第12話 懐旧談
「…っていうのが、一族の話。まあ、昔話だよね。で、俺は被験者の末裔。だから俺も被験者ってこと。何か質問は? 」
「…意味、が…わから、ない……理解が、でき、ない。どう…いう、こと?あ、いや……話の内容は、わかったよ。意味、が、わからないの。それは、その運命は、変えられないの? 」
言葉に詰まる、というのはこういうことだろうか。教えられなかったとはいえ、こんなことを背負っているのを知らず、この家でのうのうと生活していた自分に腹が立つ。
「……そうだね…。ほんとに、巻き込んでごめん。ごめんとかでなんとかなるようなことじゃないことは、わかってるんだけど。どう謝っていいのか、わからない」
「別に、それは、いいや。話したくないならいいけどさ、秀の話も聴かせて。さっきの話の内容じゃ、秀も同じような目にあってきたんだろうし。…その…妹さんの、めぐみさん…?のことも知りたいな。私に、似てるんでしょ? 」
「…わかった。話すよ。…うん、そうだね、似てる。いや、似てるってもんじゃない。瓜二つ、生写しみたいだ。めぐみは澪依華みたいに髪は長くないけど。明るい性格で、みんなから好かれてた。生き残るなら、めぐみが生き残ればよかったのに。生きてれば、20か。澪依華とは4歳違うんだな。死んだのは3年前。だからちょうど澪依華と同じくらいの頃なんだよ」
今まで、三条家に与えられた女性を妻にしてきた慣習を破って、母と結婚した父は、その代償としてある「仕事」を与えられた。三条家にとって邪魔な人間を排除、ようは殺す仕事である。そのことを知ったのは両親が死んだ後のことだ。先代たちは、三条家の言うことを言われるがままに受けていた。そして、虎視眈々と、復讐の機会を窺っていたのである。少しずつ情報を集めて、少しずつ気づかれない程度に試していたそうだ。それを破ってしまったのが父だ。幸い、今までの計画は知られることはなかったが、三条家からの警戒を強めたのは否めない。何も知らなかった頃、寝る前に昔話をよくされた。最初はよくわからずに聞いていた。少し意味がわかるようになると、怖い話だな、と思うようになった。しかし、その話の本当の意味がわかったのは、全てが起こった後だった。どうして父は、こんな話を毎日のように聴かせてきたのか、この話のこの独特な、現実味はなんなのか。両親が死んで、当主と初めて会った時、全てを聞かされた。そして、父の業はまだ許されていない、と俺にも同じ「仕事」をするよう命じられた。断れば妹の命はないぞ、と脅された。
「お兄ちゃん、明日は学校一緒に行こ! 」
「うん。わかった。じゃあ、明日は早く起きないとね。宿題早く終わらせて寝ないと」
「やったぁ!明日朝ごはんなにがいい? 」
しかし、そんなことがめぐみに知られるわけにはいかない。
15歳の頃から「仕事」をするようになった。最初は吐き気が止まらなかった。毎日のようにうなされ、恐怖心でおかしくなりそうだった。それを見ためぐみは、心配してきたが、知られてはならないと、何もなかったかのように取り繕うことを考えるようになると、そのことで頭がいっぱいになり、表情に出なくなり、喋ることも少なくなった。もっとも、表情に出なくなったのは、恐怖心だけでなかったために、友人ができなくなってしまった。それでも、めぐみが幸せに生きていてくれるならば、自分が犠牲になればいいと本気で思っていた。
そんな生活が6年続いたある日、夜、「仕事」を終えて、家に帰ると、めぐみが起きていた。「仕事」を終えた後は、三条家に一旦寄るので、全身血まみれだとかそんなことはないのだが、それでも、勘が鋭かった。
「あれ、どうしたの、お兄ちゃん」
「ちょっと、眠れなかったから、歩いてきたんだ。…めぐみこそ、まだ起きてたのか」
「うん、勉強してて。お兄ちゃんが外出たの気づかなかったなぁ。…ふぁわぁ…。眠い…。もう寝よ。お兄ちゃんも、ほらほら」
そう言って背中を押して、部屋へ押し込まれそうになった時、ぴたり、と動きが止まった。
「ねぇ、なんか、鉄みたいな匂いしない?なんて言うか、血?みたいな。…お兄ちゃん、なんかあった? 」
「いや?なんだろ、公園寄ってきたから、ブランコのチェーンの匂いかもね」
めぐみは、納得いかないようだった。
「ふぅん。…ねぇ、やっぱ、違うでしょ。…ずっと、隠してきたこと、ない?私に」
「ん?なにそれ。どうしたの急に。なんもないでしょ。そんな疑われるような変なことしてたかなぁ。それだったらごめん」
「違う。あるでしょ、なんか。だってさ、お兄ちゃん、ずっと変だもん。あんまり喋らなくなっちゃったし、笑わなくなっちゃった。何か考えてるみたいに、ぼーっとすること多くなったし。ここ最近のことじゃないよ。私が小学生の頃から。ねぇ、もしかして、あの人たちに脅されてるの?ねぇ、何で言ってくれなかったの?言えないほど辛いことなの?ねぇ、黙ってないで喋ってよ。ねぇ!お兄ちゃん! 」
最後の方は殆ど怒るように、捲し立てた。それでも、感情的になってはいけない。今までの努力が水の泡だ。
「…なにが。別に、言わなくったっていいでしょ。やってること全部言わなきゃ何ないの?だって、めぐみにだってあるでしょ。俺に言いたくないことだって」
「あるよ。あるけど!でも!だって今、嘘ついた時のお兄ちゃんの顔、凄く辛そうだったんだもん。いやだよ、お兄ちゃんがそんな顔してるの。だって、たった1人の家族だよ。そんな辛いこと、抱え込んで欲しくないよ。ごめんね、頼りない妹で。お兄ちゃんがしっかりしてるから、ずっと甘えてたんだ。ごめんね。だけど、もう、お兄ちゃんに頼りっぱなしにはできないから、辛いことなら私に話してよ。あの人たちが私たちに何をしたかなんて、私たちにしかわからないんだから」
…流石に、ここまでバレてしまっているのに、しらを切るのは苦しい。でも、話をまとめる為に少し時間が欲しい。それに、今日は疲れた。
「…そうかもね。でも、話すのは明日にしよう。今日はもう遅いし、俺も疲れた。明日は休みだから。ちょうどいいでしょ。でも、めぐみは頼りなくなんかないよ。めぐみがいたから、ここまでやってこれたんだから。ね?大丈夫。泣かないでよ」
めぐみの目からぽろぽろと溢れている涙はどういう感情なのだろうか。
「…ほんとに明日話してね。約束だよ。…指切りしよっ! 」
と、小指を目の前に突き出してきた。
「え、指切り?そんなに信用ならない? 」
「うん!はい、ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーますっ!ゆーびきったっ!…あ、ほんとに針のますからね?家の中の針全部集めとくね」
「はいはい。わかったよ。おやすみ」
「うん!おやすみなさい」
「ふぅ…。多分、これを聞いたらめぐみは、俺のこと嫌いになるんじゃないかな。でも、話すって言っちゃったから」
一晩中考えた結果、全て話すことにした。どうせ、隠しても、バレるのだろうから、いっそのこと、今全て言ってしまえばいい、と思ったからだ。
「大丈夫。どんな話でも、お兄ちゃんは私のたった1人の家族だから、嫌いになんて絶対ならないよ。だから、安心して話して」
…人を殺す仕事をさせられていることも、それを断れば今の生活はなくなるということも。終始震えが止まらなかった。あれだけ何年もかけて、感情を表に出さないようにしてきたのに。それはめぐみを前にしては無理だった。あんなことを言ったって、やっていることがやっていることだから、拒絶されるんじゃないか、軽蔑されるんじゃないか、と思った。
しかし、全て話し終えた後、ゆっくり顔を上げためぐみが発したのは、拒絶でも軽蔑でもなかった。今日こそ、泣かなかったが、俯いて、服を手で握りしめていた。
「…ごめん…ごめんね…ずっと1人にしてごめんね。これじゃあ、お兄ちゃんが今まで話さなかったのは、私のせいだね。ごめんね、お兄ちゃん。今まで、私を守ってくれて、ありがとう。これからは、私が、お兄ちゃんを守るね。話してくれて、ありがとう。大丈夫。嫌いになんかならないよ。今までも、これからも、お兄ちゃんのことは、大好きだよ」
……どうして、この子はこんなにも優しいのだろうか。こんな子が不幸になる運命を背負っているなんて、誰が思うだろう。なんとしても、生き残らせなくては、と思った。
それでも、運命とは残酷なもので、俺の意とは反して事態は動いていくのだった。
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