第13話 懐旧談、ニ
それから、一か月経った日だった。家に帰っても、誰もいなかった。21時39分、いつもなら、めぐみは家にいるはずの時間だ。何か、連絡があったわけでもない。何かあったのだろうか。とりあえず、鞄を片付け用としたとき、電話が鳴った。
「もしもし…? 」
『やあ、こんばんは。今日は仕事の用じゃないんだぁ。君に見せたいものがあって。今から、旦那様のお屋敷に来るといいよ。ああ、車は用意させるよ。ふふふっ。ああ、きっと君は驚くだろうなぁ。君の顔を見るのが楽しみだよぅ』
「…めぐみはどこだ。めぐみには手を出さない約束だっただろ」
『そんな怖い声しないでよぅ。心外だなぁ、めぐみちゃんから、僕達に会いに来てくれたんだよぅ』
「…は?…今、なんて言った…? 」
『ええ?めぐみちゃんからこっちに遊びにきてくれたんだよぅ。そんなことよりさ!早くおいでよ!旦那様も待ってるからぁ』
「…ちっ」
ガシャンッと勢いよく受話器を戻す。脱ぎかけていたジャケットをもう一度羽織り、外へ出ると、もう車は止まっていた。全て行動が見通されているようで腹が立つ。
「これはこれは、鴨が葱を背負ってくるよう」
「…早く連れて行けよ。お前らの仕事はそれだろ」
「そう焦らずとも、大丈夫ですよ。旦那様はあなたのことを待っておられる。心配せずとも、ちゃんと、お送り致しますよ」
車に乗って20分。これほど長いと思ったのは初めてだった。
「着きましたよ」
何も言わずに車から降りる。すると、電話の主が出迎えてきた。
「あぁ、会いたかったよ!旦那様がお待ちだ。今日は久しぶりに楽しくなりそうだなぁ。そう思わない? 」
「お前の話しにいちいち付き合ってられない。早くしろ」
「もう、急かすなよぅ。わかったわかった、こっちだよ」
屋敷に入って廊下をずっと歩く。早く、早く、と焦る。そして、いくつ目かのドアの前で止まる。コンコン、とノックすると、
「連れて参りました」
「入るといい」
ドアが開けられ、見えてきたものは、当主と、
…めぐみだった。後ろには当主の側近が控えており、手に持つ銃はめぐみの後頭部に当てられていた。
「…っ。何が目的だ。何がしたい。妹には手を出さない約束だっただろ」
当主はそれを聞いた途端、笑い出した。
「はっはっはっ。何を言い出すかと思えば。なぁに、私たちがお前たち人間以外とした約束なんぞ、守ると思っていたとはな。飛んだ大馬鹿ものだ。それにな、今回はこいつから私たちの方へ来たんだぞ。お前の「仕事」を辞めさせろなんて言い出したんだからな」
どうして、どうして、こいつらに何の得がある?利益どころか、俺たちを飼うための金や仕組むための人件費を考えると、損でしかない。
…ただの娯楽感覚か、いや、実際娯楽だろう。しかし、こいつらの娯楽の為に死ぬわけにはいかない。こんなことの為に大切なものを喪うのは御免だ。
「…お兄ちゃん…ごめんね。また迷惑かけちゃった。…でも、私、お兄ちゃんがこんなこと続けさせられてるのは嫌だよ。もしかしたらって思ったんだけど、そんなことなかったね。所詮、この人たちは情とか、愛とかなんてわかりっこないんだから」
なんで、どうして、気がつかなかった!?あんな話しをしてめぐみが平気でいられるわけないのに!数日間何もなかったから完全に油断してた。手遅れでしかない。最悪の結果は予想ができている。というか、そんなことしか考えられなくなってる自分の思考回路が恐ろしい。
「実験体のくせに飼い主に逆らった罪で、この娘は処分する。よかったな、妹の死に際に会えて。はっはっはっ」
誰が、何に、逆らった…?こいつは、人の命なんぞなんとも思ってない。初代のように。どうしてこんなやつにめぐみは殺されなきゃならない?何も悪いことはしてないのに。そんなのわかるわけないか。めぐみの言う通り、こいつらには情やら愛やらなんてものは理解できないのだから。
「お兄ちゃん、私ね、ここに死ぬ気できたから、割と覚悟は決まってるんだ。だけどね、やっぱりもっといろんなことしたかったな。高校卒業して、大学行って、幼稚園の先生になりたかったの。でね、彼氏つくって、結婚して、結婚式で、ウエディングドレス着たかったなぁ。子供を産んで、育てて、お母さんみたいなお母さんになりたかったな。…でもね、どっちにしろどっちかが死んじゃうんだったら、お兄ちゃんが生き残って欲しかった。だからいいの。…お兄ちゃん、このまま、大学卒業して、ちゃんと仕事について、それから、私のことはちゃんと忘れて、いいお嫁さんを見つけてね。きっと、お兄ちゃんの子供はかわいいんだろうなぁ。あ!そうだ!私がお兄ちゃんにいい人に出会えるように引き合わせてあげるよ!そうすれば、なんの心配もないね。…泣かないでよ。幸せになってね。そうじゃないと、私が死んだ意味無くなっちゃうじゃん。そんなの、許さないからね? 」
守らなくてはと思っていた妹は、いつの間にか大人になっていて、俺のことまで心配するようになっていた。そして、家族の為に、命を懸ている。これは、このことは、それに気がつけなかった自分が悪い。自分で、自分から、不幸になっていっているようなものだ。馬鹿みたいに。
「……わかっ、た。でも、おま、えが、死ぬ…必要は、ないだろう?なんのため、に、今まで、こいつらの、言う、ことを聞いてきたんだよ。お前を生き残させる、為だろ。俺は、お兄ちゃん、は、…めぐみに、幸せになって、欲しかっ…たんだ。なのに、それじゃあ…」
言葉が詰まって出てこない。嗚咽が出そうになるのをあと少しのところで堪えている。本当に泣きたいのは、めぐみのはずだから。
「最後の我儘くらい聞いてよ〜。お兄ちゃんのことが大好きなかわいい妹の頼みだよ?…お願い。お願いします」
カチャリと音がするのは、後ろの男が銃を構え直した音だった。もう、時間はないらしい。
「…はぁあ。わかったよ。ちゃんと守るから。…指切りしよう。信用してない、みたいな目で見ないでくれる? 」
「…約束だよ?絶対だよ?…はい、ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーますっ…ゆーびきったっ!……じゃあね、お兄ちゃん。今までありがとう。大好きだよ。私のこと、やっぱり、忘れないでね」
「ああ。忘れるわけ、ないだろ」
パンッ
後頭部が撃ち抜かれて、こちら側へ倒れ込んできたものは、次第に冷たくなっていった。服や、手に、染み込んでくる赤色を、暫くの間、眺めていた。
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