第8話 再開、そして強襲②
ふら、っとでもいう風に一人ナジャに立ちふさがる者がいた。
まるで偶然その場に居合わせてしまったような。「ような」ではなく、もしかしたら本当にその通りなのかもしれない。ただ通りかかったら大惨事になっていた、と。言わんばかりに廊下の陰から表情の乏しい顔が現れた。
「ニエべス……」
ナジャは呟く。この人物のこと情報になく、警戒対象だった。第二コロは過酷だと聞くので、それだけで戦闘経験が豊富な可能性がある。アバターロボなので本来の力を100パーセントは出せない所をつくしかない。
ナジャは右手を構えて、睨みつけた。
「助けが必要か?」
目の前のロボットがそんなことを言ってくる。予想外の言葉だったが、罠かと思いナジャは警戒を緩めない。「なんでこの場面でそんなこと言う?」
「私は目の前に困っている人がいたら依頼を受けて見返りを貰って生計を立てている。もし生に先にこの屋敷の者に依頼を受けていたら、ナジャと戦うことになっていただろう」
「なんとも私に都合のいい状況だね……」
目的はすでに達成していた。逃げられるかどうかは運次第で出来たらいいなというのがナジャの望みだった。だからこんな申し出は都合がよすぎる。
背後から生命機械の羽ばたく音が迫ってきた。息を止めてやり過ごそうと思ったが、ふと辞める。
「これ、制圧できる?」
「ちなみにどうやって?」
「まだ生まれたてで装甲が柔い。ブラスターガンで十分何とかできる」
はったりではないだろう。ならば本当に依頼を受けてくれるなら、これ以上のことはない。
「じゃあさ、私は第一コロに亡命する予定なんだけど、その時ボディーガードになってよ」
「わかった」
「そしてこの機械は制圧しないで」
「わかった」
次の瞬間ニエべスが命を抜き取られたようにその場に崩れ落ちた。ナジャたちの会話を聞かれていて、接続を切られたのか。それともこれから敵対することになった屋敷の人間と話すのが億劫だったのか。
ナジャはそれを横目に、屋敷を脱出することに成功した。
水槽から戻ると、青い顔をした室長に事の顛末を話された。
ナジャがプグターを殺害したという。意味が分からなかった。そもそもの話、このコル内で殺人が可能というのが初めて知った。
「冗談……ですよね……?」
「そうだったらよかったんだけどね……」室長は手袋型の端末をいじりながら答えた。
「第一コロの生体兵器を隠し持っていたみたい。あれはかつて第一コロがスウジィを超えた時に作ったものだったが、制御できなくて結果滅んだ」
そういいながら、室長はこの部屋に隠れているように言ってきた。今から部屋を出るようだ。
「えっ、戦うんですか? 研究者が? その、監査軍とか呼ばないんですか?」
「うちは監査に踏み込んでこられると困るんだよね……」
「それってどう言う……」
私の質問に答えることもせずに、室長はあわただしく出て行ってしまった。
一人になって現実を実感し始め、身震いをした。万が一があれば、ここから逃げなけらばならない。状況を把握するために部屋の隅の椅子に座って、公開されている屋敷内の監視カメラを見ることにする。
「ひっ」
初めは服が散らかっているだけだと思った。目を凝らすと、赤黒く汚れており、人体があちらこちらに飛んでいる。再生の熱によりこぼれ落ちた血が、泡を立てているのがわかった。体を構成する質量が足りないのか、大人の体から子供のような手が生えており、そんな姿の警備員が逃げ惑い生体機械に襲われている。
「……ん?」
自分の思考に引っかかるものがあった。しかしこれ以上は掘り下げられなかった。緊急時の恐怖からか、あまり物事を考えられない。
生体機械はそこらにある物質を吸収しながら、体を大きくしていった。今では廊下を埋め尽くすほどのサイズで、飛ぶのが困難になったのか、足を複数生やして屋敷を蹂躙している。
屋敷から出ない、のではなく、屋敷から出られないようにされているようだ。室長含め、警備員と思しき人々が誘導している。確かにあんなものが外に出ると大惨事となる。
……ここの人たちはなぜそこまで勇敢なのだろうか。
確かに私も出来るのであれば、あの化け物が外に出るのは防ぎたい。しかし、昨日まで安全な服に守られて生活していたというのに、今日それを脅かす存在が現れて暴れているので、勇敢にも立ち向かっている。そんなことがあり得るだろうか。家族のためか?
いや、もしかしたら警備員たちは家族主義の私の嫌いな悪い部分に染まっており、絆という欺瞞のもと命を投げ出しているのかもしれない。
もしかしたらこの研究所はとんでもない悪行をしており、それが世間にばれるとメンツを失うという理由のために戦っているのかもしれない。
もしかしたら警備員たちは自殺志願者であり、この自死が困難な世界でちょうどよいとばかりに戦っているのかもしれない。
だとしても。
何かムズムズするものがあった。
皆が外で戦っているのに、私は部屋に閉じこもってガタガタと震えている。そして自分を守ってくれている人に何かと悪いところを探そうとしている。なんたるざまだ。主義主張以前の問題だ。こうはなりたくないと常日頃から思っている人間像そのものだった。
警備員たちがどんな理由で命を懸けてるかはこの際関係ない。それを観察しながらのうのうと、怯えていることだけはしたくなかった。
ならばどうする? 行動するのだ。何か小さなことを一つでも貢献して、自身の誇りを守るべきだ。
私は力強く立ち上がった。
……そこで一旦冷静になる。
いや、そもそもそんなことをして、邪魔になったらどうする。私が余計なことをして、さらに死者が増えたら? 私は客であり、出しゃばるべきではない。そもそも私に何ができるというのだ。
何ができる? 実際に少し考えてみる。画面を睨み、現場の人が見落としていることはないか。この視点だからこそわかることはないかを考える。
そこで見つけた。見つけてしまった。
黙っているわけにはいかない事実を発見したことにより、関わらざるを得なくなってしまった。そのことに不謹慎ながら身が高ぶっているのがわかる。
私はまた立ち上がった。
と、そこで床の下から何かを叩く音が聞こえた。よく見ると、水槽のゼィがガラスを叩いている。そして、触手を使って何かを伝えようとしてきた。
おそらく止めようとしている。私は大窓を叩き返して答える。
大丈夫、と。
「第一班壊滅! 第二班に後退します! 負傷者の確保部隊出動! 第五班は待機!」
怒号が響く中、室長は拡張現実で警備部長の隣に座り、戦場を見極めていた。
上半身がなくなった警備員が運ばれてきて、栄養素溶液に漬けられる。すると見る見るうちに傷口がふさがった。あと一時間ほどすれば、また足が生えそろうだろう。
警備部長が朦朧とした意識の負傷者に対して問いかける。
「治ったらいけるか?」
「……大丈夫です……いけます」
「よし、頼む」
室長は合成コーヒーを飲みながら、それを聞いて出動可能の人数を修正した。
状況を整理しながら、今の出来事がどの程度倫理感を逸脱しているかを考える。再生は船の人間本来の能力で、その後さらに戦わせるのは一応合意は得ているので、セーフ判定をした。しかし自分の倫理観をあまり信用しすぎるなと自分自身に言い聞かせている。価値観は時代や人によって変わる。だからちゃんと合わせていかなければならない。
室長は人間が好きだ。その好きはモルモットが好きだということと別に考えていかならない。そうでなくては彼らと離れて行ってしまう。
警備部長が再び室長に向き直った。
「頼んでいた物はできましたか」
「時間稼ぎ用の粘着弾のことなら即席のがある程度出来ている。対生体兵器用ライフルなら、まだ認証確認に手間取っているよ」
実際のところ旧時代の実弾兵器でも生体兵器の装甲は破れる。しかしながら、防宙服を破れてかつ、再生できないように即死させる威力をもつ兵器を使う場合は、何段階もある『絶対に人に向けて撃たないという証明』の認証をクリアしなければ使用が不可能であった。これは人間通しが殺しあわないための船側が作った措置ではあったが、装甲を容易に貫ける生体兵器を相手にした時をあまり想定していない。だから認証が完了するまでに警備員たちには頑張ってもらわねばならなかった。
人員が減って、そろそろ人手不足を感じてきたころ、ウラカーから通信が来た。
『どうしたの? 何かトラブルでも?』
『あの。多分卵が植え付けられているんです』
『何……?』
と言いながらも室長は次の言葉を予想しながら、研究所全体の監視カメラ映像を同時に見た。
『実を言うと私、雇用主が不明な駆除系の仕事もしているんですけど、ちょっと卵の探索とかもしているんです。何の卵か知らずに見つけた卵と雇元に知らせていたんですけど、もしかしたらあれ生体機械の卵なんじゃないかなって。なんでそう思ったのかというと、割と植え付けつけられやすい角度とか、周りの材質とかあるんですよ。それで、同じような目線でカメラを見ていたら、いつもならこういった場所に植えつけられるなーって場所に、それっぽい隠し方の瓦礫が積み立ててあるので、もしかしたらと思って連絡しました。間違ってたらすみません』
『いや……貴重な意見ありがとう。しかし今後は雇用主が不明な仕事は受け持たないほうがいいよ』
『はい。あの、私が手伝いましょうか?』
『いや大丈夫大丈夫。こっちで何とかするから安心して座ってて』
そういって室長は通信を切った。
素人意見ではあるが、当たってた場合は大変なことになる。しかしながら確認する人手がいない。警備部長と情報を共有することにした。
「私が行くしかないかな……」
室長はそういいながら、準備をしようとする。
「お待ちを。先ほどウラカー様は手伝いたいとおっしゃいましたよね」と警備部長が止めてくる。
「そうだけど、それが?」
「本当に彼女に手伝ってもらってはいかがですか?」
手元で揺らしていたコーヒーを止める。
「何を言ってる? 状況的に彼女が最優先護衛対象じゃない?」
「だからこそですよ。あなたが今回分析した生体兵器の攻撃優先順位のアルゴリズムから考えたのですが…」
あの生体兵器は自分の害となる敵から順番に攻撃する傾向にある。武器を持った人間から攻撃するが、武器を捨てたところで止まるわけではないという知能もうかがえた。おそらく知能は段階的に進化していき、より複雑な思考をするようになっている。本質的に言えば、現状生体兵器の一番害となるのは、指揮官である警備部長や室長となっている。だが今のところ「あれ」にはそこまでの知能はないようだ。
「それで?」
「現状ではこの屋敷内で戦闘可能な人間はすべて生体兵器の排除対処となっています。ですから今のところ対象となっていないウラカー様に動いてもらえることがあるということですよ。そして彼女もまた意欲的です。もちろん我々は全力でウラカー様を守ります」
「いやいや」
それより非戦闘員に――例えばうちの研究員にやらせたほうがまだましだろう、と言いかけたが、そんなことはやらせるつもりはなかった。
これはいわば警備部長は自分の主義の隙間をついてきたのだ。例えば非戦闘員を危険な目にあってくれと頼むのは主義に反する。しかし、最初から積極的な人の頼みなら構わないという。
室長はため息をつく。
「いわば囮になってもらうということか……。主義の隙間をつくな」
かなり歪な考えだし、後天的に経典を頼りに主義者となった者がやりがちなエゴイズムだ。
「しかしですね。現状他に方法はありますか?」
「……あと10分考えて、代案が出なかったらそれを採用しよう」
10分後、代案は出なかった。
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