第4話『あの子』

 んだよ、又聞きばっかりだな。これは俺の体験談だ。

 俺の元女房……まぁDってことにしとくか、Dは俺と結婚してた頃、それはそれはいやったらしい女でな。嫉妬深いし、自信がねぇし、そのくせ怒りっぽいし、まぁイヤんなって離婚したよ。

 でな、その離婚話をしてる時のことだったんだが……Dが急に「あの子はどうすんのよ」って言い出したのよ。俺は最初意味がわかんなくて「はぁ?」とか言っちまったんだけど、「あの子はあの子でしょ」って。

 よくよく聞いてみると、「あの子」ってのは俺たちの間に生まれた子どものことらしい。ただな、いねぇんだよそんなもん。俺はまぁいわゆる不能でよ、結婚するときに子どもは諦めるって約束もしたんだわな。なのにDは「あの子、今学校に行ってるけど」とか「あの子が起きちゃうでしょ」とかいうようになって……。

 まぁ、いわゆる精神の……あれだ、まぁ下手な言葉は選べねぇが不安定な感じだったんだろうな。でさ、精神病院行け、ってキツく言うのもまじぃかなって思って、とにかく「いない」ってことを理解させようとしたんだが……「嘘!あんたが隠しているだけじゃない!」とか言って聞く耳持たないわけ。 

 だからもうしょうがねぇなって仕事の合間にカウンセリングとか色々調べて勧めてみたんだけど、全拒否だよ。車で無理矢理連れてこうものなら暴れるしさぁ。「あの子を置いていけない!」じゃねぇのよ。「置いていく」んじゃなくって「いねぇ」の。

で、結局Dは「あの子を返して」って言って泣き崩れちまってな。

 冬の寒い日だったよ。車の前でDは、俺の着せた上着を投げ出しておいおい泣いていた。

 それ見てたら俺もだんだん腹が立ってきてよぉ。まぁ今思うと、不安定な状態の人間相手に絶対ありえない対応ではあったんだが、その時はカッときちまって「俺だって限界なんだよ!そんなにいうならあの子ってのを見せてくれよ!!」って怒鳴りつけたの。

 したらDのやつ、急に笑って「良いよぉ」って言い出しやがった。

 それで一旦二人で家に帰って、寝室に行ったんだよ。Dがベッドの下をガサゴソ漁って、なんかお菓子の缶箱?みてぇなもんを取り出してきた。ビーズとかでデコレーションされててよ、マジックペンで「たからもの」って書いてあんの。小学生の女の子がつくりそうなその箱のセンスと、それを持ってる髪もボサボサで30過ぎのDのギャップが、まぁ年齢差別ってやつなんだろうけど生理的にどうにもキツくて、妙に切なかったよ。Dの手が震えててな、箱の中からトプトプ水っぽい音がする。そっとDが蓋を開けたら、そこには黄色っぽい水に浸かった「何かの胎児」みたいなものが入ってた。大きさは直径5センチくらいかな?しおしおになった花なんかと一緒にぷかぷか浮かんでて、足のあたりが黒ずんでいる。

「これが、あ、あの子……」ってDが言った。

 俺は咄嗟に両手を自分の口に当てた。そうしないとゲロ吐きそうでさ。

 なんかさ、吐くのは絶対違う気がしたんだよな。どんなに悍ましくても、わけわかんなくても。

「ごめんね、私、こんなに弱くて、こんなに醜くて」

 Dはそういって箱の蓋を閉じると「別れよっか」って笑った。さっきの笑顔とは違う、綺麗な笑顔だったよ。

 そっからは、俺ももう「あの子」を「いる」体で話を進めた。「親権は譲るし養育費も払う」ってことで話はついて、まぁDは「養育費はいいよ」って言ってたけど、「いる」ことにした以上は父親としてな?

 んでようやく別れることができたよ。そのあとは特にモメることもなかったな。Dの新しい住居も少し時間はかかったけど無事見つかって、その一ヶ月後には引っ越すことになった。

 最後の晩は少しだけ寂しくて、今日で最後ってのもあって久しぶりに和やかに食卓を囲んだな。「あの子」もテーブルに置いてさ、テレビを見て、くだらねぇ話して、それから眠って、次の日の朝イチで引っ越していった。

 「あの子」がどうなったのかは知らん。Dが今どうしてるかも知らない。でもまぁ、Dが幸せになってくれたらいいなとは思ってるよ。

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