第8話『ワークシート』

 私は中学で歴史の教員をしているんですけどもね、今のふたつ前に勤めていた学校で妙な体験をしたんですよ。

 たしか二学期だったかな?期末テストの範囲の内容が少し早く終わってしまったんです。テスト前の1時間だけ授業が余ってしまって、まぁ自習にしても良かったんですが少しつまらないでしょう?それで、私の趣味の地獄絵の授業をしたんですわ。

 地獄絵はいいですよ。実に面白い。大学でもね、卒論は地獄絵で書きましたよ。

 多様な拷問、鬼や罪人の表情はもちろんその時代時代で刑罰が微妙に変わっていたり、描き方が違ったり、私が一番好きなのは江戸時代に描かれたとされる作者不詳の……いや、脱線してしまいますね。

 まぁそんな地獄絵の話をテレビの特集を流したり、私自身の研究した内容を話したりして、最後生徒にワークシートを書かせたんです。

 おや、学生の方々がうへって顔をしてますね。  

 まぁ面倒くさいし仕方ないですが、これがまた生徒の着眼点や学びへの姿勢が垣間見得て教員としてはすごく大事なんですよ。

 いや本当に、私の趣味にただ付き合わせてるわけじゃぁないんですって。

 たとえば「怖かった」みたいな小学生レベルの感想を書くやつもいれば、「私が小さな頃、おばあちゃんに連れられて地獄絵を見たことがある意味あの時はよくわからなかったけれど、授業の内容を聞いて地獄絵が作られた理由や、描いた人たちの気持ちがわかって勉強になった」みたいな力作を書いてくれるやつまで色々です。

 せっかくだしテストにもボーナス問題で出そうかな〜、ってのは冗談ですけれど。

 で、まぁ生徒も描いてくれたし私もちゃんと全部読んでコメントしていくわけなんですけどね?妙なことが書かれたワークシートが一枚ある。

 組も番号も書いてなくて、名前だけ……ひらがなの殴り書きでした。Gくんってことにしときましょうか?

 で、内容はと言うと……「たのしくないところがちょっとちがったけどおにさんのかおがにていてすごかった むかしのひとだからちがうのかとおもた」って。

 で、私は最初はいたずらかなって思ったんですけど、ふと思い出したんです。

 そういえば、前に同じ名前の子が学校で亡くなったなって。そうなんです。授業参観の時に親御さんと一緒に来ていた小学校低学年の男の子が、ふと目を話した隙に階段から……。その子の名前もGくんでした。 

 私は咄嗟に手を合わせました。ほら、現世の人間が一心に祈れば極楽に行けるって言うじゃないですか。それで、Gくんの家の宗派は知りませんけどうちが日蓮宗だったんで南無妙法蓮華経南無阿弥陀仏……って。

 ワークシートは親御さんに返すのも酷だと思ってファイルの中にしまっておきました。

 それからはしばらく何もなかったんですが……私が転任する時に、生徒から寄せ書きをもらったんです。その中に一つ、ひらがなの一文が書いてあって….それの内容がね「おじさんのせいでつまんないです」って。

 なんか、かえって悪いことしちゃったのかなぁ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る