第22話 復讐論

 「ねぇ、そういえばさ」


「ん?」


「あの時、澪依華何考えてたの?」


「へっ?いつ?…あ、ああ、屋敷行った時ね…え、えーっと、あいや、あんまり良くないことだから…。」


珍しく歯切れが悪く、そんなことでは余計気になるのだが、どうやって聞き出そうか…。


「そんなこと言われると聞きたくなるんだけど。まあ、あの状況じゃ、碌なこと思い浮かばないでしょ。別に怒んないから。」


しかし、こういう時どうするのが一番いいのか、高校生の扱い方がいまいちわからないのでどうしようかと考えながら聞いた。


「え、それ、絶対怒るやつじゃん!やだ!言わない!別にいいでしょー!嫌われたくない!」


やだ!と言って後ろを向いてしまった。


あれ…これもしかして逆効果?もしかしなくても逆効果だったらしい。さて、どうするか。嫌われたくないって…。そこまでのことなのか?


「はぁ…どうしたら教えてくれる?欲しいものある?なんか買ってあげようか?」


とうとう物で釣る作戦になった。最終手段だったけど。


「…いらない。物に釣られるほど子供じゃないもん。…そうだなぁ、当主が言ってた家の資料…あれ見せてくれたら話してあげる。」


資料…?ああ、あれか。別に見せたくなくて見せてないわけじゃなくて、見せようと思ったら寝落ちしていたので、今度でいっか、と思っていたらずるずると後回しになっていた物だ。


とはいえど、そんな物で話してくれるのなら、余計なことは言わなくてもいいので、それを承諾して、部屋に取りに行く。




「これなんだけど。まあ、家系図と誰がいつどうして死んだか、みたいなことしか書いてないけどね。」


「おお〜、すごいねこういうの。これは何か役に立った?」


「今のところは何も。これから役に立つかもね。別に俺が使わなくても後の代が使うかもしれないし。集めとくのもいいかなって。」


何か言いたげにこちらを見ていたが、何も言わなかった。


「そっ、か。ねぇ、この次の当主って子供いるの?これか奥さん。」


「いや、子供はいないと思った。奥さんはいるけど。」


「そうなんだ。あ、これさ、見たい時見ていい?なんか穴があるかも。」


「別にいいけど。あ、で、見せたからこっちも聞かないとね。約束だから。」


目を逸らしてやり過ごそうとしても無駄だ。聞き出すのも容易ではないんだから。


「え、ええ〜。…わかったよ、諦める。そのかわり、引いてもいいし、怒ってもいいけど嫌いにならないでね!それは悲しいから。」


引いていいんだ…。基準が分からん。


「それは勿論。こっちが聞き出したんだから。」


「…あのね、あの時、当主が私たちの次の代って言ってたでしょ?」


「うん。それが?」


「本当に、こんなことを考え出した自分が一番怖いんだけど、…女の子が生まれたらね、次の、当主の子供…つまり、次の次の当主の奥さんは無理だから、愛人になったらいいんじゃないかって、思ったの。」


頭を抱えながら、震える声でそう言った。


「…は?なんで?」


「…あいつらは、人を不幸にすることに対して何の疑問も持っていない。不幸ってことが、幸せってことが、どういうことか、わかってないんじゃないかな。もしかしたら、ただ、毎回身内を殺すと、不幸そうになっているから、って理由でそうしてるかもしれないって思ってたの。だって不幸にするなら、金銭面で苦しめたっていいんだから。でも、身内を殺されたからって理由じゃなくて、大切な人を殺されたから不幸になってる…それを分からせると同時に、この連鎖をやめさせられるんじゃないかな。その子が三条の誰かの大切な人になれば…。」


だんだん喋るにつれ、顔が下へ向いていき、頭を抱える手と声は震えている。


 その時、長年不可解だった謎が解けた気がして、すとん、と落ちた。しかしこれは相当なもので、犠牲になるのは俺たちだけじゃない。それが怖いのだろう。


「勿論!これがどれほどとんでもないことだってことはわかってる!その子の人生を全て台無しにするようなものだし、その子は一生一度たりとも幸せになれないかもしれない!…だからこれは、私たちが決められることではないことなんだよ…ごめん、今話した内容全部忘れて。こんなことを考えてしまった自分が情けない。…その子の人生は私たちが勝手に決めていいものじゃないんだから。」


泣き叫びながら言う言葉には必死さがあって、その考えに拒絶を抱いているのがわかる。


「そっか…ごめん、悪いことを聞いた。」


そう言って震えている彼女を抱きしめた。


 しかし、俺には、その考えが満更悪い考えではない、と思ってしまっていた。勿論、その子が生きたい道を生きればいい。だが、これまでの様子では、復讐心や、憎悪感を抱かせるように仕向けているのではないか、と思った。もしそうだとしたら、俺たちがそう望まなくても、その子はその道に進んでしまうのではないか、と思ってしまうのだった。

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