Episode 3 そんな2人が羨ましい

 うちの学校の軽音部は、適度に緩い音楽系の部活としてちょうどいい。真剣にメジャーデビューを目指す人がかつてはいたらしい。が、私の代にはいない。下の代にも上の代にもいない。つまり、真剣に音楽に取り組む誇り高き我が軽音部、というものはとうに過去の遺物になってしまった、ということだ。


 我が軽音部では、音楽がなんとか形になっていれば「良いバンド」として取り扱われる。ここで、「良いバンド」とはなんぞや、という話はある。ミスがなければいい、というのは意外に難しい目標だ。そこで適正な目標は、最後まで曲を崩壊させることなく叩き切ることになる。曲が途中で止まってしまいさえしなければ、ランドセルの妖精がはなまるをつけてくれるだろう。そんな活力のない目標を掲げた軽音部のライブは「無難」という言葉がお似合いだ。老人たちが好んで得たがるような、「若さの輝き」はない。


 私の担当はドラムなので、家にはららぽーとの楽器屋で買った電子ドラムがある。ライブの時に学校まで持っていくわけはないが、練習用として家に置かれている。『新入生、最初はコレ!』のタグが付いていた商品だ。親と一緒に買いに来て車に乗せて帰った。店を出てから駐車場に行くまでの間が一番恥ずかしかった。どう見ても高校生になって初めて楽器を買ってもらう、ライブ好きな女の子だった。日曜日で人が多かったのが恥ずかしさを助長する。幼稚園年長位の女の子はまっすぐ自分の方を見ていた。段ボールの中には何が入っているの。そう聞かれたら逃げ出してしまったかもしれない。その時にはまだ、ピアスを一つも開けていなかった。


 ドラムは最低でも一日30分叩くようにしている。基礎練と曲練を1日おきにする。毎日叩いているとはいえ、所詮30分だ。大して上達しない。ライブ直前になると曲練の比率が高まる。30分じゃ済まなくなることもある。しかし原則30分だ。学術的根拠に基づくものではなく、最初に決めたから、というだけで継続している習慣だ。生活は習慣で出来ているため、叩くことは全く苦ではない。ライブの直前に一日中頑張るのは難しい。というか、なんにつけ頑張ること自体が困難だ。毎日少しずつ進む方が性に合っている。


 音楽系の機材の中で、唯一こだわりがあるのはヘッドホンだ。大切なのは没入感である。音と自分しか世界になければ、自分が世界で一番不幸であるという顔を堂々とできるような気がする。



 土曜日の快活な朝だというのにも関わらず、企画バンド男はめげずにLINEを送ってきていた。


 『澤部のドラムが欲しいんよ』

 『学校でまた話するから』

 『今忙しい?』

 『返信遅くない?』

 『ごめん、怒ってる?』

 『今日部活来る?』


 全て未読無視し、部長に欠席連絡を入れた。企画バンド男はミュートした。そのおかげで週末は平穏が訪れた。時々通知がないにも関わらず、アプリの右上の数字が大きくなっていることに気づいたが、心は凪いだままだった。




 とはいえ、問題を後ろに向かって放り投げただけという説もある。その週は月曜日がいつにもまして憂鬱だった。冬香と話していると案の定、企画バンド男が教室に乗り込んできた。


 「澤部!なんで土曜の部活来なかったんだよ」

 「用事あったから」

 「忙しいっていったって、ライブでるの2つだけだろ?澤部なら余裕だって!」

 「余裕かどうか決めるのは私。それに野口の方に余裕がないでしょ。今回何バンドででるの」

 「5。澤部に入ってもらうバンドも足したら6」

 「その5バンドをちゃんと頑張った方がいいでしょ。しかもまだ入るなんて言ってない」

 「まだってことは、入る準備ができ次第入ってくれる?」

 「入らない!」


 企画バンド男の名前は野口という。野口を蹴散らし、背中を押して教室から追い出す。教室のドアを閉めて席に戻ってくると、冬香が口を押えて笑っていた。


 「すごく仲良いね。楽しそう」

 「そんなことないよ」

 「いいなぁ、私もノグチ君みたいにソラと喋りたい」

 

 もう一度「そんなことないよ」って言ってやろうとした。が、言葉は出てこなかった。冬香の目がキラキラしていたのがその原因だった。


 「野口はバカなの。冬香はあいつほどバカじゃないでしょ。だからこんなバカな会話は実現しないの」


 それを聞いて冬香は堪え切れずまた笑った。

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