チュートリアル 別世界移住サービス案内
「んん…」
憂鬱な気分で目が覚める。ベットで寝ていたはずなのに背中が痛い。
体を起こし、辺りを見回すと真っ暗な空間に大きく円を囲むように炎が灯っている不思議な空間だった。
「ここは、どこ?」
「ここは、受付です。」
見知らぬ場所に困惑している僕の後ろから声が響く。その方向には、メイド服を着た背の高い女性が立っていた。
「ひっ…」
見知らぬ人が現れ、思わず後ずさりをする。しかし、直ぐに見えない壁に阻まれてしまう。
僕は、諦めて目の前の女性を観察する。
ニュースやアニメでよく見るような短いスカートではなく、ひらひらとしたものではなく、少し落ち着いた印象を受ける服装。
背は高く、整った顔立ちだが、氷のように冷たい表情をした女性は続けて言った。
「ここは今いる世界からの逃走を望む人が訪れる場所。あなたが望むのはどんな世界でしょうか」
「望む世界?何の事?」
「申した通りでございます。お客様の望む世界をどうぞ申し付けください」
世界からの逃走?望む世界?どういう事だ?置かれた状況を飲み込めない。僕はしばらくの間呆然としていた。
「ふむ、もう少し説明が必要でしたか」
僕の心を見透かしたように女性が話した。
「私たちは、別世界への移住を手助けするサービスを行っております。」
「別世界?」
「あなたがいた世界とは別の世界でございます」
「そんなものがあるの?」
「少なくとも、あなたがいた世界では測ることが出来ないほど存在いたします」
別の世界。ゲームやアニメの中の存在だけだと思っていたが、本当に存在するのかは疑問だったが、僕が今いるこの真っ暗な空間が説得力を持たせていた。
僕はさらに疑問を投げかける。
「なんで、僕がこのサービスを?」
「はい、ここに招かれるのは、今いる世界に絶望した者、生まれる世界が間違ったと感じた者、はたまた世界全てが敵になった者。千様はその条件にあてはまっていましたのでここに呼ばれた次第でございます。」
「僕の名前…」
「私達案内人は、お客様の個人情報を全て網羅しておりますので」
女性…案内人と名乗った彼女の口元が少し緩む。もてあそばれているかのような感覚に少し恐怖を覚えた。
「…本当にどんな世界でも行けるんですか?」
「はい。どんなものでも、お客様の要望に沿った世界を提供いたします」
「なら…」
別世界だなんて半信半疑だが、元の世界なんかに未練なんて無い。そして、本当にどんな世界でも行けるのなら、僕が望むのは1つだけだ。
「僕は、時枝来未が生きている世界に行きたいです」
僕の生きる理由。それは別の世界にでも変わらない。僕の全てだったといっても過言ではない人。彼女がいない世界は全部前の世界と一緒だ。
でも、彼女は既に故人だ。それでも僕の望む世界があるというなら見せて見ろ。
「かしこまりました。ただ今世界を検索いたします」
そう言って案内人は、どこからか取り出した分厚い本をぱらぱらと捲る。
「なっ…!?」
まさか、本当に?来未が生きている世界が?嘘だ。来未は死んだんだ。自分の目でちゃんとそれは確認した。
しばらくして案内人が口を開く。
「見つかりました。こちらはいかがでしょう」
案内人の女性が指を鳴らすと、その隣に木製の扉が現れた。
「こちらはスクルドと呼ばれる世界。あなた達の言葉で言うならば、剣と魔法の世界といったところでしょうか」
「は?」
どういう事だ?剣と魔法?僕はそんなファンタジーな世界にいたわけじゃない。明らかに僕が望んでいるのと違うじゃないか。
「ま、まってくれよ。そんな世界に来未がいるわけないじゃないか。」
「いいえ、こちらの世界には、確かに時枝来未様がいらっしゃいます」
淡々と案内人はそう告げる。自分に間違いはないと言っているかのようだった。
「…本当に来未がいるんですか?」
「信じられないなら確かめてみればよろしいかと。そうですね、あなた方の時間で1週間程お試しが可能です。」
「向こうの世界での僕と来未の関係はどうなっているんだ?」
たとえ来未に会えたとしても、僕の知っている来未じゃないのは嫌だ。彼女に拒絶でもされたら、僕は自ら命を絶つ自信がある。
「はい。通常、向こうの世界では適当な設定がお客様にに付与されます。今回の場合少なくとも時枝未来様と接点が持てるよう調整いたします。」
その言葉を聞いて安心した。少なくとも向こうで来未に会って「誰ですか?」とかは言われないという事だろう。
「分かりました。行きます。」
「かしこまりました。では、こちらへ。」
案内人が扉を開く。扉の先からは暗闇を照らすように光が漏れ出ていた。
「ああ、最後に、もしこの世界が気に入って、移住を決めたのなら。料金としてそちらのペンダントを頂戴いたします。」
「なっ!?」
来未との思い出のペンダント。それを渡せだって?そんなの無理に決まってる。これを無くしたらそれこそ来未との関係が何一つ消え失せてしまう。
「まぁ、あなたが移住を決めるまでは私は何もいたしません。」
「そうですか…良かった。」
ホッと息を漏らし、僕は、扉の前へと立つ。
この先に本当に来未が?いや、いたとしても別人だろう。きっと僕の心は安らがないと思う。
それでも、もし、本当に彼女がいるなら…僕は藁にも縋る思いで扉をくぐる。
「行ってらっしゃいませお客様。どうかあなたにとってよい世界でありますように。」
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