第20話 招集

 梅雨の時期には珍しく晴れだったので、2人で帰ることにした。


「はあ〜行きと帰りは晴れで体育のある日だけ昼間に雨が降ればいいのに。傘持ってきた意味なーい」


「あはは。確かにねぇ。あ、紫陽花綺麗だよー。青と赤紫が一緒に咲いてる。この辺が境目なのかなぁ」


紫陽花は土の性質で色が変わる。1つの木に2つの色があるのは珍しいような気もする。


「ほんとだ。でも咲き初めは真っ白だよね」


 向かい側の車道から車がきた。黒塗りの。私たちの前で止まり、ドアが開く。1人の男が出てきて、こちらへ歩いてきた。


「こんにちは。少しお聞きしたいことがあるのですが、今よろしいでしょうか? 」


黒いスーツの男。不審者を見るような目で佳澄ちゃんが見ている。可笑しくて仕方ないが、まあ、実際不審者なのだが、笑顔を作って答える。


「あ、大丈夫ですよ〜」


男は胡散臭い笑顔を向けてこう言った。


「私たち、今人を探しているのですが、園田 澪依華という人は知りませんか? 」


佳澄ちゃんが怪訝そうにこちらへ目を向けてくる。私は笑顔をそのままにしてちょっとだけ申し訳なさそうにして答える。


「あ〜、ごめんなさいっ!わかんないです〜。友達に聞いたらわかるかもしれないんですが……」


「そうですか…。すみませんね、急に話しかけて。では私はこれで、ありがとうございました」


そのまま、車に向かって歩いて行き、去っていった。


「なにあれ、気色悪。なんで澪依華のこと知ってんの?なんで澪依華のこと探してんの!?気持ち悪。え、新手のファン?うわ無理。しかもあの作り笑顔が最高にきしょい」


男が去って見えなくなってから堰を切ったように佳澄ちゃんが罵倒し始めた。


「あははっ。なんでだろうねぇ。確かに気持ち悪いねあの人。まあ、なにもされなくて良かったよ」


「いや、そんな良くないんだけど。てか、あの不審者警察に通報する?した方がいいよね? 」


「あーいや、まだいいや。家に帰って調べてみるよ。なんかあるかもしれないし。それに、あんな人に会っちゃったから早く帰ろ。なんかあってからじゃ遅いし」


警察に通報しても無駄だろうし、どうせあの男もこの近くにまだいるんだろうし、佳澄ちゃんに何かあったら嫌だから今日はこの辺で解散しとくか。


「あ、私こっちから帰るね。後とかつけられたら嫌だし」


「そっか。ほんとに気をつけてよ!なんかあったら助けを呼ぶこと! 」


絶対だよ!と念を押すように言ってくる。心配してくれる友人がいる私は幸せ者だ。


「わかってる。心配性だなぁ。じゃあね〜」


「うん。明日ね〜! 」


 しばらく1人で歩いてひと気のない場所で止まる。ふぅ、と一息ついて、

 

「さて」


後ろを振り返ると先程の男。三条の屋敷で私を監視していた男。相変わらずの胡散臭い笑顔を絶やさず、立っていた。


「おや、遅かったですね。誠意が足りないのでは?三条家の実験体の分際で当主様の側近である私を待たせるとは一体どういう了見ですか? 」


「あはは。相変わらずうるさいねぇ。どういう了見かはこっちが知りたいんだけどなぁ。あ、そうだ、さっきは合わせてくれてありがとね。助かったよ。あんたみたいのと知り合いなんて友達が心配するだろうから。で、何の用? 」


こんな男と長話しなんてしたくない。さっさと終わらせて帰る。


「まあ、今日は私は機嫌がいいのでその無礼な口も許してあげましょう。私だってお前なんか好き好んで見たくもないですよ。旦那様から、こちらを預かっておりまして」


差し出してきたのは、白い封筒。少し怖いので受け取らないでおく。


「何?これ。中身が何かわかんないと受け取れないんだけど」


「これはお前と小野寺のお屋敷への招集だ。お前のような実験体がお屋敷に行けるのだぞ。旦那様に感謝しなくてはならない。早く受け取れ」


恐る恐る受け取る。封筒は軽く、中に紙以外は入っていないと思われる。あんま触りたくないな。すぐに秀に見せた方が良さそうだ。


「これだけだよね。もう帰っていいかな」


「とっとと帰れ」


ぽつ、ぽつ、と雨が降ってきたので持っていた傘を開く。踵を返して歩き出して、一言言い忘れていた、と思い出し、振り返る。


「あ、そうだ。作り笑い、もう少し上手くしなよね。気色悪かったよ」


それだけ言ってまた歩き出す。向こうで、


「お前なんかにはこれくらいで十分です! 」


と叫んでいる声が聞こえた。





「ただいま」


ととと…足音が聞こえて、ドアからひょっこり顔を出してくる。


 「あ、おかえり!雨大丈夫だった? 」


「傘持ってたから大丈夫。…夕飯何? 」


 夕飯を作ってもらうのが当たり前になってしまい、少し悪いな、と思うが、帰るのが少し楽しみになっているのはわかる。


「え〜、今日はですね、生姜焼きでーす!お肉が安かったので! 」


嬉しそうに話してくるのがなんだか本物の主婦みたいで可笑しい。


「おお〜。なんかもう本物の主婦じゃん」


「え、えっへへ。褒められた。あ、ご飯終わったら話あるから、リビングにいてね」


褒めたつもりではなかったが、ちょっと照れくさそうにするのを見てると、それならそれでいいか、と思えてきてしまう。



 「で?話しって? 」


 夕飯を終えて片付けがひと段落したところで、話しを切りだす。向かいに座る澪依華は少し言いづらそうにしてはいるが、はあ、と溜息をついて、


「えっとね、今日これをもらったの」


差し出してきたのは白い封筒。しかし宛名と差出人は書いてない。


「誰からもらったの? 」


もらった、とまでは聞いたが、誰からは聞いていない。澪依華は苦い顔をした。


「…三条の側近」


「…は? 」


予想通りで且つ、当たってほしくなかったワードが出た。


「あのねぇ!あいつ、くっっそキモかったんだよ!私今日、佳澄ちゃんと帰ってたんだけどね、向こうから車が来るなーって思ったら近くで止まって、そしたら降りてきたのあいつで!園田澪依華という人を知りませんかって聞いてきたの!てかあいつ私のことわかってるのに!ストーカーしてきたってことだよね!?気持ち悪。佳澄ちゃんにはなんとか誤魔化したんだけど、ほんと最悪! 」


やだやだ、頭を抱えているのを見ていると、本当に嫌だったんだな、とわかる。


「珍しいね、澪依華がそんな嫌がるなんて。…でも、しばらく気にしてた方がいいかもね。何があるかわかんないし。あ、そういえばこれ、何が入ってんの? 」


封筒は軽く振っても何も音がしないので何か変なものが入っている感じではない。では何のためにわざわざこちらまで出向いて澪依華に渡したのか。


「あー、これ招集書だって。三条家に来いって。面倒くさいし、なんかやな感じがするから行きたくないけど」


招集…?一体何のために?ついこの間顔を合わせたし、特に用は無い様に思えた。封筒を開けて、紙を取り出すと、そこに書いてあったのはまさしく招集書で、2人でくるように、と書かれていた。ますます意味がわからない。澪依華に何の用があるのか。まあ、こちらからしてみれば、澪依華が絡むとなると、内部の事象が聞けるかもしれないので、気は進まないが、収穫はあるかもしれない。


日にちは…来週の週末。


「まあ、何が目的かはわからないけど、行ってみる価値はあるかもね。あっちからこんな丁寧に呼び出したんだから、危害を加えるようなことはしないと思うけど」


「えー、行くの〜?あんま気は進まないけど。しょうがない、秀が行くっていうんなら」


少しあちらが何を考えているか見当がついてはいるが。

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