第3話 コルでの仕事①

 記憶のメモリー再生をオフにする。

 防宙服のフェイスシールド部分に映されたVR映像をオフにすると、見慣れた簡素な部屋が現れた。私が三人ほど寝て並べば、いっぱいになる程度のの広さだ。

 日課の記憶再生を終えた後、食事を出来るようにと用意してあった万能固形食糧の封を開けた。ARの高級ハンバーグの画像と味覚情報を重ねて、フォークによって食べ始める。

 食事を終えて、私はまたもため息をついた。何をしているのだろうか私は。

 あれからもう一度だけの加速を経験したことも含めて、コル時間で十数年サイクルの月日が経過した。

 あの後私はゼィ71#に出口まで運ばれることになった。そして私は保護されて、教育機関で暮らすことになったのだった。

 それ以来ゼィとは出会っていない。このことは誰にも話していない。やはり検問所にはゼィという名前の係員は存在していなかったのだという。 


 そこまで考えた時、出勤命令を知らせるアイコンが光った。

「あぁ……行かないと……」

 私は慌てて出かける準備をした。

 とはいってもフェイスシールドに映像を写して遠隔操作でロボットを操作するだけだ。瞬きをすると、今いた部屋から、薄暗い通路に視界が切り替わる。

 防宙服と連動してアバターであるロボットの上半身が動く。

 金属でできた腕が目に入り手を握ったり、開けたりしている。

 自身の体重の傾け方によってロボットが歩き出す。

 そのまま歩いていくと、太さが様々なパイプに囲まれた通路に出た。そこで通信が入る。

『皆様お疲れ様です。今回も駆除作業に参加していただきありがとうございます。本日も頑張っていきましょう。「卵」を見つけた場合は、手出しをせずに迅速にご連絡ください』

 聞きなれた言葉だった。つまりは遠隔操作のアバターロボットを操作して、植え付けられた何かしらの卵を駆除するという仕事だった。淡々と出来るし、見たことがない場所も見れるので、なかなか自分で合ってるのではないかと自負をしている。ノルマもないので、自分のペースで出来る仕事だった。

 しかし一体この場所はどこなのだろうか。進んでも進んでも配管で、代り映えのない景色が続く。かなりの距離を進んでいると感じたが、ここまで広いスペースがコル内にあったのかといつも疑問に思う。

「おっ」

 抉れるように配管がちぎれている部分があった。これは近くに卵がある予兆だ。そして、数回やっているうちに、そこからの距離や残骸の積み方等でどこに卵があるかを予測できるようになった。巣のようにはパイプが積もっている場所を発見し、ロボットの腕でかき分ける。予想通り卵と思しきものが植え付けられていた。半透明で中で何かがうごめいている。

 私は早速それを撮影し、画像を雇い主に送った。

 その後はロボットの主導権が別の人に変えられる。おそらく駆除専用の人間だろう。私の役目は達成できたので、満足してまた部屋に戻ることにした。


 部屋に戻った瞬間、また別の出勤命令が出る。

 今度は本業のほうだった。次は遠隔操作ではなく、直接出向かなければならなかった。

「いってきます」

 誰もいない部屋にそう言って、玄関を出た。収納団地を出ると、似たような円柱状の小さな建物が並んでいる居住区域を通り過ぎた。空を見上げると相変わらず模擬天井が晴天を描いていた。ARアバターを使って移動している人も多く賑やかにも見える。

 駐輪場に止めてあるエアバイクに乗り、専用地下通路を通って出勤を行う。通路の壁には日替わりで映像が写されるるが、今日は冥王星の風景が流れていた。

 タルタロス尾根の上を少し走った後勤務地に到着した。

 体内チップの社員証をかざしより地下にある事務所に入る。無駄なものがない無機質な部屋には一人の人間がいた。

「おはようございます」

 私は所長に挨拶をして、自分の席についた。家で終わらせていた仕事のデータがちゃんと送られていたことを確認し、今日の予定を見た。どうやら相談人が一人来ているようだった。


 大人になるにつれ子供のころはわからなかったことが理解できるようになった。

 例えば性別。この宇宙船に乗っている数万人のうち、性自認があるのは500人程度だということ。父が私は女性であるとそう教えたたから、自分は女だと認識していた。

 別に変えてもいいと教師AIに言われたが、この性別は誰にも渡したくはないという思いがあったためにそのままにした。

 そして家族という形態をとっている者も少ない。赤ん坊は船内の人間の細胞をランダムに受精させ、必要に応じて機械によって生み出される。だから親という概念はない。『教師』と呼ばれるAIや人物が子供を育て、大人になったら自立して自分で決めた仕事をやったりやらなかったりするのだった。

 古典家族主義者はそのシステムを前提としつつも、旧来の家族の形態を信仰して、形式的な集団を作ると言うものだった。父親役、母役、姉役、弟役、祖母役、祖父役、叔父役、叔母役などそれぞれの性別を割り当てて、役割に応じた関係を築く。そんな宗教だった。そして私は別のコルから誘拐されて、父親役のソフトウェアを防宙服にインストールされて、生活をしていたと。

 そう私は新しい施設で説明された。

 説明だけを聞いても受け入れるには時間がかかった。同じ施設にいる子も家族主義者や性別主義者を否定せずに受け入れてくれた。それでも他者と何か壁のようなものを感じた。いや壁を作っていたのは私なのかもしれない。家族という形態をとっていない者が信じられなかった。ちなみにこのコルで一番多い主義者は隣人主義者だという。

 一度だけ父に……父だったプログラムに再会したことがある。しかしいくら情報を緻密に設定しても、これを父だと思うことはできなかった。『これは人工無能である』という情報が頭の中で邪魔をする。結局のところ私は父は死んだとして生きていくしかなかった。

 古代の文献に家族というのは呪いだという言葉がある。きっとこの船の住人はその呪いを解いて生活しているのだ。だから私は同じ呪いを持った人々の力になればと思い、この仕事に就いたのだった。

 

 私は所長に呼ばれて、相談室に向かった。

 部屋に入るとそこには一人の女性の格好をした人が座って待っていた。申し込み票のデータを見ると別に記入欄があるわけではないが、性自認が女性と書いてある。名前はドミナグレイ。

「こんにちは。今日はどういったご用件でしょうか?」

 私は笑顔で対応した。

「あの、実は……」

 彼女は少しためらいながら話し始めた。

「娘が、家族主義者を辞めたいと言い出して」

 ああ、と私は思いながらもうなずいた。「なるほど」

「私は娘の気持ちも尊重してあげたいんです。でも家族主義を辞めるということは娘じゃなくなるということですよね」

「そのこと自体は娘さん――今はそうですよね――はなんと?」

「私たちの関係が途切れるわけではないと。例えば歳の離れた友人のような関係になれれば……と言っていました」

「それはまた……難しい問題ですね」

「はい。それでどうすればいいのかなって思って。実を言うと家族主義は自立することになったら辞めていいとは言ってたんですよ。でもやっぱりいざそのことになると、悲しくなりまして……ほかの方はどうしているのかなと思って相談しに来ました」

「それは人によってかなり変わってきますね。例えば一方が相手のことを家族だと思わなくても、片方が家族だと思いつづけることを両者の合意によって行うという例があります。この場合家族主義者が家族の範囲内のことで非家族主義者に支援を行うことはあっても、非家族主義者が元家族のために支援を行わない場合もあるということです」

「それは……かなり歪な関係では……?」

「そうでもありませんよ。関係性の歪さなど主観的事実でしかありません。ただしそれを同意できるかは別ですが……そうですね、多分家族主義だと、その教えを説いた経典のようなものがあるはずです」

「経典……? そんなものあったかしら……?」

「家族主義は法人として登録されているので、自分の所属している宗派ごとに経典をネットワーク上で公開しているはずです」

「そうなんですか……あの、今検索してもいいですか」

「どうぞ。いくらでも待ちますよ」

 すると彼女は焦点を細かく動かして、服端末を操作している人特有の表情をし始めた。そして何かに気付いたようにし瞬きをした。

「あ、ダメでした。家族主義を片方が辞めるのであれば、しっかりと縁を切らなければならないとあります。友人関係などでいることは許可されていますが……」

「別の家族主義へと改宗するという手もありますが」

「ごめんなさい。検索しておいて何なんですが、やはり一方的に娘と思うだけの関係は受け入れがたいです。そういう考え方の人たちは否定しませんが」

 さっきは歪と言っていた気がするが。

「でしたら、もしよかったらですけど」

 私はスケジュールを端末で確認しながら言った。

「娘さんもこちらにいらっしゃって、あるいはオンライン上でご相談するというのはいかがでしょうか?」

「いいんですか、そこまでしていただいても。それに娘が同意するかどうか……?」

「もちろん娘さんの承諾は必要です。しかしながら、家族主義を抜けるというのも娘さんもよく考えて出した結論のはずです。ですから彼女もまた不安に思うこともあるでしょう。だから私どももぜひ力になれたらとも思っているのです」

「……一応連絡してみます」

 彼女が端末で通信を始める。

 私はそれを見ながら、娘のほうにばかり肩入れしてはいけないと自分に言い聞かせる。父と目の前の人を重ねてはいけない。あくまで客観的な相談者でいなければならない。家族なんてないほうが楽だよとは言ってはいけない。事実ではあっても、その結論は私が出すのではなく、相談者自らが見つけなくてはならない。

 彼女が顔を上げた。少し迷った顔は今まで通りだった。

「あの、娘があなたと会って話をしたいと」

「もちろんですとも」

「それとここではなく、娘が指定した別の場所で、二人きりで実際に合ってほしいと」

「わかりました」

 私はうなずいた。なかなか妙なところがあるが、まぁよくあることだ。

 それではまたと、一旦目の前の相談者とは別れることとなった。

 最後に彼女は「娘のことをよろしくお願いします」とだけ言った。

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