第6話 古典家族主義者総本山②
食事を終えて、プグターと別の部屋に向かおうとする。しかしそこで彼が手をかざして、通信が入ったと言ってきた。
「本当に済まない。どうしても外せない急な用事が入ってしまった。そうだな……もしよかったら、待っている間に研究所の見学をしてもらおう」
「……仕方がないですね」
『目立っているけど用途のわからない多分一生入ることのない建物』には興味があったので、せっかく入ったのだから案内してもらうことにした。
「えっ、そのまま帰るという選択肢はないんですか先輩」ナジャが言ってくる。「そもそも何普通にふてぶてしく食事を楽しんでるんですか。家族主義が嫌いとか言いつつしっかり、家族主義満喫してるじゃないですか。いるんですよね嫌い嫌いと言って、結局本当に嫌いな人から見たら結局どっぷりな人」
「いや、ちょっと見て回るだけだから……もしかして私、気に障ることした?」
「いやそうじゃないんですけど……」やはりナジャは何かに苛立っているようだった。「別に回りたいのなら回ればいいじゃないですか」
そう言ってナジャは部屋から出ていった。
ふと今言われた言葉を反芻する。
確かに今日の私は楽しみすぎな気がした。食事もまあまあ美味しかったし、果実酒もすごくおいしかったし、ニエべスに説明するのも結構楽しんでしまった。たるんでいる。そう考えると、ナジャが幻滅しても仕方がないような気がした。
それでもこの研究所は懐かしい香りがした。まりで昔来たことがあるような……だから案内はしてもらう。答えを出すために。
「ここは一体何の研究をしているのですか?」
廊下を歩いているときに、案内人に聞いてみる。
この研究所には白衣をイメージしたフードを着ている人ばかりだった。
「主に人工知能の解析を行っているのですが……ただ今から会わせたい方が一番理解しているので、詳しくはその人に聞いたほうがいいでしょう」
AIの解析……? 作ったりしているのではなく?
そんな疑問を抱いているうちに目的の部屋に案内された。ARオンラインじゃ駄目なんだろうかと思ったが、こういう古典的な家族主義者は実物主義者が多いものだから仕方がないなと思う。
部屋に入ると一番最初に目についたのは奥にある巨大な水槽だった。40人で会議が出来そうな程度の広さの部屋の壁一面が水槽のガラスとなっている。揺蕩う海藻が揺れていて、その間を色とりどりの魚類が泳いでいた。部屋内には大小さまざまなパーソナルコンピューターがバランス悪く設置されていて乱雑な印象を受ける。今時珍しく床の上をコードが走っていて、つまずいて転びそうだ。
声のするほうを見ると、部屋の隅に人だかりができていた。そして私は話している人物を見て驚く。なんとフードをはずしているのだ。あれでは殴られたりしたらケガをしてしまう。
それにもう一つ驚くことがある。頭に青色と緑色の毛が生えているのだ。
頭に毛が生えている人は昔の映像でしか見たことがなかったが、中々新鮮だった。失礼だと思いつつも、野生動物を連想する。
案内人が近づいて行って、毛の生えた人に耳打ちをする。フードを被っていないので、通信が届かないのだろう。
「何? 忙しいんだけど」
「急用ではありませんが……しかしこの屋敷にこられたら、いち早く連れてくるよう言われておりましたので。少し遅れましたが」
「そういうのは時と場合を鑑みていってほしいよね。私にとって研究より重要なことなんてそうそう……」
そこで毛の人が私に目を止める。目を丸くする、という表現がこれほど似合う顔は私はこれまであまり見たことがなかった。
そして咳払いをして、集まっていた人たちに言う。
「ごめん、急用ができた。今日の講習はここまでにして、各自の研究に戻ってほしい」
その言葉とともに人々が散りじりになる中、毛の人が近づいてきた。
すこし口元を緩めているように見える。
私は思わず目をそらしてしまう。普段隠れている場所を直視するのは少し……というかかなり恥ずかしかった。研究者というのはこういう人が多いのだろうか。なかなか常識を疑うが、きっとそれ相当の理由がありそうなので何も言えなかった。
「ウラカー・ゲタド」
「あ、はい初めまして」
名前は既に知っていたようだ。プクターから聞いたのだろうか。
「よく来たね。この日を待ちわびていたんだよ。今日はいい日だね」
「はあ……どこかでお会いしたでしょうか」
「うーん、この姿で会うのは初めてだったね。そうだね……今、私が驚いたのだから、私も驚かしたいよね」
何を言ってるのだろうかこの人は。と、そこで視線に気が付いたのか、少し照れながら、フードを被り始めた。私はほっとする。
「頭を出すのは非常識だったね。ごめんごめん」
毛の人の言葉に私は思い当たる。
「……もしかして冷凍冬眠されてたんですか?」
「まあそういうことでいいよ」
何やらはぐらかしてくるな。何故ここでもったいぶるのだろうか。
そこで、案内人が話に割り込んでくる。
「ウラカー様は研究内容に興味があるようで」
「おお! そう! ぜひとも説明してあげようね。まずここの研究で一番中心なのは船のAIの解析だよ」
「船のAI?」
「いかにも。この船の運航は基本高度な人工知能が行っている。生活にもAIは使われているんだけど、船自体のAIの高度差には遠く及ばないようになってるの。そのことを詳しく話すには、この船が出発することになった発端から語らねばならないね。
時は数千年前、人々は地球以外の惑星にも居住区域を増やし、日々進歩していた。しかしながら人工知能は技術特異点を迎えたものの、人類は技術の発展に限界を感じていたんだよ。更なる発展を求めるには太陽系外に視野を広げる必要があった。そうして星間宇宙船の計画が同時に進行し、この船は数万光年先の惑星を目指して旅をすることになった」
そこまでは知っていた。閲覧できる船の歴史にも書いてある。
「当初は全員が人工冬眠を行う設備や、細胞だけを送り、到着先で誕生させるという方法が想定されていた。しかし、確かにAIは技術特異点を迎え、人を超えた。それをそこから人が超えることもありうるのではないか。だとしたら何万年もの間人類の進化を停滞させるのは愚の骨頂である。ならばこの何万年間も人類、あるいはほかの動物も生活させて技術の進化を促すべきである。そう考えた人がいて、その結果として我々が今ここに立っているの」
「それって、やっぱり私たちは実験動物ってことですか?」
そこそこ見る陰謀論の一つに聞こえた。
「どう見るかだよね。私からすれば実験じゃない。ただ次の星へ着くまで、寝て過ごすか、起きて過ごすかのどちらかを選ぶ必要があったんだけど、結果として人類の先代たちは前向きな法を選んだんだよ」
「前向きって言っても、乗員たちが経路を変更したり、そもそも星間移動を止めたりするのは考えていないんですか?」
「その二つが後ろ向きかどうかもどう見るかだよ。運航AIはすべてを受け入れる。あらゆる思想も技術も倫理も信仰も。別に船旅に嫌になって全員で自殺を決行しようとしても、止めることはしてこない。仲間同士で殺しあっても。それが人類が考えて出した結論であるのなら受け入れることを想定していた。ただし乗っている人がすべてを受け入れるかは別だけどね。
さて本題だよ。なんでも受け入れると言ったけど、船自体に反抗をするのなら少し力が必要なんだよ。ルートを変えたり、船自体を破壊したり、プログラムを書き換えたり。あとは船を捨てて別の船に乗り換えるのも現段階では私たちにには不可能。船のAIは言わば基準なの。我々が運航AIを超えた時こそが最初の計画の完成となる。船員たちはこのAIを超える技術を作り出すことが出来たのなら、晴れて運航AIに育てられるという現状から自立できるというわけ。家族主義風にいうなれば、親を超えて自立するという事だね。そして初めの質問に戻るけど、私たちの研究とは言わば運航AIを解析して、技術力を高めよう、というわけだったんだよ。その運航AIの名前は『スウジィ』という」
「なるほど……」
AIを超えるためにAIを解析するというのはカンニングのようなものでは、と一瞬思ったがすべてを受け入れるのでいいのか、と結論付けた。
今の話はここにいる人たちが本気で信じているということはわかった。
「それで……どのくらいAIに近づけたんですか? それによる成果とかは」
毛の人は私の言葉を聞いてARのボードを出した。
「何回かは超えることが出来たんだけど……」
「何回か、とは?」
「実を言うと運航AI自体も進化してるんだよ。シンギュラリティを超えたAIの技術力をグラフに表すとこうなる」
ボードに右肩上がりの関数的な曲線を描いたグラフが表示される。
「対する人類の技術の進化というのは安定しない。内輪もめで下がったり停滞することもあれば、思わぬ技術爆発が起こったりもする。グラフに表すとこう」
AIの進化のグラフに重ねてジグザグの折れ線グラフが書かれた。確かに二か所ほど人類のほうが上に言っている場所がある。しかしその後かなり落ちていた。
「はい、ここ」と人類の技術力の一番高い部分を指さした「この部分で深海ポッドや人工冬眠を作ったらしい。解析力一点に絞って、その後の発展を犠牲にして作られたと言われているから、再現性が難しいんだ」
説明されたことの単語をネットワーク上の情報と照らし合わせて言葉の矛盾点を探して信憑性をを調べるツールに突っ込んでみる。すると、特におかしなことはないと出てきた。なるほどそれなりに信用できそうだ。
「とても意義のある研究なんですね」
「意義……確かに意義はあるが、意義のない研究にももっと予算を回してほしよね。いや『一見役に立たないけどきっと役に立つから』と毎回言ってはいるが、『絶対役に立たない』という研究もちゃんとやっていきたい。だから予算が欲しい」
「私に言われても……」
「そう?」
何か含みのある言い方をしてきた。
しかし、ふと思った。かなり衝撃的な話をされた気がするのに、思ったより心が動いていない。
昔星を見たかったのは何光年もの先のことをより知りたかったからだ。年を取るにつれて興味が薄れてきたのは結局のところ自分はこの箱庭の世界で死ぬということを理解していったからかもしれない。何光年先に星があろうが情報でしかないと。だから今の事実も情報としか受け取れなかった……
ただこの人たちは違う。きっと星の位置も、この船の成り立ちも、すべてが意味のあることとして受け止めている。
「あ、その視線……」と室長が目を細めた。「もしかして興味がある? 歓迎するよ! 最近は勉強する手段も多いからね。今からでも全然間に合うよ。あなたぐらいの若さなら……とか言いたいけど学問は百歳からでもできるからね。君ならコネもあるしね」
少し興味があったのは事実だが、最後の一言で雲散していった。
「いや、結構です」
「もったいないなー。一緒に働きたかったのになー」
「10秒前だったら素直に受け取ってたんですけど、今ならちょっとコネにすり寄ってきた感じがしますね……」
「いやいや、それは失礼な誤解だよ! そもそもプグターより私のほうが立場が上だし」
「えっ、そうなんですか?」
「まあ見方の問題かもね」
そういうものなのだろうか。よく仕組みがわかっていない。
さて、と室長は含みを持たせて笑った。
「ゼィ71#に合わせてあげよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます