第4話 コルでの仕事②

 待ち合わせの場所は地下道の用水路のそばにできた広場だった。子供のころは秘密基地めいていて好きだった記憶がある。すでに浄化された水が流れているので匂い等はない。落下防止の柵に持たれながら待っている人物がいた。

「あなたがウラカー・ゲタドさん?」

 その人物は振り返って言った。蛍光色の模様が描かれた防宙服を着ている。依頼者が見せてくれた映像と一致する顔だった。名前は確か……

「そうです。初めましてナジャさん。会っていただきありがとうございます」

「ふーん。じゃあ早速聞きたいことがあるんだけど」

「なんありと」

「なぜいまだに家族主義を続けているの?」

 単刀直入な質問だ。目の前の人物の顔には、『誰が客としてへりくだるといった?』という表情が浮かんでいる気がした。

「何故とは?」

「この短期間で調べさせてもらったよ。ウラカー・ゲダト。第二コル生まれだけど、密入してきた家族主義者によって誘拐され違法ソフトを防宙服にインストールされる。それがわかってから十数年サイクルたっても家族主義を続けてるってことは、まだパパのことが忘れられないわけ?」

 表に出かかった感情を何とか押しとどめた。少し手を強く握り、息を吐きだす。

「すでに公開されている内容ですね。父のことはすでに自分の中では決着がついています」

「本当に?誘拐されたのに愛情持っちゃうってあれじゃない? なんだっけ? まあいいや。家族は呪いっていうけど、一番その呪いに囚われているのはあなたじゃないかな? そんな人か家族主義者の相談員なんてできてるの?」

「私は……家族主義の一番のいいところはいつ辞めてもいいというところだと思っています」

 言ってから私は「しまった」と思ってしまった。相談人に言うことではない。

「はは、おもしろいね」

「私はいつでもやめれると考えているからこそ、逆に家族主義を続けています」

 私はやけくそのように言った。ナジャはそれを面白がって見ている。

「じゃあさ、私が家族主義を辞めるのも自由だよね」

「もちろんです」

「あれ?」ナジャが怪訝な顔をした。「辞めないように説得に来たんじゃないの?」

「とんでもない。相談人は過去の事例と照らし合わせたり、コルのルールを参照して、お互いの納得できる結果を用意するための存在です」

「はー何それつまんな」ナジャは柵に持たれながら天井を仰いだ。「せっかく議論を戦わせて暇をつぶそうと思ったのに、そのそも意見が対立してないじゃん。つまんなー」

 なんだこいつと思いつつも、私は表情は崩さなかった。

「それでですが、もし家族主義を抜けるにあたって相談したいことがあるのでしたら」

「あーそういうのいいから。私は家族主義を辞めるし、そのことに結論は出てるから相談したいことはない」

「そうですか……」

 本当にそうだとするとやはり母親のほうに受け入れてもらうように説得するしかない。

「ところでさ、あんたはどうなの?」

「何がですか?」

「なんとなくちょっと話して分かったけど、あなた家族って嫌いでしょ?」

「そう思いますか?」

 今度は冷静に答えられた。すでに結論が出ているからだろうか。

「そうそう。もう一回聞くけど、なんで家族主義続けているの?」

「さっきと同じ答えならダメですか?」

「さっきとはニュアンスが違う。さっきのはなぜ嫌いになっていないのか? という質問で今回は何で嫌いなのに続けてるのかって質問」

「そうですね」

 少し考えるふりをしてみる。もしかしたら今考えればまた違った思いが出てくるかもしれない。しかし、いくら思案しても結論は同じだった。

「人間が嫌いだからじゃないですかね」

「つまり?」

「人間が嫌いながら人間を続けているのが矛盾しないように、家族が嫌いでも家族を続けているのは変わらないからですかね」

「いいね。気に入ったよ」

「それはどうも……」

 少し恥ずかしいことを言った気がして赤面した。私は客に何を言ってるのだろうか。結局のところで合って話したものの今、回の相談事には進展はなかった。それは構わない。足踏みしただけに見えて、後退しなかったという利点もある。それはそうとして、これからのプランを考えなければならない。

「へー相談員ってお堅い人ばかりだったと思ったけど、あんたみたいな人見るんだ」

「おほめにあずかり光栄ですよ」

 私は皮肉っぽくならないように苦労した。

「私もそこで働いてみようかな」」

「は?」

 思わず取り繕った顔がはがれそうになる。

 なぜ今の流れでそうなるのだろうか。

「別に家族主義者じゃないと働けない場所ってわけではないんでしょ?」

「それはそうですが……」

 これが冗談じゃないとしたらと考え、私は目の前の人に少し苛立ちを感じ始めた。

 客としてならある程度の性格は許容できる。しかし同業者になると考えると、どうしても好きになれないタイプだ。

「そうだ」とナジャは心底いいことを考えたという風な顔をした。

「じゃあさ、試験替わりにウチの元母親を説得してみせるよ。そしたら認めてよ」

「私は人事ではないですし、そのような立場にはありません」

「そういう直接的なことじゃなくてさ、人として私を認めてほしいわけ。それに私が母親を説得すれば、先輩の負担も減るでしょ」

 いきなり先輩呼びと来た。家族主義を辞めても上下関係主義はやめないつもりのようだ。

「……もし相談人になりたいのだとしたら、私には止める権利はありません。母親の説得もありがたいです」

「それ相談人としての建前だよね。本音は?」

「相談人にそんな権限はないと言ったはずです」

「あ、そう。じゃあもういいや」

 ナジャはふてくされたようにそっぽを向いてしまった。

「では私はこれで失礼します。それと最後に一つだけ」

「何々? 口利きしてくれるの?」

「違います。誰にそそのかされたんです?」

 それを聞いて、ナジャは微笑んだ。少し空気が変わった。

「んー内緒」

 仮面のようなほほえみを張り付けていた。私は少しため息をついた。

「そうですか。それでは」

「お疲れさまでしたー」

 軽さを帯びた声を背に受けながら、そのまま私はその場を後にした。

 用水路の水音に耳を澄ませながら私は考える。

 今日の仕事は酷いありさまだったといえる。相談相手に感情を出してしまい、一番大事な質問を最後にしてしまい、あまつさえそのまま帰ってしまった。

 実を言うと今までもそうだった。よくこちらの仕事では失敗していた。

 今回はこちらに都合がよすぎるといえるほど、話はまとまりそうになっている。私の力と関係なく解決されようとしていた。もし仮にこれが評価されでもしたら、より難易度が上がり、実力以上の仕事を受け持つ必要が出てくる可能性がある。

 いや、と私は頭を振った。

 チャンスと考えるべきだ。今回はより責任のある仕事へとつながる相談だったと考えるべきだ。

 正直気の進まない考えだったが、最近古典家族主義意外にも視野を広げるために、勤労主義者になったのだから、そういった考えも身に着けていかなければならない。


 第一コル内の人間は基本は働かなくてもいいとされている。正確には食事や運動、排泄や代謝、ハードウェアやソフトウェアを使った時の感想や脳波の動きを船に提供し続けるのと、緊急時の作業員として働くことを対価に生活を保障してもらっていた。

 私たちは全員が船員ではあるが、世代をつないで星間飛行を成し遂げるための中間の存在なのだ。だから資源のサイクルを完ぺきにこなし、AIなどで自動化してしまえば、基本そこまでやることはない。基本的な生活をしていれば、ほとんどの人が働かなくてよかった。

 ただそんな実験動物じみた虚無な毎日を過ごすことに虚しさを感じる人々が増え、その対策として古典的な宗教を復活させたのだった。家族主義や勤労主義もその一つだ。他にも多種多様の思想がコル内には存在していた。


 医学が発展した今、飲酒主義において二日酔いをわざわざ残して楽しむかは宗派によって意見が分かれており、私の所属する派閥では楽しむ必要はないが、苦痛によって自戒をするために必要という意見だった。そもそも疑似アルコールに二日酔いの概念はないので、わざわざ苦痛を受けるための錠剤を呑む必要があった。

「ヤッホー先輩。昨日ぶり」

 出勤すると、相談者がいるということで、向かってみると以前の元母娘の二人組が並んでいた。

「昨日の約束のことだけどさ」とナジャが口火を切る。「無事説得できたよドミナグレイも納得できたってさ」

「約束はしていませんでしたが……お互いの合意の元ことを成し遂げたことはいいことですね」

 少し突き放した言い方をしてしまったが、期待半分不安半分の気持ちがあったのも確かだった。事実ナジャが元母を説得したからと言って、私自身に相談所をに紹介する義務も権利はない。そう何度も説明したのだから、結果的に仕事が達成するのならそれでよかったと一晩考えて結論が出た。

 と、思ったところでドミナグレイがおずおずと前に出る。

「その、せっかく相談に来たのに、自分たちで解決してしまって申し訳ないですが……」

「いえいえ、何事もお互いの相談が一番大切なのです」

 ドミナグレイは申し訳なさそうに笑った。

「結局のところ、私たちの関係の名前が変わるだけだと結論に至りました。名前は大事ですが、そればかりにとらわれてはいけない。名前が変わっても私たちの絆は変わらないと」

「そういう考えもありますね」

「と、言うわけではないですが、私も家族主義をやめようかと」

「えっ」

 私は驚いた自分自身に驚いてしまう。

 これまでの流れからして、そこまでおかしくはない。家族がいなくなったので、家族主義を辞めるという相談者は過去にもいた。

「へへ、すごいでしょ。私が一緒に辞めようって言ったんだ」

 とナジャはドミナグレイの肩を持ちながら言った。

「まあ、確かに家族主義は悪い文化ではありませんが、言葉縛られている人は多いでしょう。辞めるというのも相互理解において選択肢の一つではあるでしょう」

 私はできるだけ笑顔で言う。

「あれ? 『悪い文化じゃない』? 昨日と言ってることが違うなあ? 今はお仕事モードってこと?」

 こめかみに力を入れすぎないことに苦労をした。

 もしかして怒らせてしまったでしょうか、とドミナグレイが不安そうに言ってきたので、首を振って誤解だと私は言った。

 結局のところ。私は口では家族が嫌いだといいながら他の思想を受け入れられない、心の狭い人間なのだろう。だから主義者がまた一人減ったからこうして不安になっている。母と子、という姿がこの瞬間に崩れ去って勝手に失望していたのだ。そんな私は自己嫌悪に押しつぶされそうになっていた。

「というわけで、先輩。私の実力はこれで認めてくれたよね。多分数日サイクル後にはここで働けると思うからよろしくね」

 つまりは今後働く場所の先輩に仕事ができるとアピールしたかったわけか。

 とはいっても、この職場は今回のようなことは特別で、大体オンラインで相談しているので、そこまで職員同士が接触することはない。教育も大体AIがやってくれる。この狭いコルの話なので、プライベートで会って、助力や助言を願うということはあるかもしれなかったが。

 この感情は私が悪い。

 しかしそれはそうとして、ナジャの態度は少し気に入らないところがあったので一言いいたかった。何を言おうかと迷い、勤労主義の経典のページをめくった。そしてこの場にふさわしい言葉を見つけた。

 とりあえずはドミナグレイには一旦席を外してもらう。

 そして首を傾けているナジャに言った。

「口の利き方に気をつけろ」

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