第二部 最終話 前編 ギャルの過去
黒井先輩達は、学校の成績こそ皆さんあんまり良くなかったけど、先生に反抗的って言われたらそれは違くて、特に家庭科は得意なのもあって、仲が良かったらしい。
それで、時々鍵を借りては、家庭科室を使わせて貰ってたみたい。
私も今、その『時々』にお邪魔してて。
「玲奈はしっかり握るタイプだけど、力が入り過ぎるきらいがあるから、人差し指を添える握りでやろう」
「包丁って握り方色々あるんですか?」
「まぁ大体三つくらいかな?先ずは一つ出来る様にしような」
「は、はい!」
後ろに回って、右手を掴んで、握り方を教えてくれる黒井先輩。
背中に思いっきり大きなお胸がくっついて、私でもドキドキしちゃうけど、今は包丁に集中しないと危ないから気にしない気にしない…。
「そ、親指は握り込まないで…うん。こんな感じで引く様にトマトに刃、入れてみ」
「握り込まないで…引く様に……!切れました!凄い断面キレイ!」
さっきと違って、中身のじゅくじゅくしたのがちゃんとカタチを保ってて、お店のスライストマトみたいでとても美味しそうだった。
「うん。兎に角刃物は力任せじゃ切れないからさ。まぁカボチャとかは力ずくだけど…」
「黒井先輩カボチャも切れるんですか?」
「まーね。結構腕力いるんだぞ?お陰で腕太くなりそうでヤだけどさー」
「でもカボチャ切れるのカッコいいですね!」
「ふふっ、なんだよソレ。ほら、次キュウリ切るよ?」
「はい!」
そうやって少しずつ、レタス、パン、ハム。サンドイッチの具材の切り方に、茹で卵の作り方と、タマゴサラダの作り方、味付けの仕方も教えてくれた黒井先輩。
太くなりそうだなんて言ってたけど、派手なメイクとは裏腹に、綺麗だけど料理を沢山してるんだろうなって腕と指が、目元のアイプチ以上に、輝いてた気が…するな。
「ん。で、最後に対角線上に切れば……ほい」
「!わぁ!すっごい美味しそうです!」
「ちょい映え狙ってみた。スライスタマゴナナメに並べて美味そうっしょ?」
大分分厚く挟んだ具材で大丈夫かなって思ったら、包丁入れたら断面が色とりどりの具材で詰まってて、並べ方がちゃんと考えられてて、凄くキレイ。
「うーーい!出来たか裕美子ぉ!!レナっちー!」
「ウチもうエネルギーゲインマイナスなんだが〜!」
「出来たってお前等に食わす用じゃ………良いか?玲奈」
「お口に合えば良いですけど…」
どこからともなくタイミング良く入ってきた黄山先輩と紅林先輩。
飛び掛かる様に私達の作ったサンドイッチを手に取って、大きな口で一齧り。
紅林先輩に至っては半分を一口で行っちゃってる…。
「ん!」
「んん!?」
「あ、あの『チョーウマイ!!!ヤバっ!』っ……あ、あはは…良かったです…」
一瞬先輩方固まっちゃったから、不安になったけど、パッと表情が笑顔に変わって、めっちゃ喜んでくれた。
そのあと直ぐに残りもガツガツ食べて、あっという間に無くなっちゃったけど…。
「良かったな。玲奈」
「そんな…黒井先輩のお陰っていうか、黒井先輩が作った様なモノですから」
「違う」
「えっ?」
「ちゃんと玲奈が、料理上手くなりたいって思って、そんで一生懸命に作ったんだから、アタシが手伝ったとか関係なく、玲奈の料理だよ」
「!……はい。ありがとう…ございます…」
その言葉に、思わず、目尻から雫が浮かんだのを、今でも良く覚えてる。
入学してからの緊張が、漸く解けた様な、そんな感覚だった。
「ちょ、大丈夫か玲奈!?」
「あはは…すみません…マスタードがピリってしたかもです…えへへ…」
「うぉい!後輩泣かすな裕美子ぉ!」
「師匠厳しかぁ〜」
「うるせぇよハンカチでもタオルでもなんか涙拭くもん出せ姫奈ー!」
初めて、自分が中学校に入って、美鳥玲奈だって認めて貰えた様な、そんな喜びが、一気に溢れ出ちゃったんだと思う。
何より、それを認めてくれた人が、三人の先輩……料理の得意な、面倒見の良い、黒ギャルの先輩だっていうのが、とっても嬉しくて。
〜〜〜〜〜
「えっ!なんか美鳥さん切るの上手くない?」
「味付けうまっ!すっご!」
『!………』
それで、調理実習の時も、なんとか教わった事を活かせて、皆から少しだけ、距離を詰めて貰える様になった。
男子も話しかけては来ないけど、少なくとも私の方を、ちゃんと向いて意思疎通はしてくれる様に…なった…かな。
「それで、ちょっと勝手にボリュームサンドにしてみたら、驚かれちゃったんですけど、家庭科の先生が黒井先輩だなって勘付いたみたいで、受け入れてもらえました…」
『………』
あ、あれ?なんか、先輩方三人とも下を向いてる?
ちょっと調子乗り過ぎちゃったのかな……やっぱり私みたいな後輩の相手、もう面倒に…。
「ごめんなさ「るぇなぁーーー!良かったなーーー!」あっへっ!?」
「なんかこう可愛い後輩のぉ、良い話は孫的なカワイさがあるわ〜ヨシヨシ」
「地雷系で婆さんキャラは合わんから姫奈………でも玲奈」
「黒井先輩……?」
「良かったね」
「……ハイ」
頭を撫で続ける紅林先輩に、後ろから抱きしめ続ける黄山先輩とは違くて、ただ私の手の甲を、軽くポンって叩いただけの黒井先輩。
でもその表情は、やっぱり一番、喜んでいる様に見えたんだ。
===========
「そっか……やっぱり裕美子さん達は昔っからずっと、面倒見が良くて優しいんだね」
「うん…転校して来たお兄ちゃんが黒井先輩達の家政部に入ったって話聞いて、私も昔の事、良く思い出したよ」
「でも……そこから何が…?」
「えっとね…」
視線を手元に落とす。
あと少しのキャラメルマキアート。
底の方に溶け切らないチョコやカラメルが澱んでて、話し切らないと、飲み込めない気がした。
==========
それからも、先輩達との交流は続いてて、黒井先輩の料理だけじゃなくて、黄山先輩や紅林先輩にも洋裁を教わったりしてた。
そこに、一年生の私が居たからかはわからないんだけど、学校全体にも、ほのかに先輩達の話は、有名になってったんだ。
「うんこのアップリケかわよ〜〜って時間かー!」
「うい、じゃー戻っかー!」
「りょ〜」
「あ、ちょい待ち。鍵職員室のまんまっぽいわ」
「じゃあ私返して来ますよ」
「良いよ。そんな後輩パシらせらんな……んじゃ一緒に返しに行くか玲奈」
「はい」
その日も、いつも通りに昼休みのちょっとした時間を使って、家庭科室を使ってた私達。
大体4、5時間目に家庭科がある日に鍵を任されたまま使ってたんだけど、その日は違くて。
「んじゃあーしら先行ってっかんなー!体育だりぃー!」
「走っと乳垂れそうで萎えるわ〜」
「玲奈は移動教室じゃねーの?」
「音楽ですけど近いから大丈夫ですよ」
「そっか。移動教室って一人で歩いてっとボッチ扱いでメンドーだよな」
「ですね……でも今は先輩がいて心強いです!」
最近だと、少しずつクラスでも話す友達が出来て来た私。
それでも黒井先輩達といる時が、一番落ち着けるのも、変わりはなくて。
部活みたく、出来たら良いななんて、そう思えてた。
「ふふっ…大分明るい顔する様になったな、玲奈」
「先輩のお陰ですよ!」
「そっ………………あっ!?」
「先輩?……えぇっ!!!」
鍵を取って、家庭科室に施錠に戻ろうとしたその時、目の前に見えた、真っ黒い煙。
その出所は……私達の行き先そのものだったんだ。
「な、何で火事ってんだ!?今日コンロなんて使ってねーぞ!?
「わ、分かんないですよ!!!」
「とにかく消さなきゃ!!!あと玲奈先生呼んで!!」
「は、ハ「何だこの騒ぎは!?」あっ!あの火が!」
「お前等がやったのか!」
「違っ……」
当たり前だけど、煙を見て、先生も、生徒もゾロゾロ集まって来て、その日の午後は、学校中大騒ぎになった。
消防車や救急車、パトカーまで来て、凄い騒動になってしまったんだ。
ただ、火は直ぐに鎮火して、幸い、ただのボヤくらいで済んだ。
だけど……私達は一切火なんか使ってないのに、それこそ、黒井先輩は刃物や火の始末には人一倍気をつけてるのに、学校は責任を、黒井先輩達に被せたんだ。
「家庭科の先生……謹慎だってよ」
「あんなギャルの人らに家庭科室貸してちゃなぁ」
「やっぱり頭悪そーだからワルい事してたんしょ」
「っ!……「ちょい待ちしてなよ。美鳥さん?が今出てくと、先輩達ってのに、迷惑なんじゃない?多分、あなた、守られてるでしょ」!…えっと…」
その時引き止めてくれたのが、今も友達のナミちゃんで、この時の縁で、今も仲良くしてもらってる。
先輩達が卒業してからも、学校に行けてるのは、ナミちゃんのお陰だ。
先輩達は、中学校だから停学にはならなかったけど、暫くの間の自宅学習っていう、実質的な停学扱いにされてしまった。
そして、それが開けて、先輩達が学校に戻って来たんだけど……。
「先輩、おはようございます」
「………」
「あの、黄山先輩、紅林先輩」
『………』
「皆さん、あの「おい邪魔だろ一年、どけよ」あっ………」
黒井先輩の、低くて冷たい声が、私の胸に刺さった。
それが、学校で表立って、先輩達と話した最後だったと思う。
黒井先輩も、黄山先輩も紅林先輩も、その後、私とは一切口を利こうとしなかった。
それが……先輩達なりの、優しさで。
【不祥事を起こした素行の悪い三年生】から、精一杯後輩を遠ざけようとしてる行為だって分かるのが、凄く………辛かったんだ。
===========
「その後ね、真犯人が見つかったんだ。本当に不良の三年の男子が、家庭科室のコンロを使って、タバコに火を着けようとしたんだって。そしたら先生に見つかりかけて、落としたヤツが、掲示板のポスターとかに引火して…って事みたい」
「!………」
「それでも黒井先輩達は、私とは関わろうとしなかったの。『どうせ一括りにされるから、やめとけ』……って。一言だけ、黄山先輩が、声をかけてくれたけどね……」
「そう…だったんだね」
「うん……」
隣のお兄ちゃんが、凄く顔を顰めてる。
多分、お兄ちゃんと先輩達にも、出会ってから色んな事があると思うし、もしかしたら、似た様な体験も、したかもしれなくて。
「話してくれてありがとう玲奈ちゃん。辛い思い出まで」
「ううん。確かに辛い思い出もあったけど、黒井先輩達と過ごした日々は、楽しい思い出だよ?だって…お兄ちゃんも、今そうでしょ?」
「!……うん!」
パッと表情が変わって、いつものほのぼのした、明るい笑顔になる、壱正お兄ちゃん。
本当に、そういう楽しい部活動の毎日を、先輩達と送れてるんだろうな。
何より、黒井先輩達の理解者になれたのが、壱正お兄ちゃんで良かった。
好きな人が、好きな人の事を、想ってあげられるのって、私から見たら……凄い幸せな事だ。
そうだよね……やっぱりお似合いだよね。
優しい壱正お兄ちゃんと、優しい黒井先輩は、誰よりもお似合いのカップルだと思う……だから、私は……。
「玲奈ちゃん、大丈夫?」
「あっ、ううん!ゴメン。プレゼント買わなきゃだよね。早く見て回ろう?」
「うん」
心の中で首を振って、顔を上げる。
隣の心配気なお兄ちゃんの顔は、本当に私が、具合悪いんじゃないかって様子を見てる顔だから、余計な気を遣わせない様にしなきゃ。
「じゃあコレ、お兄ちゃんにプレゼント。バイクって手、乾燥し易いって聞いたから」
「ありがとう。忘れずに塗るね!」
「別に薬じゃないから。ふふふっ」
「たはははは…」
夕方まで見た所で、結局、私が渡したのは、ちょっとだけ高めの、ハンドクリームだった。
色々考えたら、身に付ける物が、私から贈られたモノだっていうのは、なんか良くない気がして。
身に付けるけど、時間経ったら消えちゃうモノが、せめてもの、私から、私が一方的に好きな人に、プレゼント出来る物だったんだ。
「玲奈ちゃんお迎え来るの?」
「うん。お母さん今日……ってあれライン来てる…!なんだちょっと遅れるのか…」
「じゃあ道すがらだし、お母さんのお店まで送ってくよ。このバイク、LEDのヘッドライトだから、明るいよ!」
「この間ので知ってるよ」
「そういえばそうだった!でもこの間は自転車で走ってたから、今日はゆっくり歩いてこ」
「……うん」
別に、意味は無いのかもしれない。
優しさで、わざわざバイク押して送ってくれるだけ。
だけど、それを断り切れる様な踏ん切りもつかなくて。
ただ、好きな人となんでもないコト喋りながら、歩くっていうのが、ずっと続いたらなって、思うだけだった。
「ありがとね」
「うん。お母さんにもよろしく言っといて」
「わかった」
「じゃあまたね。玲奈ちゃん」
「うん…………お兄ちゃん!」
「?」
バイクに跨って、ヘルメットを被りかけるお兄ちゃんに、大きな声で呼び止めた。
被り切ったら、もう届かない様な気がしたから。
だから、その前に。
「あ……………今度の部活動交流会、私、家政部に行くから!」
「!…わかった!待ってるね。僕の活躍には期待しないでねー!」
「っ……うん。ハードル下げとく」
「じゃあまたねー!」
そう言って笑顔で手を振って、帰ってくお兄ちゃん。
でも少しだけ、ヘルメットから見える眼は、直ぐに真剣な顔になって。
それが、やっぱりドキッとした。
それで、多分、黒井先輩も………。
ーーーーーーーーーー
【イッチー、ウチら、まあまあヤバいよ?】
【いっくん転校して来たばっかなんだから、急いで決めんでヨシ】
玲奈ちゃんの話を聞いて、転校したての頃の、真白さんや姫奈さんの話を、思い出す。
多分、みんな、昔の事を思い出して、やんわり僕を、遠ざけてくれようとしたんだろうな。
でも僕は、それよりも、自分の好きな事に一生懸命な、真白さん、姫奈さん……そして、裕美子さんの事を信じて、家政部に入ったんだ。
後は、玲奈ちゃんが一緒に過ごして来た時と、変わらない位、貴重で、有意義で、何より楽しい体験を、コレまでの間に、沢山経験させて貰った。
そうして僕は……僕の目に、ずっと留まり続けて来た、昔から、頑張り屋さんな、彼女をーーー。
「っ………よし」
携帯から、その人の履歴を出して、多分、自分自身からの用としては、初めての、コールをする。
一回…二回、呼び切る前に、声が聞こえた。
『もし…もし?』
「あ、裕美子さん、今、大丈夫ですか?」
『うん……どした壱正』
電話越しの、裕美子さんの声。
とても澄んでいて、いつもの元気な姿を見ないと、とても大人っぽくて、淑やかに聴こえる声だ。
「あの、この間の、返事なんですけど」
『!………やっぱさ、なんかアレなタイミングだし「明後日の、交流会の後、ちゃんと返事します」っ………』
「すいません。直ぐじゃなくて。でも、裕美子さんには、ちゃんと、答えたくて。今は忙しないから、交流会が終わって落ち着いたら、時間下さい」
少し、待たせ過ぎてるかもしれない。
だけどやっぱり僕には、こういう、堅苦しいけど、正面からしか、行く道が無いから。
『……この間の、アタシ変な感じだと、思わない?』
「思いません。真剣な、裕美子さんの言葉だったと思います」
『っ……わかった。待ってる』
「ありがとうございます。あっ、裕美子さん」
『ん?』
「病み上がりですから、交流会の準備で、あんまり根詰めないで下さいね」
『壱正だって、バイクの練習し過ぎだって、タツさん言ってたぞ?』
「ははは…バレてたんですね」
『うん。バレバレ』
バレバレなのは、僕の心もなのかもしれない。
だけど、バレてるからって、おざなりにはしたくないから。
僕の、僕だけの言葉で、電話の向こうの女の子に、明後日、伝えるんだ。
最終回後編に続く
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