第4話

永魔はひとまず命を落とすことなく、無事に最初の朝を迎えることが出来た。厳密に言うと3日目なのだが、丸二日意識を失っていた永魔にとっては、今回が初めての朝のようなものである。地獄にはなかった朝日が窓から差し込み、永魔の頬を照らした。しばらく窓の方を眺めて呆けていると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。永魔が返事をすると、紗奈が部屋の中に入ってきた。

「あ、起きた?朝ごはんできたから持ってきたよ。食欲ちゃんとある?食べれそう?」

 

「食べる。なんかすっげぇ腹減った。」

 

「ああ、そう言えば昨日永魔が食べた物ってリンゴ1個だけだもんね。怪我した人ってしばらく食欲を訴えないことも多いけど、食欲があるなら経過良好ね。」

 

そう言って紗奈は、白いトレーに乗った朝食を、永魔のベッドの横にあるテーブルの上に置いた。

 

「多かったら残してもいいからね。あと後で大事な話があるから、どこにも行かずにこの部屋で待ってて。間違ってもそのボロボロの体を動かして怪我を悪化させないように!!」

 

「あ、は…はい…ところで、大事な話ってなんだ?」

 

「ふふん、それはあとのお楽しみ!!」

 

紗奈は足早に部屋を出ていってしまった。

 

「なんだ大事な話って。まあ…紗奈の事だし、悪いことではないだろ。」

 

いただきます、と手を合わせ、永魔は配膳された朝食を摂り始めた。

昨日のリンゴでも永魔にとっては十ニ分に美味しかったが、やはり手の込んだちゃんとした料理は格段に美味しかった。まだ扱い慣れないお箸のせいで食べるのにかなり時間がかかってしまった。まだ完全に体が回復しきっていないからか、そこまで多くなかった料理でも永魔の腹は満たされた。焼き鮭と味噌汁は、今まで永魔の食べたものの中でダントツの美味しさだった。

食事を終えて15分ほど経つと、コンコンと紗奈が扉を叩く音が聞こえた。

 

「永魔ぁー入るよー。さっき言ってた大事な話しにきたー。」

 

「あ、はぁい。入ってきて。」

 

扉を開けて、紗奈が入ってきた。紗奈の後ろにもう1人、美しい女性がいた。紗奈にそっくりだが、紗奈より少し年上に見えた。

永魔は恐る恐るそに女性に話しかけた。

 

「あ…どうも、紗奈の…お姉さん?」

 

その言葉を聞いて、女性は目をパチパチと瞬いた。紗奈の方はというとまた必死に口元を手で押さえて、笑いを堪えている。

 

「…ねえ紗奈…この子…」

 

女性は永魔を見下ろしながら、冷たい声でそう言った。

 

!?な、何か俺は失礼を働いたのか!?明らかに侮蔑の視線を感じる…!!永魔のほおを冷や汗がスーッと伝った。

 

「なんっていい子なのおお!!こんなおばさんのことをお姉さんだなんて‥!!もうっ、お世辞が上手いんだからぁ」

 

女性が突然はしゃぎ出し、永魔に抱きついて頬擦りを始めた。

 

「?????んへ??」

 

急に知り合ったばかりの女性に抱きつかれて、永魔の頭の中は疑問符に埋め尽くされた。

 

「ぶあっひゃはああああ!ぎゃあははははああ」

 

永魔の混乱する姿を見て、ついに我慢ができなくなった紗奈は大声を上げて笑い出した。

それを聞いて女性が紗奈に向かって指を差し、

 

「紗奈…前からいつ注意しようかと思ってたけど、その笑い方汚いからやめた方がいいわよ…」

 

「え…ガチ?そんなに私の笑い方…変…?」

 

「変ね。夜の森の中で聞こえて来たら失禁する程度には。」

 

紗奈が何かに縋るような目で、永魔の目をじっと見つめて来た。永魔は目を逸らした。

全てを悟った紗奈は、間抜けなため息をつき、赤面しながらガクッと膝から崩れ落ちた。

 

今まで気づいてなかったのか…ご愁傷様…。

 

「さて、あの子の笑い方今はなんてどうでもいいのよ。たしか、永魔君だった?」

 

「あぁ、はい…故神永魔です。あのー、貴女は…」

 

「私は天導真理愛、紗奈の”母親”です。」

 

「えぇっ母親!?若っか!!どう見ても姉妹にしか見えない!!」

 

紗奈と10歳違いくらいだと思っていたら、まさかの母親だった。

 

「〜〜〜っっ!!もぉ〜叔母さんそんなこと言われたら、照れちゃうじゃないの〜!!」

 

そう言いながら永魔の背中をバシバシ叩いてくる。肋骨おれてるのにしばいてくる。痛い。

 

「叔母さんねぇ、紗奈が君のこと住み込みで働かせるって言うから、まずどんな人なのか見せてもらおうって思ってたわけよ。もし紗奈の優しさにかこつけて、ただでここに住み着くような子だったら断ってやろうと思ってた。うん、でももういいわ永魔くん。いや、永魔ちゃん!!貴方がウチに滞在することを許可します。」

 

「あ、ありがとうございます!これから先もよろしくお願いします!」

 

いや、誰だって貴方みたいな美人が出て来たら褒めちぎると思うんですが…もしかしてこの人すごくちょろいのでは…?今まで色んな人に気付かない間に騙されてそうだ…。少し不安になるところだが、ともかく紗奈の親にも許可を取ることができた。これからは俺はここで暮らすのだ。本当にありがたいことだ。今までの紗奈の尽力に感謝しなければいけない。

 

「紗奈、お前が俺のために力を尽くしてくれたおかげで俺は野垂れ死しなくて済んだんだ…!本当にありがとう!」

 

永魔が感涙を流し、そう言いながら紗奈のいた方向を向くと、まだ紗奈が恥ずかしそうに蹲っていた。

 

「紗奈…そんなに恥ずかしがらなくても良いよ。笑い方がちょっと豪快なだけで俺はお前の良いところを他にもたくさん知ってるんだ。」

 

「………うぅぅぅうううう!!」

 

紗奈が泣き出した。

永魔は慌ててさらにこう言った。

 

「!?おぉお、お前のためにできることなら俺なんだってやってあげるかるから!!そんなに泣かないでくれよ…!」

 

「…なさい」

 

「ん?なんて?」

 

「私の笑い声を忘れなさああああああい!!!!!!!!!!」

 

「ええええ!?それは無理だ!!あんな印象的な笑い方を忘れるなんて…」

 

「うわああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

この日から紗奈は、笑い方を矯正しようとし出した。

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