第三部 5話 ギャルは触れ合いたい
「壱正くん今度ウチでタイヤ取っ替えに来なよ。安くしとくよー」
「ホントですか!助かりまーす!」
「おーう。また出前頼むな!」
「はい!ありがとうございましたー!」
「ん、気ぃつけてなぁ」
今日の出前の最後一軒、商店街沿いのバイクも取り扱ってる自転車屋さんに天丼とたぬき蕎麦のセットを届けたら、後は店に戻るだけだ。
最近は国道沿いの大通りだけじゃなくて、旧道の細い街中の道もかなり覚えられて来たから、出前のスピードと件数も大分上がって来た。
「道がわかってると、予めカーブ手前でライディングポジション変えておけるから便利だな」
バイクは身体の動きが運転に直に反映されるから、余裕を持って動ける様になれると、疲れも出にくいっておじいちゃん言ってたし。
「……?」
そんな事思っての店に帰るまでの信号待ち。
歩道を歩く人が、コッチを見てくるのがわかった。
そっちの方を向くと、直ぐに目は逸らすんだけど。
「(もしかして……気付かれてるのかな)」
SNSで拡散されると、そうなるのも必然といえば必然で。
特にこの辺りは大きい街でも無いから、知られるのも早いんだろうな。
だけど、悪い事してる訳じゃ無いんだから。
「堂々と……ちゃんと運転してれば良いだけだ」
それで、ちゃんと好きな人の下へ帰れば、良いだけだ。
「明日、映画でも見る?」
「あっ良いですね。最近全然見てなくて」
「壱正ってどんなんが好きなん?」
「なんでも見ますけど……恋愛モノはあんまり。裕美子さんは何か見たいのありますか?」
出前から帰ってバイトも終わって、いつも通りに裕美子さんのまかないを食べて上がる、もう大分馴染んで来たルーティーン。
今日の裕美子さんのまかないは、サバの混ぜご飯と、マグロの中落ちの醤油漬けだ。
裕美子さんは端っこの余りモノって言ってるけど、味付けは勿論抜群だから、凄く美味しい。
「うーん……アタシもなんでも良いや。壱正と一緒に見れれば」
「あははは……僕も同じ事思ってました」
「!じゃあ先に言ってよな」
「たまには裕美子さんからでも良いじゃないですか」
「アタシあんま言ってないかな?」
「ちゃんと言ってくれてますけど、僕、裕美子さんから言ってもらえるの、好きみたいで」
「っ……壱正がそういう風にストレートに言うからだぞ?」
「じゃあ控えめにした方が良いですかね?」
「良いよ……そう言ってくれんのが壱正じゃん。アタシ好きだから、そういうの」
ほっぺを真っ赤にして言ってくれる裕美子さん。
やっぱり、裕美子さんから好きって言ってもらえるのが、僕は好きだ。
ちゃんと、恋人同士っぽく、なれてるかな。
これから先も、ずっとこんなやり取りが出来たら良いな。
ーーーーー
「……ちょい、変…かな?」
姿見の前に立って、何時もは着ないタイプの服を合わせてみてる。
いわゆるガーリー系。
普段のギャルコーデよりか、大分大人しめのワンピース。
あんまり日焼けした肌には合わないかなーとか思いつつ、だけど着てみる。
「(壱正……可愛い顔してるから、アタシが…も少し緩めな方が、良いよね)」
壱正はアタシのファッションに、何か注文付けて来る事なんて、一回も無いけど、この間のデートの時、エレベーターの鏡に並んでる自分達を見たら、なんかアタシが壱正を連れ回してるみたいで。
別に彼氏と雰囲気合わせた方が良い訳じゃないんだろうケド、ちょっとはカップルっぽい組み合わせにしてみよっかなって。
「……(髪巻くか)真白……いやこの場合姫奈だな。ちょっと教えてもらお」
普段はそんな事絶対に聞かない友達に、今回ばっかりは助けを求めて。
だけど自然と、恥ずかしさみたいなのは無くて、こういう時には、丁寧に優しく教えてくれる、親友二人なのも知ってるから。
「あっとそうだ。あとも一つ……」
昼間の店の手伝いの疲れもどっか行くくらい、張り切ってた。
「裕美子さん……」
「なんか……変かな」
次の日、待ち合わせ場所のシネコンに、今日は二人、一緒のタイミングで来た。
ていうか二人とも予定より二十分も早くて。
アタシ達、こういうせっかちなトコ似てるよな……ちょっと嬉しいけどさ、ふふっ。
「いやその、めちゃくちゃ……可愛いですね」
「アリガト…」
花柄のワンピースに、普段のポニーテールを解いて、ウェーブ巻いて来た。
胸あるとワンピは太く見えるから、ベルトはしっかり高めに回しといて。
「壱正も、こないだ買った服、着て来てくれたんだ」
「ハイ。どうですかね?」
「うん…可愛……かっこいいじゃん」
「どっちです?」
「どっちも。ほら行こ!」
「へへへ…ハイ!」
最初は可愛いが来ちゃったけど、実際カッコ良くもあるから、どっちもなのはホント。
我ながら見立て良いなって思いながらも、近くのビルのガラスに映った自分達を見て、今日は凄く似合ってる二人だななんて、心が弾んだ。
だからか、外はめっちゃあっついけど、手は直ぐに繋いで。
「どれにします?」
「うーん……洋画もそんなに惹かれるの無いな」
「邦画はアニメと……っと…あとラブコメ系と」
「(?………あ)壱正、コレ見たいの?」
アニメとラブコメの間に、一瞬あった間が不思議だったから見渡せば、仮面ライダーの映画。
確かCMちょいちょいやってる、大人向けにやってるヤツだっけ。
「あ、いや、だって年齢指定付いてるし、ちょいグロめかもですし、何より仮面ライダーですよ?」
「いいよ。アタシまあまあ平気。てかヒロインの女優さん好きだし」
「そうなんですね。じゃあ……見てみます?」
「ん!」
今日は壱正を楽しませてあげたい日だから、コレにする。
ていうか、壱正がアタシ達の好きなモノに興味持ってくれてんだから、こういう時は、アタシが壱正の好きなの知りたい。
それに大分遠慮がちにお願いしてるけど、目線動かないし、ずっと見たくてウズウズしてる様な素振り、丸わかりだもん。
『貴方の背中、心地良かった』
「(あ、ヒロインの子、ここで……っ…壱正…)」
「…」
主人公に後を託して、ヒロインの女の子は死んじゃって。
隣で手を握ってた壱正の力が、かなり強くなったのが分かった。
だから、そっと腕に凭れ掛かって、握りしめてあげる。
大丈夫だよって、ちゃんといるからって。
「結構面白かったね。話はちょっとわかりにくかったけど」
「裕美子さんが楽しめたなら良かったです!」
「壱正はどうだったん?」
「えっと……」
「?」
少し吃る様な壱正。
案外見たかった人の方がハードル上げ過ぎちゃって、期待が外れたパターンかな。
なんてアタシの心配は必要無くて。
「あの、最初の方のバイクが変形する所の、スイングアームが伸びる所とか、ベース車両の車体の変化が表れててカッコよかったですし、工業地帯でのチェイスとか、1号と2号で肘の畳み方やライディングポジションの違いがライダーのスタイルの個性になっててカッコよかったですし!敵のライダーとのチェイスなんかもフルブレーキターンでハイサイド起こさない様にマシンを押さえ付けるトコもめちゃくちゃもカッコよかったです!!!…………はっ、す、すいません裕美子さん!」
「…………はっ…あははは!!!楽しかったみたいで良かったよ。壱正」
「すいません。コレだけバイクに乗る仮面ライダー久しぶりだったので、しかも全部良いシーンでしたし……えへへ…」
こんだけ早口で喋る壱正初めて見たってくらい、一気にバーッと感想言ってくれた壱正。
しかも案の定バイクシーンの感想ばっかり。
だけど確かに、それだけ語りたくのも分かるくらい、バイクの活躍する所めちゃくちゃ沢山あった映画だったもんな。
「最後のデッカい橋をバイクで走ってく〆なんかも良かったよな」
「そうなんですよ。風が気持ち良さそうで!いつか裕美子さんと二人で行ってみたいですね〜」
「っ…うん。そだね。行こ」
「ハイ!流石に125だと厳しそうですから、中型くらいは乗れる様にしますね」
「ん。待ってる」
こういう将来の話を、サラッと壱正から言ってくれるのは、不意打ちでもやっぱり嬉しい。
この先もずっと一緒にいてくれるんだって、約束してくれてるみたいで。
だけど、もひとつ。
「最後のバイク、変形前のヤツとフロントとテールカウルだけ新造して変えてるのに、イメージガラッと変わってて凄いな〜」
「……」
映画だって分かってはいるけど、時々、無茶苦茶な運転でピンチを切り抜ける所が、少し、この彼氏と重なって見えて。
勿論、作り話と、現実と、決められた派手な動きと、不意な繊細な動きとで、全然違うんだけど、バイクで無茶をしてる所が、なんか、不安に思えても来て。
「(だから、今日はだよね)じゃ壱正、行こっか」
「あ!はい!こっからが今日のメインですもんね!」
映画館を離れて、駅の駐輪場にバイク停めとく壱正。
そのまま駅前から出てるバスに乗って、最初の目的地まで。
「わぁ、こんなにおっきな神社あったんですね」
「そ、正月は結構県外とかからも人来るんだ」
今日は壱正にこの街の色んなトコに連れてってあげる。
っていう元々の予定に戻って、バス降りて先ず来たのは、街の端、山の麓にある結構デカい神社。
かなり古くて、千年前とかからあるとかばあちゃん言ってたっけ。
「なんかパワー凄そうですね」
「一応パワースポットとしても紹介されてるしなー…?何見てんの?」
「……この檀家さん?の会社って姫奈さんの…」
「あーそだな。姫奈んちも古い家だし」
「でも真白さんと二人、転校生だったんですよね」
「そうなんだよ。ウケるよな、幼馴染のギャル二人、一緒に転校とかさ」
真白は家族の、姫奈は会社の都合みたいだけど、確かに一緒に転校して来たのは、かなり偶然で。
だけど、二人が転校して来てくれて、アタシの学校生活は楽しいモノにもなったし。
「玲奈ちゃんも僕んちの近所から引っ越して来ましたし……僕も、引っ越して来ましたし。みんな、裕美子さんに出会う為にこの街に来たみたいですね」
「ハハっ、なんだよソレ。アタシが引き寄せてるみたいじゃん」
「それはだって、人柄に惹かれちゃいますから」
「っ……」
相変わらずこういう事恥ずかしがらずに言う壱正。
でもやっぱりそう言われるのは、好き。
好きな男の子に褒められるの、どうしたってやっぱ、好きだよ。
「じゃあ、良かったよ。壱正に会えたし」
「はい」
御神木から良く響く、セミの鳴き声を聞きながら、参道をゆっくり歩いてって、本堂に。
お賽銭入れて、デッカいガラガラ鳴らしたら、手、叩いて、お参り。
「(……ずっと、壱正と、ずっと一緒にいられますように)」
なんてありきたりなお願いだけど、なんか不意に、どっか行っちゃう気がするアタシの彼氏だから、割とマジに、お願いしとく。
備えあれば……ってヤツだしさ。
「凄いデッカい滑り台だ!」
「めっちゃハシャぐじゃん」
「なんか好きなんですよ滑り台」
バイクと似てるとこあるか?
とか思ったりしたけど、別に関係なく好きでも良いよなって思い直した。
次は、言った通りのめちゃくちゃ長い滑り台のある公園。
500メートルある長い滑り台で、映えも良いから子供以外にも人気な所だ。
「とりあえず先にお昼にしよ。そろそろ保冷剤解ける」
「!ハイ!やったぁ!裕美子さんのお弁当だぁ!」
「滑り台から切り替えはやっ」
「へへへ……でもこの町、良いところいっぱいありますね」
「そっか。気に入ってくれて良かった」
正直大して凄い所でも無いんだけど、知りたいって言われたら、頑張って絞り出してこんなトコで。
だけど壱正が、お世辞とかでなく気に入ってくれたみたいで、胸を撫で下ろしたアタシだった。
「あっついからナマモノは無しな。ん、ハンバーガーにした」
「……」
「見惚れてないで食ってよ」
「はい!いただきます…!あ〜照り焼きのハンバーグと……表面がカリッとしたパンと…マヨネーズの相性が…めちゃくちゃ美味しいでふ!」
「ありがと。壱正どんどん食レポ上手くなってるよね」
「そりゃあ彼女の美味しいご飯沢山食べてるので!」
「……飽きない?」
毎回リアクションしてくれるから嬉しいけど、流石に転校して来てほぼ毎週食べてくれてると、新鮮味無くなって来そうな気もするし。
「一回も思った事……無いですね!」
「っ……ははは」
「多分ずーっと飽きないですよ」
「じゃあ、アタシもずーっと飽きさせないし」
あっけらかんと言い切る壱正に、つられて笑うアタシ。
そろそろ『ずっと』って言葉使うのも、恥ずかしさは薄れて来てて。
寧ろちゃんと、現実にしたいなって、願う気持ちの方が、強くなってた。
「滑り台中々空きませんね」
「うん…」
木陰でお昼食べ終わって、しばらくのんびりしてる。
風が気持ち良いから、外でも全然待ってられるけど、手持ち無沙汰で。
「…いちまさ」
「…あの」
『キスしたい…』
「です…」
「うん…」
確認とっちゃう辺りが、アタシ達らしいけど、こないだみたく不意打ちに勢いで出来る感じじゃ無さそうだから。
「裕美子…さん」
「…っ」
肩を優しく掴んだ壱正と、唇で触れ合って。
熱が、お互いに交換されてる感じが、良くわかって。
もっと、もっと欲しいなって、思って。
「(ギュッてしたい……)」
自分からも、身を寄せて、彼氏の身体に、自分の体温を知って欲しいくらいに、押し付けて。
「(あ、……キス、すっごい気持ちいい…)」
熱さで、一つに溶け合うみたいな。
何より、大きくて、色んな目に晒されるアタシの胸を、この人には触れて欲しいなって、擦り寄せてーーー。
「(どうしよ…止まんな……)っ……あっ…」
「!あっご、ごめんなさい…」
「ううん……アタシもゴメン…」
壱正の身体を引き寄せようとして、不意に、ズボンの下の方に手が触れたら、凄く、張り詰めてて、ちゃんと、男の子の反応してたから、思わず、我にかえっちゃった。
「滑り台……空いたから、乗りますか…?」
「だね…」
ーーーーーーーーーー
「結局滑り台も集中して楽しめなかった…」
あの後、滑り台に乗ったけど、ちょっとお互い、少し距離を取って。
そのあとバスで駅前まで帰って、裕美子さんを見送って、僕もまた、帰路に着いてる。
「……あっぶない。ボーッとしちゃうよ」
家まであと少しなんだから、もう少し集中しないとだ。
だけど、やっぱり、さっきの事は思い出しちゃう訳で。
裕美子さんは、凄く魅力的な女性だから、その身体も、どうしたって魅力的で。
彼女の柔らかさに、僕の身体は、反応を抑えられなくて。
「真白さんが言ってた……『そういう時』って、急に来るんだな」
もし今日みたいな事が、今日みたく外じゃなくて、部屋の中だったら、雰囲気で、そうなっちゃうのかな。
だとしたら、ちゃんと準備も、しとかなきゃだよね…。
「僕、裕美子さんのおっぱいも、大好きなんだなぁ」
絶対に人に聞かれちゃいけない様な事を、ヘルメットの中で呟いてみる。
真白さん姫奈さんに乗せられてる時とは、全然違う感覚。
裕美子さんのおっぱいが、ちゃんと女性のおっぱいで……正直、触りたかった。
「だからって、おっぱいを目的にしちゃダメダメ……」
煩悩と戦ってたら、どうにか事故らずに家に着けた。
裕美子さんとはずっと一緒にいるって決めてるし、ここに住んでるんだから、そんなに焦る必要も……?
「なんだ?母さんと……おばあちゃんの声?」
玄関入る前から聞こえて来た、少し大きめな母さんとおばあちゃんの声。
というか、言い争ってるみたいな…?
そう、不思議がる僕の耳に、入って来たのは。
「わざわざアンタが行かなくたって良いだろう?壱正はどうすんだい」
「もう高校生だから平気でしょ?おじいちゃんおばあちゃんいれば大丈夫だよ!」
「せっかく腰を落ち着けられたと思ったんだから、せめて高校生の内くらい一緒にいてやんなよ?」
「今のうちにお金貯めといた方がいいから言ってんのよ!ギリギリキャリア上げられる瀬戸際なんだもの!そこまで長く無い転勤だからお願いよ!」
「!……」
数ヶ月前までは良く聞いた、今となっては遠く昔みたいな、僕の心を塞がせる言葉だった。
ーーーーーーーーーー
薄暗いオフィスで一人、興信所から送られた茶封筒を開ける男。
その口角は、気味悪く吊り上がり、笑みを浮かべていた。
「……ナルホド。あの少年…面白い出自を持ってるなァ……」
つづく
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