僕は君のいない現実より、君のいる世界を選ぶ
逃亡者S
プロローグ 君のいなくなった世界
家に帰ってきた僕は、そのままベットへと倒れ込む。今日はもう、何もしたくない。
今日の昼前、まだベッドの上で寝ていた僕の元にかかってきた電話。その内容は僕の彼女だった時枝 来未(ときえだ くるみ)の訃報だった。
信じられなかった。昨日までいつもと変わらない笑顔を学校で見せていたのに。
急いで連絡を受けた病院に駆けつけると、そこには病院のベットの上で静かに横になっていた来未とその傍には医者らしき男性が椅子に座っていた。
『鍵宮千(かぎみや せん)君だね?』
医者らしき人物が僕に尋ねる。
『は、はい』
てっきり家族や友人がいるものだと思っていた僕は、不振がりながらもそう言って病室へと入り、既に冷たくなっていた彼女の死について医者から説明を受けた。
彼女の死因は自殺。家族が夜、家に帰っても挨拶が無かったのを不審に思い、部屋を除いたら、首を吊った彼女を見つけたそうだ。
体には暴力の痕などは残っておらず、精神的なストレスが原因と診断されたらしい。
しかし、彼女と付き合っていた自分から見ても、悩みなんて持っているようには思えなかった。と、僕は答えた。
「ふむ、しかしね。こういうものがあるんだよ。」
そう言って、医者が見せてきた1枚の折りたたまれた紙。僕は、それを受け取って髪を広げた。
そこには僕当てにただ一言だけ、『千君へ、もう限界なんだ。』と、そう書いてあった。
「限界…?いったい何ですかこれ」
僕は手紙を読んでそう呟いた。
『うん、私にもわからないんだけどね。どうやら君宛に書いた手紙らしいんだ』
『でも…本当に心当たりなんてないです。』
『…そうか』
そう言うと医者はため息をつく。
『彼女のお父さんはその手紙を見て随分お怒りだったんだ、それこそこの病室をメタクチャにしそうな勢いでね』
僕は驚いた。あの優しそうだった彼女の父親がそれほどまでに怒る姿なんて想像できなかった。
『何とか彼女のお友達と私たちでなだめて、どうにか帰ってもらった』
僕が来る前にそんなことになっていたとは、もう少し来るのが早かったら僕はどんな目にあっていたことだろう。
「…それでね、これは私の勝手な意見なんだけど、君は逃げたほうがいい。」
「逃げる?どうして?」
「私はここで、朝から、彼女の関係者に沢山説明をしてきたんだけどね。皆が口をそろえて君の事を悪く言っていたんだ」
「……そうですか」
心当たりは、あった。
時枝来未は学校で1番と言っていい程の容姿端麗で、性格も明るく、見ている人全てを元気にするような、まるで太陽のような女性だった。
対して僕は、彼女とは正反対ともいえる人物だった。友達は1人もおらず、暗い性格で、人に声をかけられたら逃げ出す。そんな男だ。
そんな二人が付き合っているというのははたから見たら気に入らないというのが普通だろう。実際、それが理由による嫌がらせも受けていた。
『君が何故嫌われているかは別に聞かない。だが、選択肢の一つとして考えてみなさい。』
最後にそう言って、医者は病室を出ていった。
「‥‥‥」
病院での出来事を思い返した僕は、ベッドから立ち上がり、勉強机の中を漁る。
引き出しに入っていたものを手前から外へと放り出し、奥底に眠っていた物を取り出す。
それは、鍵穴が付いたペンダント。前に、来未からもらったものだ。
鍵は無い。もらった時、来未に鍵はどうしたのかと尋ねたが、無くしたと言っていた。
僕はそれをしばらく見つめた後、再びベッドに倒れこむ。
「…また、一人になっちゃったな」
来未が死んだ。家族すらいない自分にとっては唯一の味方だったのに。
ペンダントを握りしめながら僕は目を閉じて呟いた。
「逃げる…」
考えたが、何も思いつかなかった。どうせどこに行っても僕は1人で、新しく友達なんてものも出来ないだろう。
「来未…」
君がいない世界ならもう生きる意味なんてない。どこに行ったって同じだ。
「君がいない現実なんて、耐えきれないよ」
涙を流しながら、そう言って、僕は眠りに落ちていくのだった。
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