幕間1 第一コル

 ニエべスは廃墟となったビルにて目を覚ました。壊れた巨大な窓から偽物の朝日の光が差し込んでいた。再生痛により、目覚めは最悪と言ってよかった。

 いや正確には寝ていたのではなく、気絶していただけだった。このコル1でこのような場所で眠ることは自殺行為だ。無事瞼を開けられたのは、ただ運が良かっただけだった。

 ああ、うんざりする。

 傷つくのは慣れた。しかし時折どうしようもなく、無傷な日があればどれほど気が楽だろうかと思う日がある。

 ニエべスは自分の体を確認した。

 記憶がある範囲では意識を失う前、かなりの傷を負ったはずだった。だが死ぬほどではなく、こうしてまた今日も目を覚ますことが出来たようだ。そして今日もまたおそらく自分の体に傷をつけるだろうという確信がある。昨日もそうだったし、百日サイクル前から今日まで無傷だった日はなかった。

 それでも生きるために、ニエべスは二本の脚で立ち、食料を集める旅を続けることにした。

 少しその場で飛び上がってみる。身の軽さから、この場所がどれくらいの高さにあるか察することが出来た。吹きさらしの巨大な窓から外を眺める。外には荒野が広がっており、時折廃墟じみた建造ポッドが顔を出していた。遠くになるにつれて、地面がせりあがっていて、ある点から天幕と交わっていた。このコルは円筒状の形をしているはずだが、地面が上に行くにつれて、ホログラフ出できた空に溶け込んでいるのだ。ビルは空に向かって伸びており、おそらく円の向こう側の地面と繋がっている。ビルの根元を望遠機能で見ると、生体戦車がたむろっており、まともに降りるのは不可能そうだった。数は百はくだらないだろう。防宙服の機能を使って耳を澄ませると、更に生体ドローンが飛んでいる音が聞こえた。


 開けた部屋を抜けると、ビル内の工場跡と思しき場所に出る。上下左右にラインが伸びており、もう動かないロボットアームが空をつかむように止まっている。よくわからない機械が、そこらじゅうを埋め尽くしていた。

 少し調べてみると、一部のラインが生きていることが分かった。防宙服と繋いでアクセスし、この場所の情報を探る。

『雲上エアバイク工場。第二コルの中心ビルの高さ5000メートル部分に位置する。今はもう稼働していない』

 管理しているAIが動いていないだけなので、作りかけのエアバイクを一つぐらい完成させることはできるようだった。ニエべスは少し設定をいじって、乗り物を製造する。ジェット駆動のエアバイクが予定された場所に出現した。それを押してコンベアを乗り継ぎながら、奥へ向かっていった。エレベーターを見つけたので、バイクごと乗り込み、上に向かう。むき出しだったために、工場の全体を眺めることが出来た。このビルの太さは500メートルほどあるようで、この区画もなかなか広く、壮大に見える。クレーンが交差する階を抜けると、燃料タンクが並ぶ階に出て、そこを超えると多脚フォークリフトの保管場所に出た。

 上に向かうにつれて大気の濃度が下がっていくのを防宙服に表示された数値により理解する。一時間ほど乗った後、ようやく減速が始まる。この高さになると加速度で重力を作っていた状態だったが、ゆっくりと止まることにより、体が浮き上がる。むしろ天井に張り付いていたほうが安全なので、バイクを天井につけて、停止するのを待った。エレベーターを出ると、そこは柱と窓以外何もない場所だった。ニエべスはほぼ無重力状態で、体が浮き上がりそうになりながらバイクを押して進む。窓からそれより上の部分に目を向けた。

 防宙服は地球の重力で500メートルほどの高さからの落下であれば、衝撃を分散してくれる。つまり一定以上の大気さがあれば、どれだけ高い場所から落ちても死なないということだ。しかし、それはあくまで惑星の重力に限った話で、遠心力によって重さを得ているコルだと話が変わってくる。外周に近づくにつれ、速度が速くなっているので、中心から地面に向かって激突した場合は防宙服には耐えられない。なので油断してはいけなかった。

 ビルの上を見ると生体ドローンが巣を作っていた。建造物にへばりついており、赤茶色で部屋一つ分ほどの大きさの肉が脈打っている。

 ニエべスはドローンのレーダーに見つからないことを祈りながら、ブラスターガンを袖から取り出した。リガフカと呼ばれるこのコルにおいて一般的に使われる拳銃だった。防宙服や生体兵器を貫くほどの威力はなく、使用目的はほぼ注意をこちらに向けることに使われる。

 引き金を引く前に、逃走経路を確認した。10通りの道を頭に思い浮かべ、獲物に集中した。

 そして一射した。

 着弾を確認する前に、ニエべスはエアバイクに乗り、ビルの内側に入る。四メートルほど進んだところで、ドローンもまたビル内に侵入して、ニエべスを追いかけてきたことを理解した。そのまま柱の陰から陰へ走り、身を隠しながら逃げていく。

 ドローンから機銃が発射され、柱が粉々になっていく。進行方向を予測して撃たれるので、それを上回る計算を服のAIに期待しながら瓦礫の上を走っていった。

 そろそろ追い詰められそうだというところで、ニエべスはそのまま反対側の窓から飛び降りた。ビルの壁にバイクの底面をかすりながら、滑り落ちていく。

 回転する円筒は外側につれ速度が速くなる。なのでその内側の中心点を通るビルの摩擦で減速しながら落ちれば、地面につく頃には服の防具性能で無傷で済ませられるほどの速さに抑えられることができるのだ。

 当然ドローンも追ってきたので、左右によける。ビルの上を走りながら落ちているみたいになっていたた。

 十数分後、ホログラムの雲を抜けて、そろそろ地面がくっきりと見えてきた。

 地上の生体戦車も、こちらに気が付いたようで主砲を向けてくる。しかしそのさらに後ろの生体ドローンのほうが危険と判断したからか、向きを変えた。

 一瞬強い風が吹いたかと思うと、背後で爆発音が響いた。服の後ろにあるカメラで背後を確認すると、何体かの生体ドローンが爆発していた。どうやらうまくいったようだ。

 円筒の反対側の生体兵器は所属が違うので、うまく誘導してやると、打ち合いを始める。ただ誘導するには人間の程度では危機と確認しないので、生体兵器の残骸を持ちながら攻撃する必要があった。

 ニエべスはバイクを乗り捨てて、地面に向かって受け身を取る。強い衝撃とともに、服がうねり振動を外側に逃がしていった。そのまま生体戦車の群れの懐に入り込む。ここまでくると、本気で狙われるとそのまま死ぬので、持っていた生体兵器の残骸を投げ飛ばした。ワシャワシャと音を立てながら、戦車が方向を変えたので、ニエべスはその八本足の間から抜け行く。

 頭を低くしながらあたりを見回す。ドローンが戦車をより脅威と確認したのか、増援として多くの機体が下りてきた。その群がる様子は、蜘蛛にたかる蠅に似ているとよく表現されていた。あちらこちらで爆発がしていて、煙であたりが見えずらい。レーダーが効きずらいのは戦車とドローンがお互いに妨害しあっている余波なのだろう。一瞬風が吹き、視界が少し腫れた。その間に生体ドローンが爆発に巻き込まれて、遠くへ飛んでいくのが見えた。それに目を定めて、ニエべスはさらに走り出す。脅威度の順位からか、追ってくる機体はいなかった。

 1kmほど走ったところで、落下したドローンの元へ辿り着いた。

 まだ動いているのが、外装がむき出しだったので、その隙間からリガフカを撃つ。数発ほど撃った所、耳障りな金属を鳴らしてドローンは動かなくなった。

 ふう、とニエべスはため息をついた。警戒しながらもドローンに近づいていって眺めた。両手で抱えあられる程度の大きさで、黒い外装が壊れ、赤い人工筋肉がむき出しになっていた。緑色の血液が地面を汚し、眼球カメラが零れ落ちている。

 完全に反撃してこないことを確認すると、ニエべスはそのまま肉をつかみ、フードの前面を一部だけ開けて、食らいついた。大部分が金属のような味がし、えぐみが強い。所々に含まれる外骨格の残骸で口を切ったので、そのまま一部を吐き出しつつも、慎重に骨の周りを食べていった。ズタズタになった口内が再生していき強い痛みを感じた。内側に殻で囲まれた部分があったが、螺子で止められていたので、何とか開けることが出来そうだ。ドライバーを懐から取り出し、開けてみる。そこには卵が詰まっておいたので、そのまま食べた。

 食べきれない部分は圧縮して袖の収納に入れておくことにした。

 今日も食料にありつけたことに感謝し、またニエべスはその場から離れた。


 丘を一つ越えた場所に村があったはずだが、あるのはテントの残骸ばかりだった。所々に死体が転がっており、おそらく生体兵器に襲われたようだ。

 本来兵器は人を襲わない。ならば巻き込まれたか、今朝ニエべスがやったように誰かに誘導されたか。

 この村の人間には世話になった。生体兵器の肉を持ってくると、見返りとして便利なものをもらったりもした。特に好きだったのは詩集だった。他のころから流れ着いた詩のデータを譲ってもらって読むのが好きだった。なのでニエべスは特にこの村に贔屓をしていて、敵対する村に戦車を差し向けて壊したりもしたことがあった。

 無常さを感じながら、ニエべスは瓦礫の残骸の上を歩く、ふと人間の形を保っている物体があるのを見つけた。

  足から先はないが、まだ息があるようだった。ニエべスは近づいていき、懐から先ほど手に入れた肉を手に出した。

 コル内で人間が欠損している場合は、大抵再生のための質量が足りてない場合が多い。なのでそれ相当のたんぱく質を与えてやれば復活できるはずだった。足先で倒れている人間を裏返し、顔を覗き込む。見ない顔だった。

 それでも、ニエべスは肉を口へ運んでいこうとした。

 倒れていた者が防宙服の顔面部分にある透明なフェイスシールドを開いた。

 粉末状に乾燥した肉を吸収液で溶かして、飲みやすくして喉から注ぎ込んだ。時折、むせたので、いったん休憩をはさんだりして、時間をかけて吸収させていった。

 失われた足が泡を発しながら、再生していく。鉄が焼けるにおいがあたりに広がっていく。峠は越えたようなので、残骸の陰に移動させて、安静にさせる。おそらくここから死ぬことはないだろう。

  人口太陽が存在しない地平線に消えたころ、倒れたいた者が目を覚ました。

 折れた柱の上でベリーが詩集を読んでいたら、重い体を動かしながらやってきた。

「いや……助かったよ。お礼を言いたい。ニエべスだね。もともと君が目的でこの村に滞在していたんだ」

 その者はプグター・ポールステゴロと名乗った。

 そして自分は本体ではなく、カーボン・アバターであるという。

「なんだそれは?」

「肉で出来た遠隔操作できるロボットのことだよ。私は実際には第二コルにいて、操作している」

「つまり食料を与えたのは無駄だったと?」

「いや、実際の人間と同じように質量があれば再生できるので、ありがたかった。もし他の生き残りがいるのであれば、そちらの方がよかったが」

 プグターの言葉に、ニエべスは首を振ってこの村にはもう他に生きている人間がいないことを示した。

「それで」と、ベリーは気になっていたことを尋ねる。「この村はどうなったんだ?」

 プグターは悲しそうに首を振る。

「実を言うと、君に頼りすぎる村のシステムに不安を覚えていたようだ。そしてここ数日間君が返ってこなかったことを見て、誘導者の後継人を育てるために少々無茶をして戦車に追い掛け回されたらしい。その結果がこれのようだ」

「そうか……」

 ニエべスが原因ではあるが、自分が悪かったとは思わなかった。ただもし自分の後継人を務めるなら、あいつだっただろうなと思いをはぜる。まだ幼いそいつが逃げ惑う姿を想像すつと、感じるものはあった。おそらく死体の山の中にそいつはいた。

「先ほども言ったが、実は君に用があって、その結果として巻き込まれたんだ」

 プグターは話を変えるように言った。

「私に用があるの奴がたまたま生き残ったのか出来すぎじゃないのか?」

「こればかりは偶然としか言いようがない。あるいは持っていた食料の差で再生できる量が変わってきたのも原因だろう」

 とはいっても信じていても信じていなくても話は同じだという事で、ニエべスは続きを促した。

「さて本題だ。第二コルに行くことに興味はないか?」

 それはこのコルにいる数多の詐欺師が口にする言葉だった。

 君は選ばれた。君こそあのコルにふさわしい。君はこのコルにふさわしくない。第一コルに比べて第二コルは天国だ。何より生体機械がはびこっていないし、殺し合いもしない。そういった歌い文句につられて、身ぐるみや命を奪われた者を何人も知っていた。

「悪いがその手の話には興味はない」

 本当に行けるのだとしたら行きたくはあった。自分だって平和は望んでいる。しかし信用できるわけがない。

 ただ一応話は聞いてみることにした。

「私は君の祖父に当たる」

「何……?」

「この船のコルの人間は大抵工場によって産み落とされる。そして複数人の細胞を組み合わせて作られるわけだが、その細胞の一致部分からプグター・ポールロデスコとニエべスが親族であることが分かった」

「その細胞部分が一致していると何かいいことがあるのか?」

「家族主義者にとってはそれが重要なんだ。それと重要だという人と集まって、あるいは集めて、何らかの取引をしていると役に立つ、という見方もできる。まあ私は心情的に大切なだけだが」

 よくわからなかった。

「じゃあこうしようか」とプグターは手をたたく。「ロボットを使おう。遠隔操作で君はロボットを使って、私と会って彼の家で滞在するんだ。それで信用に値する人物だと理解したら、直接会いに来てくれたらいい」

 少しだけ考える。断る、という選択肢は変えるつもりはない。ならば少し見るぐらいなら問題ないのではないだろうか。断ること前提で、あちらのコルのことを学び、ここでの生活にいかせるかもしれない。

「わかった……どうすればいい?」

「君のアバターロボはすでに向こう側で用意してある。だから、それと繋いでくれれば、感覚器官と動きを同期できる。もちろん、こちらでの危機もあるから使う時は注意が必要にはなる」

「わかった」

 そういうことになった。

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