第1話『産むな』


 五年くらい前かな?幼馴染のAってやつが妊娠したんですよ。

 Aはそりゃぁ喜んでましてね。旦那さんもいい人でしたから、いい家庭を築けそうだってみんな言ってましたよ。

 ただね、3、4ヶ月頃だったかにエコー検査で障がいがあるかもしれないって言われた。Aは全然気にしてませんでしたけどね、ご両親が慌てちゃって。

 すぐもっと精密な出生前診断を受けさせられたみたいで……結果、染色体に異常があるって、まぁ詳しい話は覚えちゃいないんですが……わかったらしくてね。

 それで、まぁ堕した方がいいんじゃないかみたいなことを結構言われたみたいで。特にお父さんは酷かったらしいですよ。「お前育てられるのか」とか「生まれてくる子だって可哀想じゃないか」みたいなね?ライン越えですよ完全に。なんか学術書まで持ち出して、しつこく産まないように言ってきたらしい。

 旦那と二人がかりで説得したらしいんですが、どうにもなんなくて、冷戦状態みたいな感じのまま妊娠は9ヶ月目を迎えたんですって。

 で、その頃からねぇ、Aが妙な夢を見るようになったらしいんですよ。

 Aは古い座敷みたいな部屋の中にいて、布団の上に寝かされている。

 腹が割れるように痛くて、泣き叫ぼうとするんだけど身動きが取れない。泣いても叫んでも自分しかいない。

 股の間から血がダラダラ溢れ出し始めて、ゴポっ、という音とともに──

 泥の塊みたいな赤ん坊が生まれるんです。

 目も鼻も口も見えなくて、全身赤と黄色の粘液塗れの……言っちゃアレですけど聞いてるこっちがおっかなくなるような姿の赤ん坊。

 そいつはAの太ももに手をかけると、体を上ってきて、顔の前にやってくる。

 そして酷くしわがれた声で言うんです。

「産むな、産むな」って。

 最初はAもストレスで変な夢を見るんだと思っていたんですが……それが毎日続く。

 毎日毎日、ドロドロの赤ん坊が生まれてはしゃがれた声で「産むな、産むな」って言ってくる夢を見続けるんです。当然ですけど……気も滅入りますよ。口数も少なくなって、痛ましい感じでした。

「ほんとに……産まない方がこの子のためなのかなぁ……」なんて泣きながら言い出すこともあって……産休入ってからは職場のみんなで見舞いに行ったりもしましたけど、ふと泣き出して腹をさすり出すんです。会いたいのになぁ……って言いながら。

 それで入院してからも……相変わらず同じ夢を見た。いや、同じと言うかいっそう酷くすらなっていたらしいですよ。夢の中の痛みも、滴る粘液の量も、産むなという声の切実さも。

 でね、Aのやつ、ある晩ふと思ったんですって。

「撫でてあげなきゃ」って。

 俺からするとよく出来るなって思っちゃいますけど、夢の中のAはそのドロドロの赤ん坊の顔をそっと撫でた。すると粘液が剥がれて、中に顔が見えたんです。

 それは、お父さんの顔でした。

 顔をしわくちゃにして、忌々しそうに、泣きそうに「産むな……産むな……」って繰り返す。

 Aが思わず払いのけると、勢いよく畳に鼻を打ちつけた「それ」は悲しそうにAを見つめて……そこで夢が覚めた。

 翌日、母親から電話が来て、「お父さんがいきなり鼻血を出した」って言われたそうです。

 幸い大したことではなかったんですが……まるで床に打ちつけたような感じだったらしいですよ。

 その後は特に変な夢を見るようなこともなくなったそうです。

 あ、Aの子どもですか?元気な子が生まれたそうですよ。小さい頃はやっぱり色々苦労したらしいですけど……一回会った時、Aもその子も毎日すごく楽しいって言ってたんで……なんか、何があっても大丈夫な気がしますよ。

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