第7話 再開、そして強襲①
息をのむ。驚きが先に来て、その後気分が高揚するのがわかった。
しかし次に来るのは疑念だ。なぜここでゼィの話が出てくる?
つまりはゼィと出会ったことはあらかじめ決まっていたことで、そして思い出も作りものだったのか? そう考えると怒りが私の顔の表面に現れた。そして後味のように悲しみが残った。
「……どういうことです?」
声が震えるのを抑えるのに苦労した。
「そのままの意味だよ」
「じゃなくて、どうしてその名前が今出てくるのか聞いているんですよ」
「ああ、ごめんね。まだ言っていなかったかな? 先ほど我々人類は船のAIを超えるために研究をしていると言っていたよね。AIを超える別に人間である必要もなくて、他の生物が超えるかもしれない。そういうことを期待してバイオテクノロジーで作られたのがゼィ71#達なんだよ」
「……作られた」
その言葉は重く私の心に響いた。
作られたというのなら私たちも同じようなものかもしれない。問題としてはやはりゼィがここの研究所に関係あるという事で。
「あ、違う違う。誤解してる? ゼィ71#はあの日、研究室に黙って外からあなたを誘い込んだの。だから仕組まれていたことじゃないよ」
「誘いこまれたってどういうことですか?」
「当時のゼィはまだ生まれて数年しか経っておらず、まだまだ幼いことがあったの。だから友達が欲しかった……のだと思う。当然あの後みんなに怒られたんだけど」「それでどうなったんですか」
「あなたと会えてうれしかったと言ってたよ」
私は首を振った。本当にそうなら嬉しい。しかしすべてを鵜呑みにするにはいろいろなことが起こりすぎた。
それでも私はゼィに会いたい。会って触れ合いたかった。
「ゼィに会わせてください」
海に沈む。体の中に水が入ってくるのが懐かしく感じた。
あの時と同じ。だが昔ほどの高揚感はない。水圧が水槽と同等になり、扉が開かれて、私は深海の世界へ降りた
何のことはなく、水槽は居住区の真下に広がっているので、まっすぐ下に降りれば、どこからでも入ることが出来たのだ。
少し移動して上部を見ると、透明で分厚い板越しに室長が四つん這いになって笑顔で手を振っている。
私は軽く手を振って、指定された場所に向かった。
ARにより目印が置かれており、それに沿って向かう。子供のころより泳いでいる深海生物の名前がわかったし、検索の仕方を覚えたので、視界のほぼすべての魚の名前を知ることが出来た。
岩陰の間から巨大な触手が伸び出てくる。私はそれに近づいた。
手を伸ばして腕に触手を絡ませる。ゆっくりと持ち上げるように彼女の脚を引っ張った。
次の瞬間巨大な影が岩陰から顔を出した。当時よりは小さく感じる。でも変わっているところはなく、記憶の中の通りだった。十六本もの脚が毛のようにも見える。私は彼女の背中に乗った。そのまま私はゼィに運ばれてディープアクアリウムの中を旅をする。
なんでもゼィもまたスウジィを超えるために作られた生物の一つだという。
思い出とはいってもただ出会って少し話して運ばれただけだ。それでもゼィと家族になろうと言い会った。今でも私にはその気持ちはあるだろうか……
私は少し触手の間を強く握りしめた。
ゼィは緩やかに海流に乗り、水槽内を泳いでいった。演出なのか、フード内で潜水艦のソナー音が響く。それに合わせてARがエコーロケーションを模した映像を視界に重ねていく。波打つ音を映像化したものが、水槽内の生物や物体に反射されて輪郭を描いていく。
しばらく進むと、コルの地面が一方高から透けていて、人々が生活している様子が見えた。と思ったが、そんなわけはないので、あれもまた映像だろう。工場で働いている人や、やることがなくてポッドでひたすら眠っている人、ゲームをしている人、それらを足元から覗き見ているようで、中々奇妙な気分だった。
やがてある場所で向きを変えて戻っていく。どうやら一周するつもりはないようだ。しかし久しぶりの再会だというのにゼィは話してくれない。
いや、彼女の態度は柔らかいので、私を嫌っていないことが明かだった。あれだろうか。私と彼女との間に言葉はいらない、という奴なのだろうか。
ふと水槽の一部分に大きなカプセルのようなオブジェを見つけた。ゼィが丸ごと入ってしまいそうな大きさだった。
『あれは姫が入ってるんだよ』
疑問にゼィが答えて私は驚く。その後はまた話してくれなかった。
『あーもしもし?』
室長の通信が届く。少し遊泳を邪魔されたようでむっとなった。
『気分はどう? 落ち着いた?』
『はい、おかげさまで。ここに来てよかったと思えました。話してくれないのは少し残念でしたが、地上に着いたら帰らせてもらいますね』
懐かしい友人と泳げたので、もうやることはない。このまま待っていれば、権力抗争などのごたごたに巻き込まれそうだ。ここの屋敷の者は許さないだろうが、プグターが『一見自由意志を与えてやっている』ような雰囲気を出しているので、そこをついて堂々と帰らせてもらう。
『えーもったいなくない? こういうの苦手でも貰う物貰ってから帰ったほうがいいんじゃない?』
なんだか私に都合のいいことを言ってくる。
しかしこれもまた私に寄り添って都合のいいことをやってもらおうという魂胆なのかもしれない。
『なんと言おうと帰らせてもらいます。ゼィに合えないのは少し寂しくなりますが……』
『彼女もまた人型のアバターロボが使えるので、その形態で会う?』
なんでもないことのように、とんでもないことを言われた。
『えっとつまりゼィが人型のロボットを操作するって言うことですか? そんなことできるの?』
『人間より知能が高いといったよね。だからできるよ。というか』
室長は何故か一秒置いた。
『もうやってる』
◇ ◇ ◇
ナジャは古典家族主義者、サインツ派の所属であった。
元来この第二コルの教育システムは幼少期生に生きていける最低限の思想を構成させ、青年期までに自由に主義を選ばせるようにできている。これは誘拐でもされなければ、変わることはなかった。
ナジャが家族主義に傾向したのは教育機関を卒業してからである。ナジャはこの教育システムに疑問を抱いていた。船の誕生工場は船自体のシステムであるが、教育システムは後付けで人間たちに作られた物であった。ナジャは卒業後、とりあえずは旧来の家族主義の教育方法などを一時的に参考することにして、サインツ派に入ることとなった。
元々ナジャは教育機関に在留中から反抗的な態度をとっていた。監視システムの隙間を探し、危険思想と言われる主義に傾向していたのだ。ただ運航AI自体がすべてを受け入れるという思想の元作られている。つまりその下に作られたシステムもまた、あらゆる思想もある程度は許容される社会が構成されていたので、なんともやりごたえのない反社会的行動であった。そういった不満を抱いていたので地球時代のギャングやマフィアを参考にしたサインツ派はナジャにとって思っていたのとは違ったが、居心地がよくもあった。
この船の中で人を殺すのは難しい。大抵の衝撃や高温低温は防宙服で防がれるし、貫通したとしても、短時間で肉体が再生する。あらゆる毒を振り分ける器官も服と体内に存在し濃縮ウランを溶かしたスープでさえ毒殺には向いていない。防宙服にある程度の栄養と酸素を蓄えておけるので、真空で飲まず食わずである程度は生きていられる。どこかに閉じ込められたとしたら、防宙服を通して監査局に通報して位置情報を知らせることが出来た。
防宙服はスウジィが星間運航の初期段階に生み出した技術だ。人間は工場から生まれるのと同時に、自動成長する服にくるまれることになる。そして死すとその服は布切れと同等になる。いまだに人間はこの技術の解析は完全には行えておらず、精々劣化版を作る程度だった。
最も確実な殺人は宇宙に放り出すことである。船の外部に通じる道を知っているのはごく一部ではあったが、サインツ派はそのごく一部の中に含まれていた。つまり家族内や敵組織の粛清を殺人によって行うことができたのである。
しかし防宙服をかぶった人を捕まえるのもまた困難であり、かなりの周りくどいことをしなければ難しかったので、ほかの方法が求められていたが、近年その解決方法を見つけ出した。
より容易な殺人方法を発見したのだ。
「おじい様……? いいですか?」
ナジャはプグターの仕事があいたのを見計らって、彼の部屋を訪ねた。
「ああ、どうぞ」
部屋の中は全体的に茶色身を帯びていた。地球時代の豪華な部屋をイメージしているのか、木製の机やシックな壁紙、セピアな地球儀など古風を通り越して、データ上の博物館にしかないような雰囲気であった。鹿の剥製や勲章のようなものが壁に掛けられているのはやりすぎではないかとナジャは思った。
ナジャは勧められるままに椅子に座る。合成紅茶を勧められたので
「家族主義はやめたと先ほど言っていたが、嘘だろう」
プグターが先に切り出す。
ナジャはそれを聞いて、やはり奇妙な男だなと思った。
プグターはこれまで十七人の血縁者をここに集めていて、内十人に騙された経験があった。敵対する主義者がプグターが家族主義なのに目をつけて、先に彼の血縁者に接触し、弱みを握るなどをしてそそのかすのである。その十人は丁重に監査局に引き渡されたが、今でもこうやって血縁者を集めるのをやめない。本当に信じられる家族と出会いたいから、というのが本人の弁だった。
「あることをやれば、抜けさせてやる。という奴ですね」
ナジャは辿るように言った。
母親役が家族主義者の相談所に行ったのは、ナジャがウラカーに接触するためであった。「面白いね」とかそれっぽい言葉を使いつつ、マッチポンプで問題を解決し、印象付けさせる。それにより接点を作りつつ、公開されている以上の情報を得るためであった。
結果的に見ればそこまでやる必要はなかった。ウラカーは何も知らない。
彼女は特におかしなところもない。鬱屈とアイディアンティーに悩みつつも、そこまで積極的には行動に起こさずに、それなりの生活をして一生を終えるであろうこの船によくいるタイプであった。おそらく今日以降は出会うことはないだろう。
「それで」とプグターは厳かに言った。「君はどうしたい? もちろん今の家族を本気で抜けたいというのなら手を貸すが」
そう言いながらも、祖父の目は警戒を緩めてはいなかった。ただ緩めてはいないといっても、、今この場で殺されることを想定しているわけではなかった。
「私は今の家族を抜けたいです。家族といっても恐怖で支配している組織ですし。さきほどおじいさまが自虐として『愛や絆という言葉を使って職員に報酬以上の労働をさせているだとか、内輪に籠った支援ばかりしている』等のニュアンスのことを言いましたが」
「そうじゃないと言ったんだ」
「ええ、もちろんです。ですからその言葉の通りのことが行われているのが私の家族でした」
「そうか……」
嘘ではない。愛と称して組員に通報機能をオフにさせて、制裁をしやすい環境を作っていたし、毎回閉所に数週間閉じ込めた後、まともな思考ができない組員に泣きながら抱きしめて自分が悪かったと思わさせる手は定番化していた。
そんなやり方に嫌気がさしていたのも事実だった。辞めるという相談をする演技をすることに便乗して、実際に家族主義者を辞めると申し出てみたところ、鉄砲玉としての任務を成功させるということを条件とされた。
「人質がとられているんです」
「ならば、取り返そう。我が家には潜入にたけた人物がいて」
もう遅い。
ナジャは、えぐっと声を出しながら、紅茶の入ったカップに物体を喉から吐き出した。唾液の混じった半透明な球形であり、中で機械のようなものがうごめいていた。そして機械はうごめきながら、殻を突き破ってくる。生体機械の幼虫であった。
「大丈夫か? どこか調子でも……」
心配する祖父の手前にカップを置く。次の瞬間カップらか幼虫が飛び出し、プグターの胸を貫いた。一瞬何が起こったのかわからない顔をしていた。
うめき声を出している彼が倒れるのを見る前にナジャは背を向けて走り出す。
扉を開け、廊下に出て何度もシミレーションした逃走経路に沿って駆けた。
孵化したばかりの生命機械は、装甲がまだ柔らかいので警戒心が高い。だから簡単な武器を持った人間ですら攻撃対象にになりうる。だからナジャは武器を持って部屋には入らなかったし、護身用として小型捕獲ネットを所持したプグターが生命機械にとっては第一優先排除対処となりえたのだった。今頃は再生できないほど内側から内臓や脳を虫が食い荒らしているころだろう。
ようやく研究所内に警報が鳴り響く、次に警備員が捕獲用ネットやブラスターガンを持って前がら迫ってきた。
ナジャは素早く滑り込み、隙間を縫って警備員の背後に回る。そのまま追い越すことに成功した。次の瞬間にナジャを隔離するためのシャッターが下がってきたが、素早く滑り込むことで、警備員と距離をとることに成功した。しかしながらさらに前方からシャッターが下がってきたので、廊下に隔離される結果となった。
『あー侵入者に次ぐ。やってくれたねえ……だから私もプグターに家族主義だからって血縁主義者集めるのやめろって言ってたんだけどね……』
なんともふざけた声がスピーカーから響いてきた。確か室長と呼ばれていた研究員の声だ。皆が皆、プグターの死に対してこんな軽い反応かと思ったが、マイクの後ろから聞こえる怒号から察するに、そうでもなさそうだ。もし軽い反応で、『お前のやったことは大したことがない』と思わせる作戦だとしたら失敗している。
『ああ……抗争が始まる……やだなー。実行犯は確保したとはいえ、どうせあなたは大した立場じゃないんだろ?』
ナジャ首を傾けながら、シャッターを見る。破壊するのは困難だろう。「取り消したほうがいいよ」
『なに?』
「まだ確保できていない」
次の瞬間反対側の壁を破り、人間の子供ほどの大きさの生命機械が飛び出してきた。ナジャはそれが先ほど孵化した物と同個体だと確認する。そのまま目の前を蜂のような外見の兵器が通り過ぎるのを待った。出てきた穴を覗き込むと、警備員たちが血を流して倒れているのが見えた。どうやらうまくいったようだ。ナジャは隔離された空間から、その小さな穴を通って出ていく。
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