かくして幽霊部員はここにありっ!

このしろ

第1話 それは世界一怖い頼み事

 とある山の麓。

 ここに至って平穏な高校があった。

 晴天のもと、あちこちから生徒の声が聞こえる。

 三階校舎、二年B組と書かれた教室にて、柊音羽は向かいに座っている八島梨花の弁当箱から卵焼きをつまんで幸せそうな顔をしていた。

「あっ! 私の卵焼き食べたでしょ!」

 梨花が席に戻り昼食を取ろうとしたところで異変に気付く。

「ふぇ、ふぇつに食べてないよ?」

「はぁ……」

「交換。私の唐揚げあげる」

 ひょいと弁当に載せられた唐揚げを見て、梨花は再度ため息をついた。

 調子抜けしそうな音羽の態度は昔から変わらない。

 幼馴染として、幼稚園の頃からこんな音羽の様子を見てきた梨花にとっては今のようなやりとりなんて日常茶飯事だ。

 学校に行こうとして鞄ごと忘れたり、野良犬を追いかけていたらそのまま山の方まで行って迷子になったり、お化け屋敷のなかで怖がっている梨花の肩を借りて寝ていたりと、天然と言うか、ある種の恐怖すら感じえる音羽の行動だって、十年近く一緒にいれば、慣れるものかもしれない……。

 昔から生真面目で、勉強ばかりしてきた梨花にとって、音羽は対を成すような性格。

 だからこそ一緒に居られるのかもしれない。

 しかし当の梨花にとって、なぜ音羽が自分と同じ高校に入れたのか……その疑問は未だに払拭できていなかった。

 決して勉強が得意とは言い難い音羽がなぜ、勤勉な梨花と同じ高校に入れたのか……。

 もちろん梨花だって妥協した覚えはない。

 入試の時は本気で挑んだし、幼馴染とはいえ、音羽に合わせたつもりもない。

 だとすれば音羽が勉強したということ以外にあり得ないのだが……。

「もしかして、賄賂」

「ワイロはだめだよ~」

 むにゃむにゃとパンを頬張りながら音羽が言う。

「今更だけど、音羽って勉強できるの?」

「国語は得意だよ」

 任せてと言わんばかりに腕を上げる音羽。

 そこまで言うなら試しに何か問題でも出して……。

「じゃあ、賄賂って書ける?」

「簡単だよ。こうでしょ」

 ノートの端くれに書かれたのは、

「和色……」

「どお? 合ってるでしょ」

「縁起は良さそうだけど……」

 ドヤ顔を向けられて、梨花は何も言えなくなってしまった。

 いや、日々切羽詰まっている梨花にとって音羽のような子が傍にいた方がいいのかもしれない。

 それに今日はこんな話をするためにここへ来たのではないから……。

「あのさ、もしこの学校に幽霊がいるって言ったら音羽はどうする?」

「幽霊⁉」

「し、静かに!」

 慌てて音羽の口を抑える。

「あくまで噂だから。それに幽霊なんて実在するわけないでしょ!」

「じゃあなんでそんな話持ち出すの?」

「それは、その~」

 実はこの学校の一室で、幽霊の目撃情報を聞きつけたのはつい先日の話。

 あまり噂は広まっていないが、一部の教師と生徒からそんなような話が梨花の耳に飛び込んできた。

「トイレの花子さんかなぁ。でも幽霊がどうしたの?」

 勤勉で優秀、影ながらに生徒会長も務める梨花に頼まれごとが降りかかるのは想定内のことだし、これまでに何度もあった事なのだが……。

 いかんせん、怪現象を扱うなどいくら頭の回る梨花とは言え予想外のことだった。

 渋っている梨花の表情をみた音羽はなんとなく察しがついたようで……。

「つまり、その幽霊さんとお友達になろうってことだね!」

「追い払ってくれってことよ!」

 なんでお友達なのよと叫びそうになるも何とか堪える。

「二階の被服室で目撃情報があったの」

「ワクワクの予感がするね!」

「事件の予感がするの! なんであんたは嬉しそうなのよ」

 とにかく、と梨花は続ける。

「私、幽霊とかそういうの……無理、だから」

「えー、大人気ないなぁ梨花ちゃんは」

「うっ」

 普段ならどっちがとツッコむ場面なのだが、今日ばかりは何も言えなかった。

 それもそのはず……。

「音羽には悪いんだけど、その、こればかりは一緒に手伝ってくれない?」

「幽霊さんとお友達になることをだね。もちろんいいよ」

「だから追っ払うことだって言ってるのよ!」

 そもそも幽霊だって噂の限りだし、もっと得体の知れない何かかもしれない。

 ほら。例えば地球外生命体とか、化学が生み出した化け物とか……。

 とにかく、そんなものと仲良くなる気は梨花に微塵もない。

 生徒会長として情けなく思いつつも気の進まない梨花を前に、音羽は空になった弁当箱を仕舞って立ち上がった。

「そうと決まれば、会いに行かなくちゃね!」

「え、今から行くの?」

「当たり前じゃん」

「ちょっと、まだ心の準備ができて……って、音羽!」

 腕を掴まれ教室を飛び出す音羽に、泣く泣くついて行くしかない梨花だった。

 

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