第7話

あれから戸籍が無い人でも学校に行けるのかについて、3人で調べてみた。どうやら小学校、中学校は、戸籍が無い子供でも通えるらしい。しかし肝心の高校については、どうも情報が曖昧で確証のある答えが出てこない。”戸籍のない人は高校には通えない”

だの、”戸籍がなくても、高校との間で話し合って理解を得れば通える”だのと色々な説が出回っていて、どれが正解なのか分からないのである。


「うーん…私はあんまりパソコン詳しくないからねぇ…お手上げだわ。」


「残念ながら俺も全く分からない。パソコンの事はお前に任せた。」


「えー…私も一般的なレベルでいじれるだけで、別に得意では無いんだけどなあ」


そう言いながら紗奈はマウスのカーソルを動かす。得意ではないにしろ、下界歴1ヶ月の永魔よりはましだろう。


「んー、やっぱりこれが正しいって言える様な記事は無いけど、行けるって言ってる記事の方が多いわね。一応学校に確認入れとく?」


「そうね。学校に連絡入れときましょうか。」


そう言って、真理愛は受話器をとった。ダイヤルを押して数秒すると、受話器の向こうからかすかに声が聞こえてきた。


「あ、いつもお世話になっております。天導紗奈の母でございます。この度は一つ相談がございましてー、ええ、できれば校長先生とお話しさせていただければ。」


真理愛は、永魔の学校への編入を検討していることを、学校側の校長に話し始めた。何を話していたのかわからないが、


「はい、えぇ、はい。ああ、ちょーっと待ってください。」


と、相槌を打ちながら、そそくさと廊下に出て行ってしまった。何か聞かれたくないことでもあるのだろうか。永魔は扉一つを挟んだ先で、真理愛がどんな話をしているのか気になって、扉に近づき聞き耳を立てた。するとー、


「ーーええ、相当過酷な家庭環境だった様で、彼の心の傷は相当深いものだと思います。」


そう聞こえてきて、永魔は”ああ、また気を使わせてしまった。”と思った。過去の話を永魔に聞こえない様に、わざわざ廊下に移動してからしてくれたのだ。永魔は涙ぐみながらも引き続き話を聞いた。


「はい。家庭内暴力も相当酷かった様で、私たちが見つけたたときは、体中傷だらけでした。きっと普段から家族から暴力を受けてたんだと思います。本人も話したがらないの詳しいことはよく分からないのですが、育児放棄されていたのではないかと思います。うちで初めてご飯食べさせた時なんか、こんな美味しいご飯食べたことがないって言いながら食べてて。はい。なんてことない普通の病院食ですよ?味噌汁に、焼き鮭に、白ごはん、和え物とお漬物。味も抑えてあるし、特別な素材を使ってるわけでもないです。それを美味しい、美味しいって食べてたんです。あんなに質素な料理が、人生で一番美味しいだなんて…考えられないです。学校も満足にいかせてもらえてない様で…あの子が今までどんな酷い目にあって来たかなんて、想像するのも億劫になります…」


うわずった声で、泣きそうになりながら真理愛はそう話していた。


うん?あれ、………全然違うんだが。これ、俺の話?

真理愛さん、俺が兄貴から一方的に暴力を受けたのは、あれが初めてです…

育児放棄もクソもありません、物心ついた時から兄貴と地獄で2人きりです…

ご飯が美味しく感じたのも、地獄で不味いもんばっか食ってたせいです…

学校行ったことないのも、ただ地獄に学校ないだけです…


今気づいたが、俺めちゃくちゃ誤解されてる⁉︎

あれ、確かに今まで話した内容と、下界の環境に合わせて、常識的に考えてみれば…うん、虐待を受けていたと誤解されて当然だ。


「何か…いい気分しねえなあ…」


永魔が嘘をついた訳でもないし、真理愛も常識的な考えに基づいて話しているだけだ。しかし、全く見当違いの自分の境遇に同情し、涙を流す真理愛と、その誤った情報を聞かされている校長先生が、何だかとても不憫に思えた。



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やがて、通話を終えた真理愛がリビングに戻ってきた。受話器を置いて、満面の笑顔で、ーー


「永魔ちゃん、校長先生との話し合いの結果なんと…無事に4月から学校に通わせていただくことができる様になりました!!しかも特別に無受験で!!」


ガラスが割れそうな程甲高い声を張り上げて、目にも止まらぬ速さで両手を叩き合わせた。


「わぁー!!よかったじゃないの永魔ー!」


と、紗奈も笑顔で拍手をしだした。

おそらく校長先生もまともに学校に行ったことが無いと言う話を聞いて、同情してくださったのだろう。編入試験を受けずとも学校に入れたのは、きっとそう言うことだ。

…やっぱり何だか複雑だ。まあ、何はともあれ学校に行って紗奈のパシリになる目的は、達成できそうだ。この2人以外の人間とも親交を深めたい。

永魔がそんなことを考えていると、


「永魔、学校に入れたのはいいけど、あんた勉強についていけるの?普段話してる感じから地頭は良さそうだけど、小学校も中学校も行ったことないんでしょ?私、勉強教えれるわよ?」


と、横から紗奈が問いかけた。


「…多分ほとんど何もできないと思う。教えてくれるなら勉強教えてくれ。周りに置いてけぼりになるのは嫌だ。」


「うん、分かったわ。それじゃあ今日からみっちり勉強しなきゃあね。分からないところがあったら、何でも聞いていいからね。」


「うん。これから勉強の面倒よろしく。」


1ヶ月以上に及ぶ、永魔の勉強デイズが始まったーー、



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



地獄を離れて下界に現れた殺は、現在韓国にいた。


「ったく、あのジジイ…イギリスなんかに飛ばしやがって。ここまでくるのにどんだけかかったと思ってんだよ…チッ…しかもここにもあいつはいないのかよ。よりによって一番遠い国に居やがったのか。」


愚痴りながらも、殺はフラフラと夜空に羽ばたいた。


「はーあぁ、翼出すの疲れるんだよなあ。まあいい。どうせもうすぐあいつには会えるんだ。占い師によればあいつがいる可能性が高い国は、イギリス、ドイツ、韓国。そして最後に…、日本だ。」


そう言いながら殺は不敵な笑みを浮かべた。














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