第5話 古典家族主義者総本山①

 私の元にプグター・ポールロデスコという人物から連絡があり、会いたいと言ってきた。なんでも私の祖父だとか。祖父といっても父の父親ではなく、私に母がいるわけでもない。あくまで遺伝子的なつながりが偶然あるということのようだ。

 私はあまり血縁を重要視する宗派の家族主義者ではない。だから出会ってみても価値観の違いから嫌な思いをするだけのような気がした。

 しかしながら最近私は他主義者や同主義者に対して偏見に満ちた目で見ている気がする。他者を理解できずに、自分から距離をとってしまっていた。そういった価値観もまた信仰の違いであると言い訳することは簡単だったが、このままではいけないという気持ちもあり、今回の誘いを受けることにした。

 そしてプグターが私を誘拐して父のソフトを植え付けた人物の可能性もある。ならばせめて一言文句でも行ってやらなければ気が済まなかった。文句を言っただけで気が晴れるとは思はないが、それでも何かはしたかった。


「あっ先輩じゃん。奇遇だ……奇遇ですね。どうしたんです?」

 指定された場所に行くとナジャがいた。模造樹が森のように並ぶ中で、少しだけ開けた場所があり、そこで待ち合わせていた。

 私は黙ってじっとナジャを見る。何の用もないのに来るような場所ではない。

「まさか……ね……」

「ちょっとちょっと先輩。勤労主義において礼儀は大事って言ってたじゃないですか。例え後輩だろうと挨拶は返してくださいよ」

「ああ……ごめん……おはようございます」

「おはようございますー」

「で、なんで今こんな場所に?」

「なんかうちの遺伝上の親戚? という人が会いたいからって。私は家族主義辞めたんですけど、家族主義の人と何かしらの取引をするのは自分の中ではアリなので、話を聞くだけ聞いてみようかなって」

「そう……」

 これは偶然なのだろうか。

 血縁を重要視する家族主義者の血縁者は、同じ家族主義者になることがそれなりに多くなる。幼いころから会いに行き、家族としての契りを結ぶことが多いからだ。また見せかけだけでもの家族主義者名乗っていると支援を受けられるから信仰している人もそれなりにいる。そう考えると指数関数的に増えそうなものだが、やはり辞める人が多いのか、他の主義のほうが効率がいいのか、そこまでの数ではなかった。

 それを踏まえて、数日前に知り合った職場の後輩が、遺伝子的につながりがある可能性を計算してる。それなりにあったのでそういうこともあるだろう。

「あ、もしかして先輩も同じような奴なんですか? そう考えると心配になってきたなー。なんか洗脳されそう」

「可能性はゼロではないかもね……」

 そんなことを言い合ってると迎えが来た。


 トン、と足音を一つだけ立てて現れたので、少し驚く。

 体のラインが見えるようなフードの被り方をしており、おそらく男性的なイメージをした着こなしをしていた。背が高く、フードから見える顔立ち、は少ししわの陰影を濃くみせる処理がされているように感じた。

「はじめまして。プグタ・ポールロデスコ様の使いで参りました。これからプグター様のお屋敷へと案内させていただきます」

 執事はそういいながら頭を下げた。

「よ、よろしくお願いします」突然丁寧すぎる言葉を投げかけられたので、少し驚いてしまった一方、ナジャは普通に返していた。

「あの、その、あなたとプグター様のご関係というのは」

 私は気になったことをそのまま聞いた

「執事でございます」

 執事だって、叙情詩みたい。とナジャはにやにやしながら言った。

 確かに現実で見るのは初めてだった。なかなか個性的な宗派のようだ。

 しばらく歩くと木々がなくなり、人工物が見えてきた。無味無臭という感想を抱くような白い巨大な壁が立ちふさがっていた。見たことがある建物だったが、ここがそのプグター様とやらの屋敷だったとは知らなかった。本当に飾り気のない建物で、配給される直方体の合成食材みたいだと思ったことがかつてあった。一階分の高さしかなく、平べったい。

 中は屋敷というより研究室といった雰囲気だった。職員と思しき人々が行きかっており、皆大抵白いフードを被っていた。薬品の臭いがあたりに漂っており、所々の部屋の扉にに、『何かしらの危険なものを扱っている』というマークが付けられていた。

 建物内をしばらく歩いた後、客人をもてなすためのような部屋に案内された。先客が一人いるようだ。

「こちらでお待ちください」そう執事は言って、その場を後にした。

 中に空気が入った風船状のソファーが現れたので座ることにした。

 ナジャは意外にも警戒しているのか、特に話しかけてはこなかった。

 私は先客のほうに目をやる。特に何をするでもなく、あたりを観察しているだけのようだ。かなりの小柄で、若いというよりは幼さを感じた。それでいてどこか見ていると緊張を感じ、まるで歴戦の戦士と対面しているかのような気分になってきた。ナジャのほうを見ると、先客と目を合わさないようにしていた。

 ただ者ではないようだ。

「ニエべスだ」

 突然話しかけられる。不躾に見ていたことが気になったのだろう。

 そしてよく見るとアバターロボットを使っていた。おそらく遠隔操作で視界を同期して動かしているのだ。

「すみませんジロジロと見てて。ウラカー・ゲタドです」

「そうか。よろしく」

「よろしくお願いします」

 そこで会話が終わってしまった。

 沈黙の時間が部屋内で流れた。しばらくすると、ナジャが肩をたたいてくる。

「ちょとちょっと、良く話しかけられますね」

「多分この人にも聞こえてると思うけど……」

「別にそのことは大丈夫です。それはそうとして、あの人第一コルの人ですよ」

「えっ、そうなの?」

 ニエべスはゆっくりと振り向いて、そうだ、と答えた。

 第一コル、確か戦闘が絶えず行われていると聞いている。もしかして私の軽率な話し方により、平和ボケしてのんきな奴だと呆れたりされたのだろうか。

 不安が顔に現れてたのか、ニエべスは無表情のまま言った。

「別に私だって軽々しく防宙服の装甲を敗れるわけじゃない。生体兵器の誘導が必要であり、この部屋まで持っていくのはほぼ不可能だ」

 いきなり何を言われたのかはわからなかったが、どうやら「取って食ったりはしない」と言っているようだった。「つまり殺せたら殺すってことですね」とナジャが慄く。ぽつりぽつりと話しているうちに、ふと突然ニエベスが一旦視線を右上に寄せて、その後こちらを見た。

「姉さん」

「へっ」

「どうやら私はあんたのはらからのようだ。家系図を渡されてよく理解していなかったのだが、今わかった」

「あ、はい」

 私もまた家系図はざっと見ていたが、あまり重要視はしていなかったので忘れていた。

「正直今もあまり理解していない。ただし村には村のルールがあるので、世話になるなら、そのルールには従うべきだとは思っている。だから姉さんと呼ぼう」

「いや、お構いなく……」

 またナジャが私の肩を叩く。

「冷汗かきましたよ。とりあえずは私が彼女の同胞はらからでなくてよかったです。ぞっとします」

「直接言いなさいよ」

 しばらくすると、目的の人物が部屋に入ってきた。


「どうやら家族水入らずの会話をしていたようだね。打ち解けられたようで嬉しいよ」


 プグター・ポールロデスコはこのコルの家族主義の一派であるポールロデスコ派のトップだ。それとは別に研究分野においても事業を拡大しており、事実上このコルの5パーセントを牛耳っているといっても過言ではない人物だった。

 ブグターはいかにもな老人のような風貌をしていた。というかわざと旧式の老人らしい格好をしているように見えた。背筋はピンとしていて堂々としているが、少し体が重いかのような歩き方。執事と同じく皺をくっきりと強調するための陰影のつけ方。視線の向き。ローブの落ち着いた色使いの装飾。それらが古典的オペラの家長のロールプレイングを全力でやってるかのような雰囲気を持たせていた。

「よく来たね」

 また別室に移動した後、プグターはゆっくりとあたりを見回しながら並べられた食事を勧めた。

 見たところサラダのようだ。青々としたさまざまな種類のハーブと思しき葉の上に、黄色い果実を切り分けたものが並べられていて、ドレッシングがかかっている。

「あ、おいしい」

 私は食べた感想を口にした。ただまっとうにおいしいが、なんとなく天然食材の美味しさを自分の中で人口食材の何百倍もおいしいと想像を膨らませていたので、期待を上回るものではなかった。昔の文献で、酒は価値が百倍あっても美味さが百倍なわけではない、とのような文句を見たことがあるので、それを少し連想した。

 酒の連想で、テーブルの脇を見てみると、赤い飲み物がある。おそらく果実酒というやつだろう。それも口にしてみる。

 そこで頭に電撃が走った気がした。今までは直接感覚として酔いを頭に入れていた。しかし今回は口から味と酔いを口に入れた。この二つはやはり決定的に違う。舌の上で転がして、鼻に抜ける香りを楽しむ。味と酔いが上手く混ざっている。この良さを表現するために服端末で語彙を検索してみる。豊潤。フルーティ。ハーモニー。しかしどれもうまく表現できているとは思わなかったので、そのまま口に出した。

「これ、本当においしいです」

「それはよかった」とプクター。

 もしかしてお土産とかもらえるのだろうか。だとしたらこれのボトルだけでも貰……いや駄目だ駄目だ、さすがにもらいたいと思うのは家族主義につかりすぎだ。買いたいと言い直そう。せめて味覚情報だけでも。

 などと浅ましいことを考えていると、じっと見つめる視線があることに気が付いた。隣の席に座ったニエべスだった。

「あの、どうかしましたか」

「それは美味いのか?」

「はい、美味しいですよ。って、ああそうか」

 アバターロボなので食べられないのか。いやでも、味覚情報は遅れるはずだが。

 そう言うと「ウイルスを混ぜられると困るので感覚の共有は視覚と聴覚だけにしている。この二つであればアナログなフィルターをかませれば完全に脅威を防ぐことが出来るから」

 アナログなフィルターというのは要するに送られてきた音声データをスピーカーで再生して、それをマイクで拾う。そうすれば仮にデータにウイルスが仕込まれていたとしても絶対にマイクから先には届かない、という話のようだ。もちろんそんな単純な構造や話ではないのでスピーカーは物の例えだということだが。

「なので、少しでも体験を共有するために、姉さんにはどう美味しいか話してほしい」

 私のはらからを名乗る人がそんなことを言い出す。

「えっ、ええ? いやでも私は語彙も引用センスもあんまりないから、美味く伝えられるかどうか……」

「それでもかまわない」

 私はナジャに助けを求めてみたが、黙って淡々と食事をとっているだけだった。こちらに視線をよこそうともしない。

 仕方なく私はたどたどしく、つっかえながらもなんとか説明をした。ニエべスは相槌を打ちつつ、その部分は具体的にどういうことか、合成食材との味の差異、戦車とどっちが美味しいか(知らないと答えた)などなど。

「戦車って美味しいんですか?」

「まずい」

「そうですか……」

 割と話が盛り上がり、これはあれだなと私は思う。同じ場で食事をして結束を高めるという家族主義、勤労主義等様々な主義において共通する儀式だなと感じた。

「さて」

 プクターが場が温まったので本題に入ろうか、といった雰囲気を出していった。私は食器をいったん置き、耳をそちらに向けた。

「私は君たちの力になりたいから、今日この場に集まってもらった」

 彼は切り出す。

 別に困ってませんけど、と言いたかったが、父のことを聞きたいという気持ちもあるので、黙っていた。

「世間からは私は家族主義のトップと思われている。それはいいのだが、愛や絆という言葉を強調し、職員に報酬以上の労働をさせているだとか、内輪に籠った支援ばかりしているという噂に対しては否定したい。私は多くの人の力になりたいと思っている。しかしながらすべての人の力になるのは非常に困難だ。困難だが、できる限りのことはしている。それがこの研究所だ。しかし本当に限られた人しか救えないとなると、人はどこまでを助けるかのラインを引くことになるだろう。有能なものを救う? 結構だ。弱者こそ手を差し伸べるべきだ? それは同意したい。共にことを成し遂げてきた仲間こそ救われるべき? すばらしい。そんなことは関係なく、限界を超えてすべてを救う? とてもいい。皆がそれぞれのラインを持っている。それを信仰と呼ぶものがいれば、信念と呼ぶ者もいる。そして私はそのラインが家族、ということなんだ」

「あの」私は手を挙げた。「実を言うと私は幼いころ誘拐されたようで、そのことについて聞きたくて……」

「ああ、わかってる。それを話そうと思っていたので、少し待ってほしかったが、話を変えよう」

「あ……すみません」

 同意も否定もしたくない話だったので話を急いでしまったが、さすがに失礼だったと反省した。

「ちなみに私が犯人なのではと疑っているようだね。しかしながら、そんなことはない」

「……本当に?」

「ああ、私の祖父に誓おう。確かに私は第一コルに血縁がいたら引き取るという事をしているが、誘拐という形は絶対にしない。そして違法ソフトを使うこともない」

 いや、知らない人に誓われても、と思ったが黙っていた。疑う要素は多かったが、本気で違うと言われれば反論を発することはできなかった。

「君が過去に起こったことはとても悲しいことだと思う。同じ家族主義者を大ひょしてこの場で謝罪をしよう。しかし、家族主義者が皆その犯人のような過激派だとは思わないでほしい。今回の訪問でいい印象を持ってもらえるよう努めさせてもらうよ」

 本当に神妙な顔で頭を下げてきた。

 納得できたわけではないが、私はそれ以上何も言わず黙っていた。

「そして」とプクターは続ける。「ニエべス、君には第二コルで暮らせる用意がしてある。それから、ナジャ」

 名前を呼ばれて、ピクリとナジャの肩が揺れた気がした。

 視線は空の食器に注がれたままだった。

「君を開放するために戦う準備がしてある」

 何やら私の知らないところで大きな話が動いている予感がした。

 何かナジャには問題があるようだ。

 ここで私は力になってやるべきなのだろうか。そもそも、力になるほど親しくないのではないか。そんなことが頭の中をめぐる。

「すまないが」とニエべスが沈黙を遮るように言った。

「大変魅力的な提案ではあるが、まだ考えさせてもらえないだろうか。見て回った範囲内ではそこまで否定的な感情はないが、それでもわからないことが多すぎる」

「いいとも。いつまででも待つ。なんなら一年後十年後でも頼ってくれれば助けになろう」

「私も」ナジャが続く。「時間。もうちょっと考えさせてもらってもいいでしょうか」

「もちろんだとも」

 プクターの物腰はとても丁寧だ。こちらが失礼な言動をしても柔らかく接してくれる。押しつけがましくないし、提案してくれる内容もとても嬉しいものばかりだ。

 ただやはり今日会ったばかりでここまでしてくれるのは恐怖さえ覚えた。

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