第21話 返報
迎えにきた車の後部座席に乗り込んで、目的地へ向かう。特に面白いものもないはずなのだが、澪依華は何故か笑顔だった。
「何かいいことあった? 」
どちらかというと、遊びに行くような感じだった。別に面白いところでも楽しいところでもないのに。
「え〜?ふふ、なんかさぁ、デートみたいだなぁって。2人で出かけるの、初めてじゃない?ちょっと行き先の雰囲気違うけど」
反則だなぁ、と思いつつ、確かに、2人で外出したことはなかったかもしれないとも思う。少し気になって運転席の方を見てみるが、それといって反応もない。
「いや、こんなのがデートでいいの…?もうちょいいいとこ行こうよ。夏休みあるでしょ? 」
何をされるかわからないところに行くのだから、そんなにテンション上げなくてもいいのに。だからこそ上げてるのかもしれないけど。
「え!ほんとにデート行ってくれるの!?やったぁ!バイトのシフトあんま入れないでおこ!…私ね、あんま遊び行ったことないんだ。泊まりで旅行行ったのなんて片手で数えるくらいだし。んふふ、えー、楽しみだなぁ! 」
そんなことで喜んでもらえるとは思ってもみなかったが、まだ泊まりとは一言も言ってない。そこから、澪依華は夏休みにある行事だの、旅行先だの、色々喋り始めた。よく口が回るな、と感心しつつも、もしかしたら本当は怖いのかもしれないな、と思った。
屋敷の門をくぐると、降りるように言われる。降りた先には黒スーツの男がいて、その男の後ろについて進む。
「屋敷の前ってこんな感じだったんだ。この間は殴られてきたから知らなかった」
「ああ、そっか。別に見ても面白いものでもないけど」
確かに、と笑いながらも、少々表情が固い。巻き込んで悪かったなといつも以上に思う。
目の前の男が部屋の前で止まり、ノックして扉の向こうへと声をかける。
「連れて参りました」
「入れろ」
その声で扉が開かれる。そこにいたのは声の主だけでなく、隣に高齢の恐らく、当主と同じくらいの女性。当主夫人が隣にいた。
「どういう風の吹き回しですか?2人でくるようになんて。しかも、つい先月会ったばかりというのに」
この老人は表情を変えることなく言った。
「なに、私にとっては大した用事ではない。お前らはどうか知らんがな。ほれ、用意してやったんだから、飲め」
何のために呼び出したのかは今のところわからないが、言伝で伝えられるものではないのかもしれない。
「いや、何が入ってるかしれたもんじゃない。遠慮しときますよ」
「ふん、無礼な。まあいい。本題だが、代が変わる。家督を譲ることにした。この意味がわかるだろう?家の資料を漁ってきたお前にならわかるはずだ。大人しく従うことだな」
「いやです。というか、それでいて何故俺が従うと思ったんですか?今まで何度も約束なんて破られているのに。今更あなたたちに従う義務もありませんし、次期当主とは面識もありませんし。それに、もっと他にもいるでしょう? 」
「どういうこと?何されるの? 」
当主が変わった時、小野寺の家から女を差し出さないといけない。今いるのは澪依華だけ。そんなことをする気は毛頭ない。
「別に好いて伴侶にしたわけでもあるまいて。何を必死になる必要がある?それを次期に差し出せば良いだけの話。変わりはいくらでもいよう」
そこで、どういうことか察したのか、身震いして嫌悪の目を向けていた。
「うわ、まじで無理。あんたに私の人生決めれたくないんだけど。…それに、流石に腹違いでも兄妹はやばいしょ? 」
俺と澪依華以外の全員が唖然とした顔になる。
人より先に我に返った夫人は、血相を変えて隣にいる旦那を揺さぶった。
「どういうことですの!?この娘の言ってることは本当なのですか!?嘘でしょう?嘘に決まってます!出鱈目を申しているに決まっていますもの! 」
妻に問いただされた当主は、澪依華を睨む。
「何を言っている?私にはお前のような出来損ないの子供なんていないぞ。そうやって出鱈目を言って逃げるつもりか! 」
それを聞いた澪依華は腹を抱えて笑い出した。
「ふっ、あっ、はっはっ、ははっ。ふっ、ふふ、あはは。なぁに言ってんのぉ?そんな気色悪い嘘つくわけないに決まってんじゃん。あーあ、可笑しい。…あんたが囲ってた女の1人にさ、園田風香っていなかった?それが私のママなんだけど。あー、覚えてないか、かれこれ17年も前の話だし、そんな人いっぱいいただろうし。都合の悪いことはすぐにでも忘れたいでしょう?あ、一応DNA鑑定もあるよぉ。で、どう?思い出した? 」
初めて声を上げて笑っているところを見た気がするが、思っていた状況よりも狂気沙汰だった。小野寺家で三条家当主を目の前で嗤った人間は初めてかもしれない。まだ小野寺姓ではないのだけれど。
「…なんなんだ、お前は!小野寺の分際で当主を笑うなど、あっていいものではない…!今すぐに撤回すれば許してやる。お前の母親なんぞ知らん! 」
当主は夫人に愛人のことを知られたくないようで必死に否定しているが、これはこれで初めて見るものなので面白い。
もはや、この状況が茶番に思えてくるくらいには余裕が出てきたらしい。今のところは何もする必要は無さそうなので、この茶番を眺めてることにする。
「ま、てことでこの話は拒否権を行使することにするよ。兄妹つったってどうせおじさんだろうしね。私、上は10歳までしかいけないから。にしても、奥さん、旦那が女囲ってんの知らないのぉ?めっちゃ焦ってたじゃん。ふふ、ちょっと面白かったよぉ」
10歳上まで許容範囲なんだ…そりゃあ8歳上でもなんとも言わないわけだ。
澪衣華が笑うのを聞いた夫人は顔を真っ赤にして金切り声を上げた。
「なんですって!?ネズミの分際でそんな嘘をつくなんて!無礼者!お前が旦那様の子であろうと、お前が汚らわしい生まれなのは変わらないでしょう!? 」
「あはは、ネズミって。私も嫌だよ、こんな奴が父親とか。子供は親選べないんだからそんな怒らないでよぅ」
挑発したのはそっちだろ!と言いたくなる。流れを掴んでるのは澪依華なので見事だと感心しながら何も言わずに眺める。
さっきので怒りが頂点に達した夫人は、激昂して叫んだ。
「この!無礼者っ! 」
立ち上がって、目の前に置いてあった湯呑みを掴んで澪依華の方へぶちまけた。
湯呑みを掴んだ時点で、あ、これ湯だ。と瞬時に判断した俺は、澪依華を庇うことに成功した。
「うわ、これ普通に熱いわ。はあ…大丈夫?怪我ない?あとごめん」
一瞬、何が起こった?という顔をしていたが、状況を理解し、目を泳がせて、起き上がった。
「えーっと、それは秀の方が大丈夫?私は全然怪我ないんだけど。というかなんで今謝った?謎なんだけど」
「え、触っちゃったから…? 」
今まで絶対に触れちゃいけないと思っていたので、庇うためとはいえ、触れてしまったことに自分的には納得がいかない。
「え、そんなこと?別に全然いいんだけど。というか逆にありがと。お礼を言う方では? 」
「そうなの…?てか、あんたさ、自分の妻のことも制御できないの? 」
テーブルの向かい側に言う。
「ふん、こいつがそう仕掛けたんだろう。お前も大概だ。おかしな嘘をつきおって。こんなことをして、どんな目にあうかわかっているんだろうな?この代で出せないのであれば、次の代に引き伸ばすことになるんだぞ」
次の代…娘ってことか。澪依華を見ると、何か考えているようで、固まったままだ。
「あ、ねぇ?今回こんな大層に呼んだのはこれだけ?それならもう用無しじゃない? 」
澪依華は終始、帰りたい、というのが顔に出ていた。まあ、長居はしたくない。
「ああ、そうだ。もう帰れ。こんな騒ぎを起こしてただで済むと思うなよ」
「あはは、だって。帰ろ、秀」
「だってって…まあ、いいか」
帰りはタクシーで帰った。澪依華は窓の外を眺めながら独り言のように呟いた。
「あ、そうそう、ネズミに噛まれると、何もしない場合、死ぬこともあるんだって」
飼い犬に手を噛まれるじゃないけど、ネズミに噛まれるなんて、造作ないことかもしれない。
でもそれでいいのかもしれない。その時は。気がついたら蝕まれていたなんてことになれば何もできまい。そんな馬鹿な話があればいいのにと思った。
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