第3話
3話
働けない一文無しは、地面に額をこすりつけていた。
いきなり地獄から下界に来て、死にそうなところを助けてもらった上に、腹を満たしてくれた相手に恩を返すどころか、通常渡すべき対価を持ち合わせていなかったのだ。それは義理堅い性格の永魔にとって、自分から大穴を掘って頭から飛び込みたいほど恥ずかしいことだった。
「一生のお願いです。今すぐここを出ていきます、必ずいつか代金はお支払いしますので、今回ばかりは少し待っていただけないでしょうか…」
いつもなら相手との間に距離を生んでしまうと思い、絶対に使わないと決めていた敬語を使って五体投地で地面に這いつくばっているのは、永魔の最上級の謝罪表現である。
永魔が切実に懇願しながら顔をあげると、そこには腹の立つ笑みを浮かべた彼女がいた。その顔を見た永魔の感謝の気持ちが少し薄れた。きっとまた笑いを堪えているのだろう。時々唇を尖らせてブッと変な息を漏らしている。しかし、堪えきれなくなったのか、堰を切ったように笑いだした。笑い上戸なのだろうか…
「ブフッはははは!さっき畏まらなくていいって言ったばっかりなのにもう忘れてるw」
女子があげたとは思えない豪快な笑い声をあげると、彼女は地べたに這いつくばっている永魔に起きるように言った。
「最初から払えるなんて思ってなかったわよ。なんせボロボロの身なりで行き倒れてたんだからね。私達家族はね、この家で診療所を営んでるの。普段なら大したことないんだけど、最近流行ってきた感染症の影響で結構忙しくてね…猫の手も借りたいって感じだったわ。」
彼女は永魔に向けてビシッと指を差した。
「そんな忙しい時にちょうどやってきた都合のいい働き手があんたよ♪」
「…え…お、俺病気を診たりとかできないぜ?医学なんて習ったこともないし、下手すりゃあかえって症状を悪化させちまう!…」
「大丈夫よ。ちゃんと作業の仕方も教えるし、簡単な役回りばっかりしてもらうから。え〜と…あんたの怪我が完治するのが二ヶ月だとして、毎日3食と治療費代…それに加えて美人女子高生が看病してあげる代でーー、締めて500万円ね」
「…?…俺はあんまり相場とか分かんねえけど、それの内訳はどんなもんなんだ?」
「ご飯と治療代で30万、私の看病代で470万ね。ついでに言うと一般家庭の年収は450万円くらい。」
「めちゃくちゃ法外な値段じゃねえかコノヤロウ!!ーー、痛っ!?」
「あ〜あ、ほら無理して動こうとするから傷が痛むのよ。怪我が治るまで大人しくしときなさ〜いw」
チクショウ…この女顔がいいからって調子に乗るなよ…散々俺のことこき使いやがるつもりだな!!永魔はこの性悪女に大恩があるのが、段々と嫌になってきた。
「まあ、そう言うことだからきっちり500万円分働いてもらうわよ!!毎日きちんと働いたら一日につき一万円返済したってことにするから。分かったなら返事しなさい!!」
「っぐ…は、はい…」
「はいよろしい、じゃああんたの治療が済んだら次の日から住み込みで仕事ね。ええっと…あっ。そう言えばまだあんたの名前知らないわね。身分証的なものはおろか財布すらも持ってなかったし。私は天導紗奈。あんたは?」
「俺は故神永魔だ。…一応…これからも、お世話になります…。」
渋柿を口に入れたような顔でそう呟いた永魔の顔に、ツボった紗奈の笑い声が診療所の中を木霊した。
ひとしきり笑ったあと、紗奈が部屋を出て行った。永魔は紗奈の行動を不服に思い、しばらくぶつくさと文句を言っていた。しかし、あとになってよく考えてみると、行く当てもなく、一文なしの永魔に気を遣って、1年間定住できる場所を与えてくれたのだと気づいた。また彼女に恩を…これだけ沢山の恩を受けると一生をかけても返しきれる気がしない。永魔はこの日、たとえ何があっても彼女のために一生を尽くすことに決めた。これからの俺の人生は、あの子が幸せに過ごすために使おうと。
ーーー地獄ーーーー
地獄では故神永魔が突如失踪したことで、大混乱が起きていた。
兄弟喧嘩終盤にトドメとして故神殺が振り下ろした一撃。
その殺の拳の先に居るはずの永魔が、いきなり消えてしまったのだ。
地獄中を捜索しても、永魔は見つからず仕舞いだった。
もちろんこの件で疑われるのは殺だ。
この大問題の責任を取るべきだとして、彼は死神達によって裁判にかけられることになった。
「…‥…とんだ失態だな。故神殺よ。……よもや、血が繋がった兄弟だからと言って、弟に情けを掛けて姿を眩ませたのではあるまいな?…」
「そのような事実はございません。弟など家畜同然の存在です。あのような者に情けを掛け、裁判で処刑されるなど私の本意ではありません。弟のために命を懸ける位ならば、私は間違いなく自死を選びます。」
「…ふむ、そこまで言うのなら貴様に非は無いのであろう。しかし、まだ貴様に対して疑いの目を向けるものも少なくない。先程言ったように、弟に慈悲をかけたのでは…とな。そこでその疑いを払拭するために、故神永魔の身柄を捉えてくるが良い。さすれば今回の騒動もおさまり、貴様に対する疑いの目もなくなるであろう。良いな?」
「承知いたしました。必ずや成し遂げて見せます。」
殺は永魔を捜索すべく、地獄を後にしたーー、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます