Episode 5-1 ぎこちないのが良くないですか

 「ごめん、待ったでしょ」


 というセリフが言いたかったので、電車の中でシミュレーションしていた。ちなみに自分の方が早く着いた時には「今来たところ」と返す予定だった。遅刻を前提として行動していたわけではないことは分かってほしい。2つのセリフは安い映画の見過ぎかもしれないし、そうじゃなくともテンプレが頭に入りすぎている。5分前に駅に着く。冬香は改札を出た所にある柱の下にいた。だから初めのような言葉が出た。


 「少しだけね」

 「タッチの差だったわけだ。でも次は私が勝つ」

 「何も競ってないんだから。でも、そうやってやっていったら、最終的にどれくらいの時間に着くようになるかな」


 冬香はレースを基調にしたレモンイエローのワンピースを着ていた。黒いチェルシーブーツのヒールは3cm。白く小さなハンドバッグにはスマホ、二つ折りの財布、パスモの他には何も入らないように見える。


 私はTシャツにオーバーサイズのジーンズ、麻布あさぬのの斜めかけ鞄を肩にかけ、黒のラインが入ったスニーカーを履いていた。伸びて首下でハネるようになったので、髪は下の位置で一つにまとめていた。今すぐにでもほどいてしまいたかったが、髪質が硬いために跡が残り、ますます見苦しくなることが目に見えていた。


 2人で並ぶと、数年ぶりにあった友達のようだった。



 駅を出てすぐにあるサイダースタンドでイチゴ味のサイダーを注文する。本日の目的地は桜木町の中でも最大規模のショッピングモールだ。橋を渡った場所にあり、10分ほど歩かなくてはいけなかった。暑さを紛らわす為にサイダーを片手に橋を渡ることにしたのだった。


 空は曇っていて蒸し暑さを助長する。ギリギリ雨が降らずに済んでいる位の重たい雲だ。天気予報によると、今日は一日中、この位の中途半端な天気が続くらしい。せめてあと何分かは持ってくれと願う。



 「桜木町に来たら炭酸の入ったものを飲まなきゃいけないとなぜか思うんだ」

 「なにそれ。誰かに言われたの?」

 「そういうのはないけど。桜木町の雰囲気に強制されているんだ」

 「聞いたことないし、強制された気持ちになったこともないな。ソラ、そういう謎ルール多くない?」

 「考えてみればそうかもしれない。だから変わってる、って時々言われるのかも。でも、ルールを決めなくちゃ、選択の時に迷ってしまう」

 「確かにそれは間違いない。そのルール選択の基準が、世間一般より少し傾いているから『謎』という感想に繋がったのかもしれないわ。問題は深刻ではないと思う。多分ピアスも謎ルールのひとつよ。ピアスだって、学校の中で見れば異端だけれど、社会全体で見れば、そういう人間はそれなりにいるはずだわ。そういえば、海行った時から新しく空けたりした?」

 「いや、」

 「それならよかった」


 橋の上を銀色のキャビンが通り過ぎていく。戦隊ヒーローの装甲のような輝きで、重量感がある。キャビンを支える太いチューブが切れ、本体が落ちてきたら、橋は一発で粉々になるかもしれない。特撮の戦闘シーンを思い浮かべる。手が鋏のようになっている怪人が、チューブを切っていく。中に人の入っているキャビンが海に落ちる。重たいキャビンは、二度と持ち上がってこないかもしれない。ヒーローにある程度の余裕があれば救ってもらえるだろう。しかし猫の手も借りたいくらい忙しい時はどうだろうか。キャビンには当然、脱出装置が備え付けられているのだろう。しかしそれを使ったとて、脱出しても鋏怪人と大型ロボットは戦いの真っ最中だ。巻き込まれる可能性は大いにある。


 そう考えるとキャビンには乗りたくないな、と思うのだが、キャビンはかなり埋まっていた。誰も鋏怪人のことなんか考えてはいないようだった。



 道には大人のカップルも多い。しかし、彼らよりは小学生や中学生の姿が目立つ。4、5人で横並びになって歩くからかもしれない。腕も足も艶めいていて奔放だ。横浜も違う色と形に見えているに違いない。数年前には自分もあの集団に混ざっていたのだと思うと、今持っている物事よりも、取り戻せない物事を数える方が簡単である、という事実が腑に落ちた。



 ショッピングモールにおいて、冬香と自分の興味は全く嚙み合わなかった。私が好きと言ったものに対し、冬香はなぜそれが苦手であるのかをを淀みなく説明することができた。しかしそれは嫌味な言い方ではなかった。冬香がチェックのミニスカートに目を輝かせている間、私はその店のふわふわした雰囲気に恐れ慄いていた。しかしその店は、一度見てみたいと思っていた場所でもあった。本当は、お揃いの物を買えたらいいね、という話もあったが、結局共通して買うものは無かった。


 噛み合う友達を探すことよりも、噛み合わないけど一緒にいる友達の方が、余程貴重で、面白いような気がした。誰もが祝福するようなテンプレートな幸せが自分にもあるような感じがした。



 ショッピングモールを出てすぐには遊園地がある。観覧車が有名で、横浜のシンボルとして捉えられることもある。


 「ここの観覧車、一回乗るだけですごくお金を持って行かれるんだ。去年のマラソン大会の時にクラスのカップルが行こうとしてたんだけど、高くて諦めたらしい」

 「最初で最後だと思えば案外値段なんて気にならないものよ。私は乗ったことないわ、最後のつもりで乗らない?」

 「しょうがないな」


 何をするにも若さを免罪符にしている。では若さを失った時、行動への意欲も消失してしまうのだろうか。きっとそうに違いない。


 日が傾いてライトがついたことによってはじめて、冬香の使っているアイシャドウが、普段使いのとは違うものであると気付いた。いつもよりラメが大きく、範囲も広い。目を瞑ると鱗粉が舞うようだった。


(5-2に続く)

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