第5話 もうバレた

「ティオ・ファリス、こちらへ」


「はっ!」


 ティオは、アラガド・バローグに呼ばれ、堂々とした佇まいで、獣人たちの中を進んでいった。


 獣人たちは相変わらず、ティオを蔑視べっしし、


「何で人間が……」


「どうせ反則技でも使ったんだろ」


「王に菌が感染うつり、亡くならないといいが……」


 あることないことを誹謗ひぼうされた。ティオは、周りの獣人たちは気にも止めずに、まっすぐアラガドを見据えながら、思った。


(そんな菌は体内にいないし、もし菌がいてそれであの人を討てるなら、苦労はしない!)


 と。


 そして、その憎しみの相手、アラガドの前にやってきた。


「我が城を案内しよう」


「はっ! ありがとうございます!」


 背を向けたアラガドのたてがみは、ふわふわで風になびいていた。彼のたてがみを見て、ティオは、


(綿菓子みたいだな……)


 と、乙女的なことを思ってしまい、また首を横に勢いよく振り、自分は男だと言い聞かせていた。








 レオルト王城、城内。


 城の中は外観と同じく、要塞そのものだった。

 長い石のアーチが続き、所々にある小部屋には、この城の歴史を物語る写真や、砲弾や大砲、武器の貯蔵庫などがあった。

 道は一本道だが小部屋が多く、アラガドの案内がなければ、迷子になっていただろう。


 物珍しそうにティオが各部屋を眺めていると、通路の行止いきどまりでアラガドが立ち止まった。


「左側が大浴場だ、長旅、そして、先程の試合で疲れただろう。獣人ばかりで気まずいだろうが、疲れと汗を流してくるといい」


「……いいえ」


 ティオには、入れないわけがあった。


 獣人ばかりだからではない、女だからだ。

 裸を見られ、性別がバレ、騒ぎになり追い出されるかもしれない。それだけならまだいいが、もし欲情した獣人に襲われたら、人間の女であるティオは敵わない。

 だからティオは、


「私の、人間の菌が入浴したことで広まり、感染したら申し訳ないので、お気持ちだけありかだく頂戴します」


 獣人たちに伝わる、良からぬ人間の噂を理由にして上手く断った。


「そう、か。そう、だな」


 アラガドは残念そうに一瞬だけ眉が下がったが、すぐに引き締まった表情になり、何度か頷いた。


「ならば、好きな時にシャワー室を使うとよい。あそこならすぐに排水溝に流れ、菌が広まることはあるまい」


「ありがとうございます」


「城は広い。詳しい案内は明日にしよう。今日はゆっくり休め。お前の部屋は俺の隣だ」


「はっ? はっ、ありがとうございます」


 ティオは一瞬、「何で?」という気持ちが声に出てしまったが、逆らってはいけないと、丁寧に頭を下げた。








 深夜。


 夜行性の獣人も寝静まった頃、ティオは大浴場に着ていた。

 脱衣場の籠の全てに衣服が入っていないのを確認し、浴場近くの端で軽装具などを脱ぎ始めた。


「何があっても、すぐ着て逃げれるようにしておかないとね」


 そうして、全て脱ぐと、浴場のドアを開けた。

 ドアの先は、


「……広いぜ」


 これまた広かった。


 そして、シャワーやバスチェア、浴槽や頭髪洗剤が、


「……でかいぜ」


 獣人サイズのものしかなく、人間のティオには大きかった。

 シャワーヘッドはティオの頭くらいあり、一流しで全て済みそうなほど。バスチェアはティオの臀部でんぶ四つ分はあり、彼女なら手前に座らないと、足が伸びた状態になりそうなほど。頭髪洗剤のボトルは、彼女の国のニリットル果汁入り飲料ぐらいあった。


「みんな、規格以上だぜ……」


 呆気あっけに取られながらも、大理石の浴槽に近づくと、湯口ゆぐちは、


「あの人の趣味なのかな」


 庭園の噴水みたく、大理石でできた獅子の口から湯が出ていた。


「ふふっ、あの人の口から出ているみたい」


 立派なたてがみの獅子の湯口ゆぐちに、アラガドを思い浮かべて笑っていると、


「なっ、何でお前がいる!」


 聞き覚えのある低い声がした。ティオが振り向くと、


「えっ、王?」


 全裸のアラガドが立っていた。


「はっ? え、し、しかもお前! 女だったのか!」


 女性らしい丸みを帯びた体のフォルム。小さいとはいえ、柔らかそうな胸の膨らみ。そして、ついていると思っていた、あるはずである、ティオにはない男性器。

 それらを全て確認したアラガドは、赤面した。

 

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