第9話『ぶぶおじちゃん』
僕の10年来の友達にHってやつがいるんですけど、そいつと一緒に体験した話です。
Hは小学4年生の頃に僕の学校に転校してきたんですけど、それまでは関西の方に住んでいたらしいんですよ。ゆってもお母さんがもともと東京の人らしくて、話し方とかは半分標準語でしたね。
言動がヤンチャっぽい割にインドア気質で、好きな本の話題ですぐ意気投合しましたよ。
両親が転勤族で、何回も引っ越ししてたらしくて、全部関西でしたけどいろんな話をしてくれましたよ。
マジでノリツッコミしてくるおっちゃんがたくさんいる話とか、通学路で鹿が死んでた話とか、まぁ盛ってるんでしょうけど面白かったですね。
で、ある時Hのやつが、「この町にはぶぶおじちゃんおらんのん?」って聞いてきたんです。
「なぁに?ぶぶおじちゃんって」
「ん?電柱とかにたまにおらん?ぶぶ、ぶぶって言っとるおじちゃん」
Hがいうには、今まで引っ越してきた街にはどこにでもその「ぶぶおじちゃん」ってのがいたらしいんです。
微妙に見た目は違うけどみんな三、四十代の男の人で、唇を閉じたまま息を吐いてこう……ぶぶ、ぶぶって音を出すんですって。
「挨拶すると次の曲がり角まで付きまとわれるから、無視するんだ。可哀想だけど」
Hの話をそのまま受け取るなら……まぁどこの街にでもいるようなへんな変な大人の一人なんでしょうけれど、こうも行動が一致してるのは流石に妙だと思いました。
「うちの街にはいないよ、そんなやつ」
いないで欲しいって気持ちもあってその時はまぁ、そう言ったんですけど……しばらくしてHが「この街にもぶぶおじちゃんおったよ」って言い出したんです。
僕がどこにいんだよっていうと、駄菓子屋の自販機の隣におるよ、って。
それでHに連れられて駄菓子屋に行くと……本当にいたんです。
見た目は……まぁ普通のおじさんでした。白髪混じりの髪の毛がぺしゃっと頭に張り付いてて、無精髭が生えたおじさんです。でもずっと唇を噛みながら、頬を膨らませてぶぶ、ぶぶって。
なんというか、怖いというよりただただ嫌でした。目はうつろで、手もだらんとしていて、なんだか死んでるみたいだった。なのに口だけぶぶ、ぶぶって。
「行こうよ、なんか怖い」
僕はHにそう言いました。Hもそうだねって言ってすぐにそこを離れようとしたんですけど、なんかね?妙なんですよ。
ぶぶおじちゃん、そのおじさんはただ空気を吐いてるだけのはずなのに、口から何かが出てきてるのが見えたんです。
唾とかではないっぽくて、気になって目を凝らしました。
それは、足でした。
細い虫の足が、おじさんの口から出てきて、また引っ込んでいます。それも一本二本じゃなくて何本も。よく見ると口だけじゃない。眼球の下や、鼻の穴からも、足が出たり入ったりを繰り返していました。
Hと別れて、家についてからもあの時のことが忘れられなくて、しばらくは物陰にぶぶおじちゃんがいないか不安でしたよ。
それからしばらくして、Hがまた引っ越していくことになります。
悲しかったですね。その頃にはすっかり僕たちは親友になっていたので。でもまぁ笑って見送りましたよ。湿っぽいのはやですからね。
それからしばらくして、電話で約束してHの引っ越し先の街に電車で行ってみました。駅前でHが迎えてくれたんですけど……ぶんぶん手を振るアイツの肩越しから見えちゃったんですよね、だらっと腕を垂らしたおじさん。
その後もHが引っ越すたびに遊びに行きましたけど、毎回見かけました。顔は違いましたけど、みんな同じ姿勢で、近づくとぶぶ、ぶぶって。
あれ多分、ずっとHについてきてるんでしょうね。
いつかHを、助けたいなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます