ending 君がいる世界
「やっと、君を助けられた」
夕焼けに染まる鉄橋の上で川を見ながら僕はそう呟く。
「なーに言ってるの」
いつのまにかか隣に立っていた来未がいたずらっぽく話しかける
「来未…聞いてたの?」
「聞いてたよ。こんなに近くに寄っていたのに気づかないなんて私泣いちゃうぞ?」
「ごめんって…」
少し笑いながら言葉を返す。
「まぁ良いけど。」
彼女は僕と肩をくっつけた。二人で川を見つめる。
「本当に…ありがとね」
「いや、ああ言ったけど実際僕は何にもしてないし…」
この世界の来未の悩みは単純なものだった。周りからの期待に応えるのが疲れたというありふれた悩み。
だが、その悩みの重さなんて本人にしかわからない。他人の測量で決められるものではない。
「そんなことないよ。実際私は君の言葉に救われた。もっと誇っていいんだよ」
「そうかな…へへっ」
未だになれない下手糞な笑顔をする僕。ふと、ポケットに入れていたペンダントを取り出す。
無理やりに開いたペンダント。その中には彼女の本心が入っていた。
周りの期待に応えていくにつれて、本当の自分が分からなくなっていった事、一人でいた僕に近寄ったのは自分が誰にでも優しい人を演じていたからだという事、僕と隣にいるときは楽しい時間を過ごせていたという事。
そして、本当は僕に助けを求めていたという事。
彼女は最初っから決してあかない鍵の奥で、叫んでいたんだ。それに僕は気づかなかっただけの話だった。本当に自分が情けなくなる。
「これのおかげだよ。ごめんね気づかなくて」
僕は、彼女にペンダントを見せる。
「…何それ?」
「えっ…?」
どういう事だ?彼女がこのペンダントを知らない?そんなはずはない。だってここに書いてあったのを見たから僕は彼女を助けられたんだ。
まさか…僕は案内人の言葉を思い出す。
『こちらは貴方が元居た世界と限りなく近い世界でございます』
限りなく近い…つまりは全く同じではないという事だ。
この世界の来未は、元の世界の来未と同じ悩みを持っていた。しかし、ペンダントに本音を入れて僕に送ったのは、元の世界の方。この世界の来未ではない。
ペンダントのおかげだとしても、結局、僕は別の世界の来未を助けたに過ぎない。その事実が僕に重くのしかかった。
「どうしたの?」
彼女が不思議そうに僕を見つめる。思い出の中の顔とまったく同じ顔。
世界をやり直せたわけじゃない。ただ似ている世界の来未を救っただけ。
でも、それでいいじゃないか。
「ううん、何でもない」
僕は大きく腕を振りかぶって、手に持っていたペンダントを川へと放り投げた。
「ちょっと!?よくわかんなかったけど、大切なものだったんじゃないの!?」
「いいんだ。もう、あれは役目を果たしたんだから」
いくら悔やんだって、ペンダントをくれた君はもう帰ってこない。それならもうあのペンダントは必要ない。
君の言葉で、君を救う事は出来なかったけど、この世界の来未を救うことが出来た。それだけで十分だ。
「役目って…いったいなんだったのあれ?」
「君とずっと一緒にいられますようにって言うおまじないみたいなものかな?」
「ふーん。…そっか。なら」
そう言って彼女は僕の腕をつかんで引っ張る。
「うわあっ!?どうしたの急に!?」
「そのおまじない絶対叶えてよね!いい?」
少しむすっとした表情で彼女はそう言った。
「うん、もちろんだよ」
「ならよし!じゃあ帰ろうか」
僕の手を引いて彼女は走り出す。体制を崩しながらも、つられて僕も走る。
僕はこの世界で生きることを決めた。ペンダントの思い出が無くても、君と同じ悩みを持った時枝来未を救えたのだから。
元の世界の君に伝わるように、走りながら僕は小さく呟いた。
「ありがとう…ごめんね」
僕はこの世界で生きていく。
僕は君のいない現実より、君のいる世界を選ぶ 逃亡者S @syanaryu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます