第9話 大丈夫

 私は恐る恐る地下から屋敷の一階へ戻った。

『まだ息がある人間がいても、特に触らないように』通信から来たその言葉をかみしめながら、倒れた警備員をまたぎつつ廊下を進む。

 時折生体機械の羽ばたく音が廊下の向こうから聞こえてくる。発砲音や悲鳴が混じり、背筋に冷たいものが走って立ち止まってしまうことがあった。それでも自分を奮い立たせまた歩き始める。

 今現在卵を植え付けられた場所は危険区域だ。生身で直接行くことは不可能だった。そこで遠隔操作用のアバターロボットを使うのだが、手動でロックを開ける必要があった。

『案外堂々としていたほうが敵対対象にはならない。ただこの状況だと流れ弾に当たる可能性も高いので注意するように』

 とか言ってるうちに、こちらに来る気配がある。

 あらかじめ指示されていた通りに、倒れている人の↓に隠れる。こうすれば他人の防宙服の装甲もあって、踏まれても衝撃をある程度和らげられる。ただし、落ちている武器には触れないようにと。

 大きな足跡が近づいてくる。床を引っ掻くような音が耳障りに響く。

 もしすでに攻撃対象に入っていたら? もし武器に触ってしまっていたら?

 そんな思いから、心臓が早鐘を撃った。

「うぐっ」

 体の上を何かが通り過ぎる。

 大したことがない衝撃と言われても、背中の上を自分を殺しうる数トンの物体が踏んで超えてくるというのは、穏やかでいられるものではない。

 通り過ぎるのを待った後、ようやく血まみれの人々の山から顔を出した。防宙服が血に汚れた表面を落としていく。ほっと溜息をつきそうになるが、まだまだこれからだったと気を引き締める。


 何とか鍵を手に入れ、目的の部屋にたどり着くことが出来た。

 等のアバターロボットは人間よりは一回りほど大きくて、武骨なフォルムをしていた。無駄のないシンプルな外観で、特に用途以外の使い方はできなさそうだ。

『戦闘力に関しては今まで投入していなかったことから察してほしい。装甲もブラスターガンで普通に破壊されるので注意するよう』

 ハード面とソフト面両方の鍵を解除し、防宙服との接続を完了したら私は同室内にあるシェルターに隠れた。そのままロボットを動かす。

 足を動かしてみると、スムーズに自分の体のように動かせる。飛び上がっても平気だった。何やら万能感を感じる。

 勢いに任せて部屋の4外に出る。

『私がこのロボットを選んだ一番の理由は冷却機能だよ。これは確定ではないものの、おそらく生体機械の卵は冷却して機能を止めることが出来ると思う』

 室長からの通信に耳を傾けながら進む。

「でも先ほど、ニエべスが卵をつぶして食べたとか言ってますけど」

『もちろん潰せるのならいいけど、個体により違ってくる。だから冷却機能をもったロボットが必要だったんだよ』

「なるほど……」

 意外にもあっさりと卵のある場所にたどり着くことが出来た。瓦礫を押しのけた所、案の定、壁に球形の物体が張り付いているのを見つけた。繭のような赤い膜が張っており、表面を走る血管のようなものが脈打っていた。言われた通りに掌のスキャン装置にかざす。

『……やはりこの成分ではうちの設備では破壊することが出来ない』

「冷却できるなら、先にやったほうがいいんじゃ……」

『そのロボットであれば絶対零度ギリギリまでは下げられる。しかしその卵を無効化させるためにはさらに極限まで華氏零度に近づけなくちゃいけない。いや下げることはできるんだけど、状況が……』

 あいまいな口調にいら立つ。

「できるんですか!? できないんですか!?」焦りから思わず声を荒げてしまった。「あ……すみません大声出して……」

『いや、大丈夫。そしてできる。ボース=アインシュタイン凝集を作り出すほど温度は下げられるよ。ただし温度を極限までに下げるには、物理学においてあらゆるものが邪魔をしてくる。例えば重力とか』

「重力……」

『つまり重力のない状態にもっていかなければならない』

「外に出るんですか……? コルの」

『いいえ、私も外に出るためのルートは知らない。だからコル内で無重力状態を数秒間でも作らないとできない』

 具体的な方法を聞き私は、卵の周りの壁を壊しにかかる。そして、周りの瓦礫事腹の中に詰めた。

 次の瞬間シェルターの中にまでに聞こえるような大きな地響きがした。一瞬視界を現実の私に戻しかけるが、目の前のことに集中するために再度ロボットに目を移した。

『そのロボットが攻撃対象になった。彼女もまた親だということだね』

 私は指定されたルートを辿り、走って屋敷から出ようとする。生体兵器の足音がまた聞こえてきた。すごい勢いで近づいてくる。

「これ追いつかれる!」

『じゃあ飛んだほうがいい』

「屋敷内ですよ!」

 次の瞬間、背中から羽が生えた。ジェット噴射が行われ、体が浮き上がる。

 すごい速さで前方へ飛んでいく。警備員が慌ててよけていくのが視界の端で見えた。右へ、そして左へ曲がり、慣性がロボットを通して伝わってくる。そのまま屋敷の入り口を蹴破って、そのに飛び出した。

 上昇して屋敷の高さを超えて、地面に沿って飛行した。

 私の悲鳴がシェルター内にこだましているのに気が付いて思わず黙った。

『このコルの回転を止めれば無重力は作り出せる。しかし私たちにそんな権限はないし、あったとしても住民の避難が間に合わない。つまり、回転を止められないならこちらから回ってやればいいんだよ。回るというよりは今回ってるので慣性を殺すということだけどね。ただ流石に細かい調整は難しいのでAIにやってもらう必要があるけど。コリオリの力を考慮し、風向き、建物の高さ、などなど。船の進行方向への動きは今現在等速なので、そこまで計算に入れなくていいが』

「危ない!」

 目の前に工業地帯が広がっていた。わずかな隙間しかなく、ぶつかりそうだった。

『大丈夫。その位置ではぶつからない。時速600kmで進んでいるので迫力はすごいだろうけど』

 工業地帯を抜け、立体田園地帯を超える。居住地域の次はぎ模擬森林地域があった。そして数分ほどで同じ場所に戻っていく。気が付くとジェット噴射は暴風に逆らうためと、細かい位置を維持するためだけに使われるようになった。すさまじい速さで地面が動いている。

『無重力地点到達! 圧縮液体ヘリウムによる冷却はすでに終わってる。そこからさらに温度を下げて!』

 なんだか体が上手く動かなくなってきた。より進んだ技術で作られた生体機械の動きを止めるのだから、使っているロボットの動きも止まって当然かと気が付く。

 ふと目の前から生体機械が空を飛びロボットに迫ってくるのが見えた。焦ったが自分ではどうすることもできない。もう私にできることはないし、接続を切ろうと思ったが、何故が離脱できなかった。巨体が迫りくることに恐怖を感じる。赤黒いその瞳には確かな怒りを感じた。禍々しい歯が生えそろった口が開かれて、機械的な口内が見えたのが最後の光景だった。


  接続が切れて、現実に引き戻される感覚があった。まだ世界が回っているような錯覚にとらわれる。痛覚は共有していなかったが、死がそこにあった気がした。最後に見た切断された自分の下半身が飛んでいく光景が、脳裏にこびりついていた。

 荒い息が吐きだされ、嘔吐しそうになるが、リラックス用の香りが服内部に散布されて無理やり落ち着きを取り戻した。

『よくやったよ。卵の無力化に成功した。本体の処理は私たちに任せてもらおう』

 ほっとはできない状況だったが、やれることはやったという気持ちがあった。シェルター内の暗闇が妙に圧迫感を感じ息が苦しい。今外の状況はどうなっているのだろうか? これからどうなるのだろうか。

 とりあえずは現状を理解するために、館内の監視カメラの映像を見る。

「え……?」

 生体機械が研究所内に入ってきていた。

 それ自体はいい。何もおかしなことはない。

 しかし、まるでこちらに最短距離で向かっているような……途中で攻撃してくる警備員に対しても最小限の動きでかわしている。

 そこでようやく気が付いた。生体機械は自分に害のなす敵に優先順位をつけて攻撃をしている。それを判断する知能はだんだん成長していってる――と船長が言っていた――。思考が変化しているので、先の行動を予測するのは難しいが、生体機械が電波なりをたどり、あのロボットを操作しているのが私だと気が付いたのなら、最優先攻撃対象は私となる。

「あ……あ……」

 警備員が必死に粘着弾等で止めようとしているが、勢いは衰えなかった。あれがここに到着するのは時間の問題だった。

 このままでは私は死ぬ。

 ロボットを操作していた高揚感はすでに消え去っており、恐怖だけが残っていた。

 ここで死ぬ。だとしたら私の人生とは一体何だったのだろうか。この船では生きて死んで、次に伝えられ、いつかほかの惑星につくことを待っている。それ以外の道を探している人もいる。

 私はどうだっただろうか。

 探すということ自体には意味がある。しかし、今死んでしまっては何もかもが意味がなくなってしまう気がした。私には何もない。

 斜めに構えた気分で家族主義を俯瞰しているような態度をとりながら、それでいて縋り付いていた。その日暮らしで目先の快楽を優先的に摂取し、後に何も残していない。

 ――倉庫の扉が爆発した。追いついてきた生体機械の赤い眼球が一斉にこちらを見ていた。

 私は立ち上がる。何か戦えるものはないか。ここで死ぬわけにはいかない。

 武器はなかった。私は拳を構えた。多分何の意味もない。でもあがかずにはいられなかった。


「――危ない!」


 いきなり生命機械が爆ぜた。勢いよく吹き飛ばされ、倉庫の備品の山に突っ込む。

 爆炎が舞って視界が効かない。ようやく晴れたと思ったら、穴の開いた生体機械が痙攣していた。

 続いて警備員がなだれ込み、穴の開いた装甲の部分にブラスターガンの雨が降らせられる。蛍光色の光が、機械に向かって集中砲火されていった。

 気の遠くなるような時間……というのは血が足りなくて実際気が遠くなっていたからそう感じたのかもしれないが、しばらくしてようやく生体機械は動かなくなった。

 ぞろぞろと医療班と思しき人が流れ込み、私を運び出していった。それからはめまぐるしく状況が変わる。

 あっという間に医務室につられた。治療中の警備員のうめき声が合唱のようになっていた。薬品のにおい血の混じったにおいが鼻を衝く。

 ようやく気持ちが落ち着いてきたころ、ふとつぶやく。

「あれ……もしかして終わったの?」

 気が付いたら終わっていたという感じだ。何やらとり残された気分だった。

「いやいやすごい助かったよー。護衛対象であるお客にこんな目に合わせてしまってごめんなさいだね! 命に別状はないので安心して」

 声のした方向を見ると、室長……のホログラムが来ていた。

「……あれ、どうやって勝ったんですか?」

「対生体兵器ライフルで装甲を貫いたところにブラスターガンを集中砲火したんだよ! ただ卵を見つけられなかったら、今頃ふりだしに戻っていたので、かなりお手柄だよ! ありがとう!」

「……そうですかところで」

 私は息を吸い込んだ。

「私を囮にしました?」

 笑顔だった室長の顔が真顔になる。

 少し考えた後、彼女は肯定した。

「……そうだね。言い訳はしません」

「なるほど」

 よく考えれば当たり前のことなのかもしれない。急に使命感に燃えて何か手伝いたいとか言っても、素人が出来ることなんてたかが知れている。ならば囮にでも役に立ったのだから、良しとすべきなのかもしれない。もし私が囮になっていなかったら、もっと被害が大きくなっていた可能性もある。

 しかしだ。

 それをひとまず置いておきたい気持ちもあった。

 囮は確かに必要なのかもしれない。私も必要とあれば準じることもある。しかし、平然とそれを強いてくる人を信用するかは別であった。

 むかつくなあ……

 何がむかつくって、このままこの家と関わらない生活を選んだら逃げたみたいだ。 それとは別として逃げたみたいだという小さな感情で命を危険にさらすというのも馬鹿らしい。辞めることを逃げというのは勤労主義者が主張がちの戯言だ。どちらにしてもむかつく。どっちでも同じなので、ARコイントスをしてみる。表が出た。つまりここで働くということだ。私は舌打ちをした。

 それを見て何を思ったか室長が申し訳なさそうな顔をしてくる。

「いや確かにあなたを危険にしたことは大変申し訳ないと思ってます。ですが絶対に安全だというプランに基づいて実行したわけで……いやでもケガさせちゃったしな……」

「いいですよもう。変わりにここで働かせてください」

「もちろんある程度の要求ものみますが……て? 働きたい? こんな目に合って?  頭強くうった?」

「打ちましたけど……多分正気でも同じことを言います。ここで、働きたいです」

 経典を調べて面接では嘘であろうと意欲を示せとあったのでそのまま言った。

「そうですかそうですか。それはとてもうれしいよ!」

 室長が本当に嬉しそうに言ってくる。こうしてみるとまるで裏表がないみたいだ。

 ここに来て気が付いたことがある。それは私は家族主義を批判的に見ることで、客観的に主義を見ていると思っていた。実際はそんなこともなく、ここの人のほうがかなり客観的に見ていた。

 家族主義を利用して商売をする人。家族主義を利用して命がけの戦いに向かわせる人。私はそういうところが嫌いだったけど、だからこそこの家の誰よりも私は家族主義者なのかもしれない。

「あ、っそうだ。この家の住人になるなら、ウラカーも私の秘密を教えるね! 散々もったいぶったけど。ちょっとトラブルでタイミングのがしたね……本当は私がウラカーをかばって『死んだー』と思ってあなたが悲しんでるところに、ジャジャーンとでてきて驚かすとかやりたかったんだけど……」

 何を言ってるかわからないが、ろくでもないことを言ってる気がする。

 笑ってごまかせれないようなろくでもないことを……

「実はですね」室長は間を作る。いかにももったいぶっていますという顔だ。

「私がゼィ71#のアバターなの!」

「……」

「驚いた!? この体もカーボンアバターと言って、人間そっくりの肉体なんだよ! まあ再生機能はないんだけど。あとかなりコストもかかるので、無限に復活できるわけではないよ」

「ごめんなさい。疲労のせいでうまく驚けないです。もしかしたら気づいていたかどうかもわからない……」

「ええー!? 散々タイミングを計ってたのに……ここぞという場面を逃したせいで、一番最悪の時に明かしてしまった気がする……」

「ああ、私もそういうところある気がする」

 そして何やら殺伐とした空間で緩い雰囲気が流れてしまった気がする。周りには生死の境をさまよっている警備員がいっぱいいるのに。

 唯一の信じられるゼィも腹黒の一人だった。そのことについて悩む必要が感じられたが、今は何も考えられない。意識がゆっくりとまどろむのを感じる。

「それにしても今回はとても助かったよ。さすがは私の許嫁だね」

 眠りの世界に旅立つ前に、とんでもないことを言われた気がした。しかし、意識が落ちるのにはあらがえず、そのまま暗闇に落ちるような感覚に包まれたのだった。

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