第6話

今読み返すと5話のヒロイン、ママじゃねえかw


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



食事中に大号泣し、聖母真里愛様のお膝でおねんねしてからさらに二週間が経った。怪我の経過は極めて良好で、先週の検査では、肋骨と腕の骨折はほぼ完治していた。唯一、まだくっつききっていなかった大腿骨も、昨日の検査で問題なしと判断され、ギプスを外すこととなった。当初は全治二ヶ月程度と診断していた紗奈も、


「まさかこんなに早く治ると思ってなかったわ…大腿骨の骨折って治るのに三ヶ月かかってもおかしくないのに…あんたの体どうなってんの?」


と言いながら、若干引いていた。そんなこと言われても、治ってしまったものは仕方がないだろう。何も悪い事をしていないのに、相手から奇異の目で見られるのは少し凹む。

しかし、今まであまり大きな怪我をしたことがなかった永魔にとっても、この回復速度は予想外だった。体の中に半分人間ではない血が混ざっていることが関係しているのだろうか…もしかしたら兄貴や地獄の死神たちも、再生能力が高かったりするのだろうか。地獄を離れた今となっては、それを確かめる術もないが。


         ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


昼食を食べ終えた永魔は、治療期間中に衰えた筋肉を取り戻すためのトレーニングを行なっていた。すると、永魔の横でその様子を見守っていた紗奈が、突然口を開いた。


「ねえ、永魔、学校に行ってみる気はない?」


「え?」


永魔はプランクの体勢を崩して、滴る汗を拭いながら、紗奈に問い返した。


「なんでいきなりそんな事聞くんだ?確かお前との約束では、俺はこの診療所で借金返し終わるまで手伝いをするって話じゃなかったっけ?いいのか?」


「いやあ、それはそうなんだけどね。この前のご飯のことがあってから、お母さんと私で話し合ったのよ。過酷な家庭環境で育ったあんたには、心の傷を癒してくれる、信頼できる仲間や友達が私たちの他にも必要なんじゃないかってね。診療所のお手伝いは、別に学校から帰ってきた時とか手が空いてる時だけでいいし。」


話を聞きながら、永魔は少し渋い顔をした。


「…まあそうかもしれないけど。俺はお前と真理愛さんがいれば、大抵のことは平気だよ。この間のことでも、お前たちのおかげで随分心が軽くなったんだ。別に外で無理に友達作ることないだろ?」


永魔はなぜか乗り気では無い様だ。何か理由があってのことなのだろうか。

もしかしたら永魔には、以前の悪夢の他にもトラウマがあったりするのかもしれない。”乗り気じゃ無いのは何か理由があるの?”なんて聞くのはいくらなんでも無神経だろう。そう思い、紗奈は学校に通うことによって生じる利益を永魔に伝えることにした。


「もちろんそれだけじゃないわよ。あと一年ちょっとして、あんたが500万返し終わって、晴れて自由の身になった時。自分で自立して1人で生活していくことになった時。頼れる人が周りに誰もいなかったら、人との付き合いが上手にできなかったら、どうなるか…言わなくても大体分かるわよね…?そういう社会の常識を身につけるためにも、学校に行く気はないのかって聞いてるの。」



「…俺は別に外に出たいとは思ってないよ。俺の目的は、お前に一生をかけてでも恩を返すことだからな。お前のためだけにこれから生きていく覚悟だってできてる。それって外に出なくてもできることだろう?」


永魔のその言葉を聞いて、紗奈はギョッと驚いた様な顔をしてから、そっぽを向いた。心なしか長い髪の間から覗く耳が、いつもより赤い気がした。


「…永魔…それってどういう意味で言ってるの?…」


「どういう意味も何も、そのままの意味だが…?俺は何か変なこといったか…?」




「(いきなりそんな恥ずかしいこと言わないでよ///ビックリしたじゃない!!)…んもう!なんでもないわ!そんなに私に恩返ししたいなら勝手にすればいいけど!ずっと家に篭ってばっかりいるより、学校に通って私と一緒にいる時間が増えれば、私に恩を返せる機会が増えるんじゃないの!?」


たしかに、それは一理ある。紗奈と一緒に学校に行けば、紗奈の身の回りの雑用や、紗奈に降りかかる問題も、手助けして役に立つことができる。こうなったら選択肢は一つである。


「…紗奈、俺決めた。お前と一緒に俺、学校に行くことにする!」


「うん…わかった!お母さーん!永魔が学校に通いたいって!永魔、詳しいことはまた後で3人で話すからね!手続きとかの心配は要らないから、私たちに任せて!」


そう言いながら嬉しそうにスキップして、紗奈は廊下を駆けていった。俺の将来のことまで真剣に考えてくれて、一緒に学校に通うと言うとこんなにも喜んでくれる。本当にこの子はなんて優しいのだろうか。全く底が知れない。


実を言うと、永魔も紗奈と真理愛以外の人間に、多少なりとも興味はあったし、紗奈が楽しそうに学校に通う姿を見て、いつか俺も行ってみたいなぁと思っていた。だが、学校にはたくさんの人間が集まると知って、自分の周りを取り囲む死神たちの姿を思い出してしまったのだ。

突然日常が崩れ落ち、周りに味方がいなくなるトラウマはそう簡単に克服できるものではなく、永魔の心に二の足を踏ませた。しかし、信頼できる恩人と一緒にいれるなら永魔も心強い。

大人数に慣れるには時間がかかるかもしれないが、紗奈と一緒に学校に通えるなら、何があっても大丈夫な気がした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「さあ、永魔ちゃん。学校にあとでちゃんと話はつけとくわ。永魔ちゃんの戸籍情報の手続きと、編入試験の結果次第で、高校に通えるわよ。」


「………。あー、…。」

デジャブだ…。永魔が下界に来た当初も、確かこんなことがあった。

地獄に学校という教育機関はなかったが、永魔は下界から大昔に持ち込まれた古本を読むことが好きで、大体の文字を読むことができるので国語力は高い。しかし、あくまで国語だけである。そのほかの知識は小学生程度か、それ以下だ。さらに加えて…


「……すいません…俺、戸籍持って無いんですけど…」



永魔の夢の学園生活編は、開始する前に詰んだ。


































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る