の日、数人の研究員が頭を下げてくる。

 どうやらこの場所で暮らしていきたいとのことだった。

「あー、いいよ」

 以外にもあっさりと室長は承諾をして、さすがにそれには止めに入った。

「せめて今回仕事が終わって帰ってからのほうがいいんじゃないですか?」

「いや、いいんだよ。この船はすべてを受け入れます。何よりも大切なことが、この子たちにはあるのかもしれない」

 というわけでさらに人数が減って、また上り始めることなった。目的地はもうすぐだった。


 「相対性理論はわかるよね」

 天井裏の迷路上る前にゼィが言っていたことを思い出す。今回の計画の全容についての話だった。

「えっと、検索できる範囲内でのことなら」

「それなら話が速い。この船の進行速度は一定ではないけど、光速に近づくこともかなりあるの。でも、常にというわけじゃない。加速と減速を繰り返すのには理由がるんだよ」

 そう言うと室長はARの宇宙モデルを空中に映し出した。

「この船もまっすぐに進んでいるわけじゃない。進行方向に恒星等があれば曲がったりもする。それ以外にも、燃料を節約するために、ブラックホールの重力を利用して加速するという事も行われるの。さて、つまりは最短距離で進んでいるわけではないという事になる。それを利用するということ。ついて行けてる?」

「これぐらいなら」

「よろしい。この船は光速で動いている状態では、周りと比べて時間の流れが遅くなる。これは進行中に技能を進歩させるという計画において、は少し邪魔になる法則でもある。時間はいくらでも欲しいので。というわけで船が遠回りをしている間に、ゆっくりと動く別の宇宙船を発射させ、自立進化するAIを乗せて最短距離を進ませてある地点で合流する。これを行えば最終的には普通にスウジィに乗って進化させるよりは技術が進むことになる」

「そう簡単にいきますかね。……あれ、最終的には主観時間は一緒にならないですか……?」

「ちゃんと計算すればならないよ。まあ確かに発想をデフォルメした考えだね。自立進化するAIといってもスウジィに比べればまだまだなので、最終的にはさらに独立したコルを作って人間の集団を発射して、技術を進歩させるというのが理想的だけどね」


 というわけで今回、外への道を上っているのは、そういった計画の第一段階として、AIを乗せた簡易的なロケットを発射するという実験のためであった。

 コルの中心部に近づくと、ほぼ無重力の状態となり、体が浮き上がる。ここまでくればあともう少しという事なので、皆も足取りは文字通り軽かった。

 円筒の底面に当たると思しき壁があり、沿って飛んでいくと扉を見つけることが出来た。中心部のため、重力によって大気がとどまっていられないので、すでに真空に近かったが、このまま宇宙空間へ向かうのは危険だ。入念に調べ外にも足場のようなものがあることを確認する。ご丁寧に命綱テザーを設置する場所もあるので外で活動することも想定された施設のようだった。ただ最後に使われたのは数百年前だと思うので、仮にスウジィが自動メンテナンスをしていたとしても、信用できるものではないようだった。またも入念な確認を行った。遠隔操作の自動ロボットを先行させる。銃撃を行い耐久度を調べる。すべての安全試験をクリアし後、ようやく私たちは宇宙空間へと進んだ。

 エアロックを抜けて宇宙空間に出ると、前方に壁が見えた。しかしよく見ると壁までの距離はかなりあり、縦に大地が広がっているようにも見える。その果ては遥か彼方でかなり遠い。

 あれが第一コルの全容かと驚く。つまりはこの船は二つの円筒が並んで飛んでいて、私たちは今その間にいるのだった。

 第一コルの底面はとてつもなく大きかった。灰色の凹凸がどこまでも続いていて、一つの街が縦向けに広がっているようにも見えた。無重力であるので上下の区別があまりつかないが。なので、まるであちらに落ちてしまうような恐怖を感じた。大きいとは言っても、今、自分がいるコルもまた同じ大きさなのだろうが。

 いつまでも圧倒されてはいられない。

 テザーを引っ掻けて、宇宙船の発射にちょうどいい場所を探すことになった。

 二手に分かれコルの表面を探索する。そういえば表面の直径も20kmあるので、探索もそれぐらい移動する必要があると思うとなかなか気の長い工程になりそうだ。

 

 しばらくすると反対側に分かれた班から通信が入った。

「先客がいるようです」

 急遽通信を発した研究員の場所まで招集がかけられる。物陰に隠れながら言われた方向を見ると、確かに私たちとは別の団体が数キロ先で調査を行っているようだった。

「あれはサインツ派の研究員のようだね。先を越されたか……」

 室長は悔しそうに言う。よく考えてみれば、ナジャが第一コルの生体機械を持ち込んでいたのだから、外へのルートをサインツ派が知っていてもおかしくなかった。

「一旦引き返したほうがいいですか?」と私は聞く。

「先を越されたのだから、今から追いかけなければ、いつまでたっても追いつけない」

「しかし」と研究員は言う。「宇宙船を発射なんてすれば絶対にばれます。そうなれば一色触発にも……」

「もういっそ奇襲をかけるという手もあるね」

 室長が物騒なことを言い出した。

「所長からは不用意に接触して抗争に発展する行為は禁止されてますよ! それにこんな場所で争ったら死人が出ます!」と別の研究員が抗議した。

「どうせこんな場所なのだからばれませんよ!」

 意見がなかなかまとまらず、無駄な時間が経過する。ああだこうだと、代案が上がるが、どれもしっくりこない。そんなことをしていたらまた別の通信が流れてきた。


『そんなところにいるより、こちらへきたらどうですか? 歓迎しますよ』


 発信主はどうやら、双眼鏡の先にいるフランコ・サインツのようだった。見えているのか手を振ってこちらに手招きをしていた。

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